15 飛行船パーティー!
「アーヴェ。さっさと化粧終わらせてよぉ~! もう時間になるよぉ!?」
「分かってるよ……」
「もぉ~~! いつまでもウジウジするなんて、アーヴェらしくないでしょぉ!」
中々作業が進まないでいる私にしびれを切らしたように、テーアが私の手から化粧道具を取り上げてくる。それから、「ほら目ェつぶって!」といつにもまして強い口調で指示を出してきた。言われるがままに目を閉じて、テーアに化粧をされる。その間も、テーアは呆れたように、いつもの如く話をしてくる。
「パーティーに参加するのを選んだのは自分なんだよぉ? もうあきらめて今日は飛行船を楽しんでこ~よ! 終わった後に、改めてお話するんでしょぉ~?」
「…………」
化粧中で私があまりしゃべれないのを良い事に、テーアはペラペラと話を続ける。
「別にあたしたちだけが参加する訳じゃないんだから、そんな大げさに考えなくたって目立たないってぇ! 最終的に、結構な人数参加するって話だしさ~」
「…………」
テーアの言う通りで、留学生主催の飛行船パーティーは、結構な人数が招待されているらしい。最大収容人数という制限自体はあるだろうけれど、最初イメージしたような、比較的小規模な、選ばれしものだけが参加するようなパーティーではなかった。
いや、選ばれないと参加は出来ないのだけれど……一人で結構な人数を招待している人も、多いようで、チェルニクス内では、誰が参加する、誰が招待された、という話題で随分と盛り上がっていた。
「はい、化粧終了! ほらほら、今日ばっかりはぜぇ~~んぶ後回しにして、飛行船を楽しむよっ! せっかく行けるんだし、本当にロックウェル様と別れるんなら、これが生涯最後の飛行船になるよぉ~?」
そんな事を言われながら寮の外に出ると、寮の前の道には何台もの馬車が並んでいた。寮に暮らしているのは王都で屋敷を借りれなかったり、親類などの家に下宿する事も出来ない家の子供が多い。つまり、身分としては低い家の学生が大多数だ。なのでこれは驚いた。私が思っていたより、留学生は相手の身分も問わずに婚活をしている人が多いという事なのかもしれない。
(そこまで必死になって、『運命』を探しているのかな)
招待はされていない学生の恨めしいという視線を背中に向けながら外に出ると、私も顔を覚えてきた、ロックウェル令息の馬車の従僕がやってきた。
「アーヴェ様、テスタ様、お待ちしておりました。ロックウェル家の馬車はこちらでございます」
案内されて、いつもの馬車に私たちは乗り込んだ。ロックウェル令息は出迎えという形で、飛行船の方に待機しているという話だった。
「楽しみぃ~!」
うきうきしている様子のテーアと、無言で外を眺める私の姿は、随分と対照的だった。
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「わぁ……!」
私とテーアの口から、感嘆の声が漏れた。
都からそれなりに離れた、広い土地。わざわざこの日のために土地の所有者から許可を取り、お金を払い、木を切り倒して、地面の状態まで整えたと言う離着陸場に、気球をとても巨大化させたような大きな建造物があった。いや、浮くのだから、建造物という言葉は相応しくないのだろう。
にしても、たった一日のために、よくもまあここまで場を整えるなと感心してしまう。流石は帝国。やることの規模が違う。
気球は人間が乗り込む籠がついているけれど、飛行船には、建物が下部についていた。外から見てもしっかりした作りだろう建物が、空に浮き上がるのだ。それはとてつもなく、夢や希望が満ちている光景だろう。実際、このパーティーになんら関係のない平民の方々などが、飛行船から離れた位置に集まって、その大きな楕円の風船が空に飛びあがるのを、今か今かと待っているようだった。
案内されるがまま、飛行船に向かう。入口で、ロックウェル令息からの招待状を差し出せば、私とテーアは中に通された。
「よく来てくれた、アーヴェ嬢。テスタ嬢」
そう出迎えてくれたロックウェル令息の顔色は良かった。この前体調を一度崩したのを引きずったりした様子はなさげた。
「ロックウェル侯爵令息様、あたしまで招待していただいて、ありがとうございます~!」
「テスタ嬢は、アーヴェ嬢の大切なご友人だ。当然の事だよ」
そんな会話を二人がしている横で、私はあまりロックウェル令息を見れなかった。変わりに、会場内を見渡す。
会場は外から見た時の建物の大きさからすると、小さく見える。けれどこの広いパーティー会場以外にも色々な施設がついているはずなので、そこまで違和感は感じない。中心にステージがあり、その周りは自由に人々が歩いて交流出来るようになっている。壁際には少しの料理が並んでいるが、全ては一口サイズで用意されていて、食事がメインのパーティーでないのは見て分かる。
会場内には留学生が全て揃っていた。皆、帝国貴族らしい煌びやかな恰好をしている。勿論ロックウェル令息も同じような恰好だが、服装よりも顔色が気になってしまい、あまり恰好の良しあしに意識は向かない。
婚約者がすでに定まっている人は、婚約者と歩いている。
一方で、そうでないらしい人の中には、複数人の異性に囲まれている人もいる。
留学生たちは帝国の権威を落とさないようにするための立派な恰好。
そしてチィニー人たちは、相手に見初めてもらう為に出来る最大限の恰好。
そんな雰囲気で、キラキラを通り越してギラギラした空間となっている。下手をすれば、チィニー国内で開かれるいくつかの社交の場よりよっぽど、煌めく場になっている。
そんな中で少し目を引いたのは、アイスハート子爵令嬢だ。彼女の周りには男性はおらず、一人で立っていた。まあまだパーティーの開始時刻ではないので、単純に呼んだ相手が来ていない……という状況なのかもしれない。
そんな事を思っている間に時間が過ぎた。会場内の人が増える。ぎゅうぎゅうに詰めたというほどではないが、留学生が十数人しかいない事を考えれば、多いと感じる招待客数だった。
いつの間にか、ステージに皇子殿下が立っていた。声を広い範囲に広げるという魔法を使いながら、皇子殿下はパーティーの開始を告げた。
「本日はお集まりいただき、感謝する。どうか此度の空の旅で後悔を残さぬように、思い思いに過ごしてほしい」
挨拶は短く、参加者たちは拍手をした。
「アーヴェアーヴェ。そろそろ飛ぶって!」
テーアに手を引かれ、私たちは窓際に移動した。まだ、飛行船は地面の上にある。けれど私たちが乗り込むのに使われた階段などは撤去されていて、外では複数人の人間が何やら作業をしている様子だった。
「そろそろかなぁ。くるかなくるかなくるかなっ」
両手を握って何度も振りながら、テーアがそう言う。「落ち着きなさいよ」と声をかけつつ、私も、窓の外から視線が離せない。
そして、その時は来た。
「動いたっ!」
飛行船から見える景色が、動き出す。地面が動く訳がないのだから、つまり、飛行船が飛び始めたという証だ。
私たちは窓際に立ち、下を見下ろす。
「わっ、わっ、わっ! どんどん地面が遠くなってく!」
「うん。どんどん、人が……小さくなってく。木も、建物も、全部、小さくなっていく……!」
建物の中にいるから、風を感じたりする事はない。けれど、どんどん離れていく地面を見ていると、まるで自分自身が浮き上がっているかのような気持ちになった。
わいわい騒いでしまっていたのだが、いつの間にやら声を大きくし過ぎたらしい。近くから、
「まあ、あれほどはしたなくはしゃいで……」
なんて声が聞こえて、私とテーアは一度口を閉じた。
パーティーが始まり、会場内では人々の話し声が満ち始める。自分の世界に籠って騒いで許されるのは、子供だけだ。
私たちは肩をくっつけて、顔を近付けて、会話を続けた。
「ねえねえアーヴェ」
「なにテーア」
声のトーンを落として話していると、テーアが窓の先を指さした。
「見てみて、チェルニクス~!」
「本当だ」
テーアの指さした先には、チェルニクス魔法学校の建物が見えた。都に立っている建物の中でも目立つ建物だと感じていたが、こうして遠目で空から見下ろす事が出来るとは。
「というか、都も……こうしてみると、小さく感じるわね」
「ね。距離があるからかなぁ」
そんな風に話していると、私たちの傍にいたロックウェル令息が話しかけてきた。
「パーティーの時間は長いですから、飲み物を受け取ってきます。何かご希望はありますか?」
「はぁい! あたし、果実水が飲みたいです!」
「テーア……」
躊躇いなくロックウェル令息にそう頼むテーアに呆れてしまう。幼馴染は屈託ない笑顔をこちらに向けてきた。
「アーヴェも果実水で良いでしょ?」
「……そうだね。私も、果実水をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かりました。お二人とも、この場からあまり動きませんよう、お願いします」
ロックウェル令息が離れていく。私たちは窓際に引き続き立ちながら、窓から見える景色をあれやこれやと話し合っていた。
「――失礼。カレンダ様。今、話しかけてもよろしいでしょうか」
突然名前を呼ばれて振り返れば、そこにはアイスハート子爵令嬢がいた。相変わらずおひとりで、誰かと一緒という雰囲気はない。ロックウェル令息のように飲み物などを取りに動いている最中なのかもしれない。
「……アイスハート子爵令嬢……? 勿論です」
「先日は、挨拶もせず、失礼いたしました」
そう前置きし、アイスハート子爵令嬢は帝国式のカーテーシーを披露した。
「ラガーラ帝国、アイスハート子爵が第三子、アレクサンドラ・アイスハートと申しますわ。お二方……以後お見知りおきを」
「チィニー国、カレンダ男爵家が末子、アーヴェでございます」
「チィニー国、テスタ男爵家が嫡子、テーアでございます」
アイスハート子爵令嬢は、ニコリとほほ笑んだ。それから視線を、私に固定する。
「それで……ロックウェル様と、お話は出来ましたでしょうか?」
よこでテーアが興味津々、という表情をした。一応、テーアにもロックウェル令息が属性を偽っていた件は伝えていない。テーアは良い子だけれど、どこから洩れるか分からないからだ。
だからテーアが知っているのは、このパーティーの招待を受けた時に、私がロックウェル令息と共にアイスハート子爵令嬢と接触したというあたりだけだ。
「……はい。あの後に」
「そうですか。それにしては、随分と思い詰めたようなお顔……やはり、隠し事をしていたロックウェル様をお許しにはなれない?」
「いえ。許すとか、そういう話ではありません」
「ではどのような」
「……御覧の通り、私は帝国の御方からすれば、たかだかチィニーの、田舎の、男爵家の娘でございます。到底、ロックウェル令息とはつり合いがとれません。ロックウェル令息が私をお選びになった理由の一つは、アイスハート様のお陰で分かりました。けれどだからこそ、私のような弱い人間にあの方が固執する理由はないと、下々の身ながら、愚考いたしますわ」
「控え目な方ね。玉の輿と、大喜びしても良いでしょうに」
ちらりと、アイスハート子爵令嬢が視線を逸らす。つられるように視線を横にずらすと、ここまで声が響いてきそうな、元気の良い声が聞こえてきた。
帝国人の令息と、チィニー人の令嬢。こそりと横のテーアが「カッセルズ公爵令息と、リッリ子爵令嬢だねえ」と補足するように教えてくれた。以前テーアとあれこれ話をした時に聞いた名だ。確かその時はまだ正式な婚約は結んでいなかった筈だが、どうやら今は婚約を結んでいるらしい。そうでなければ許されない距離感で寄り添っている。
意味ありげなアイスハート子爵令嬢の視線の意図は分からなかったけれど、確かに、爵位の差の開き方で言えば、私とロックウェル令息の関係に近い。だがあちらは、よりよい関係を築いているのだろう。
……いや、良い関係かは分からない。リッリ子爵令嬢がどこか必死に、カッセルズ公爵令息に侍っているようにも見える。ただそれでも、私とロックウェル令息のような、妙な壁はない。
まあ、私とロックウェル令息の間にある壁も、私が一方的に建てているに過ぎないのだけれども。
「その……アイスハート子爵家は、氷属性の方が多い家とお聞きしました」
「ええ。その通りですが」
「では、私より条件が良い属性の女性を、ロックウェル令息にご紹介いただくという事は、出来ないでしょうか? アイスハート子爵令嬢では、いけないというのは、お聞きしたのですが……ご親戚の方で、条件に合う方はいらっしゃるのではないかと、思っておりまして」
アイスハート子爵令嬢は、首を横に振った。
「確かにおりますわ。ですが恐らく、ロックウェル様は頷かれませんでしょう」
「何故でしょう? ……運命、という言葉を使っている、理由にかかわるのですか?」
「ええ。そこまでお話しに?」
「いえ。詳細はまだ、聞いてはおりません……。パーティーの後に、許可を得て、お教えいただく予定です」
このパーティーが終わったら、それを聞いて、私たちの関係は終わりだ。ならばこうも必死に、彼女から聞き出す必要はない。でもつい、聞いてしまった。
「あの……運命とは、なんなのでしょう」
アイスハート子爵令嬢は、数度目を瞬いた。何かを考えている様子だった。それから、こう答えた。
「強いて言えば、私共帝国人の傲慢の結果を、避けるための手段でしょうか」
「はあ……?」
「ふふ、それほど大げさな理由ではありませんわ。人によっては、全てを耳にしたら、そんな事? と首をかしげてしまうような事かもしれませんわね。まあ、一応は国家機密ではありますから、私の一存でお教えは出来ませんが」
やはり曖昧な言い方をされる。
重大だけど、大したことはない? 矛盾し過ぎだ。
どちらにせよ、皇子殿下の許可がなければ、語る事は出来ないのは確からしい。
肩を落とす私に、アイスハート子爵令嬢は、そっと距離を詰めてきた。それまでは数歩分あった距離が、すぐ近くまで、顔が近づく。
「どうにも、カレンダ様は、ロックウェル様との関係に消極的なご様子ですわね。けれど、予想いたしますが、ロックウェル様はそう簡単にカレンダ様を諦めたりいたしませんわ」
「……その、パーティーが終わり次第、その、運命と判断した理由を教えていただいて、それ次第では別れるという約束をしているのですが」
「うふふ。お可愛らしい方。私共には、言葉での説得以外にもさまざまな手段があるのですから、そちらの手段を取られるとは、思わないのですね?」
「……!」
正直に言えば、思っていなかった。
いや、最初の頃はいつか、侯爵位という権力をかざして命令されると思っていた。だが、短いけれど、共に過ごす時間が増えていくうちに、ロックウェル令息はそのような事はしないと……勝手に、思い込んでいた。
「ロックウェル様の姉君がお亡くなりになっている件については、お耳に入っておりまして?」
「……はい。御本人から……」
「それは良かった。……あの方は、ロックウェル家の末子です。そのうえ、先に生まれた子供のうち、半分は亡くなっております。それを乗り越えて育ったロックウェル様は、それはそれは、愛されておりますから…………」
「!」
ハッとする。
そうだ。ロックウェル令息が私に無理強いしないとしても、彼の家族が無理強いしないとは限らない。なんでそんな、基本的な事が頭から抜け落ちていたのだろう。
アイスハート子爵令嬢は数歩離れた。また私たちの間には距離が出来る。
「そうですわね。それでもどうしても、あの方と一生を共に過ごすのが嫌であれば、貴女の方から、条件を付ければ宜しいですわ。あの方が受け入れられそうにもない条件などを、ね」
「そんな事……」
「そんな事も出来ないのであれば、自分の思いなど最初から殺して、ロックウェル様とご結婚成されるがよろしいですわ。私は、運命と出会えなかったとしても、それもまた運命と思っておりますが……此度チィニーに訪れている留学生の殆どは、己が未来の為に必死ですの。周囲もですわ。特に……ジョスリン殿下とロックウェル様とそのご家族は、その傾向がお強い」
「…………」
「私としては、貴女様が腹をくくってあの御方を引き取ってくださると助かるのですけれど……」
「――アイスハート! 何をしている?」
まるでその場を読んだかのように、ロックウェル令息の声が飛んできた。私は横にいたテーアの手を握った。テーアはその手を握り返してくれた。
ロックウェル令息の後ろには、ボーイが付いてきていた。片手に持ったトレーの上には、果実水が二つ。ロックウェル令息の分は、ご自分で持っておられた。
アイスハート子爵令嬢は優雅な動作で振り返る。ふんだんに布が使われた豪華なドレスの布が揺れて綺麗だった。
「あら、先日はご挨拶も出来ておりませんでしたから、お話をさせていただいただけですわ」
「…………それにしては、アーヴェ嬢の顔色が悪い。何か言ったのでは?」
「知りたければ、お聞きになればよろしいですわ。恋人なのですから」
アイスハート子爵令嬢は楽しそうな声色でそう言うと、ロックウェル令息の制止も聞かずに、去っていってしまった。
「……アーヴェ嬢。その、アイスハートは一体貴女に何を言っていたのだろうか?」
「それ、は……」
あれは警告だったのか、それとも脅しだったのか。どちらの意味も含んでいそうな言葉だった。ただ、それをそのままロックウェル令息に言うのは憚られた。それはロックウェル令息の悪口をそのまま本人に告げ口するようなものだと思ったし、もしアイスハート子爵令嬢の勝手な憶測でしかなかったとしたら、とてつもなく失礼な発言になる。私が彼女の話をロックウェル令息に伝えた事がきっかけて、二人の関係が悪化するのも怖い。
結局何も言えず口ごもる私の横で、ロックウェル令息とアイスハート子爵令嬢の関係性を何も知らないテーアが恐る恐るという風に口を挟んできた。
「えぇとぉ、アイスハート様とロックウェル様って、帝国におられた頃からの関係だったりするのでしょうか……? 魔法学校内でもすんごぉく共におられる所が多くみられてるのですが……?」
「……いいや。直接会ったのは、留学が決まった後だ。というよりも、留学生の殆どとは、その時に出会った」
「そうなんですかぁ?」
「ああ。僕は幼いころ、いささか体が弱くてね。幼少期の社交はしていなかったから、あまり帝国で知った人は多くない」
「へぇ」
ちらりとテーアから視線を貰い、小さく頷いておく。今の話は初めて聞いたが、病弱の一件から考えると、ありえる話だとも思った。
「チェルニクス内でともにいる事が多いのは……まあ、アイスハートがある種の治療魔法が得意だから、僕を心配した親がアイスハート子爵家と契約を交わした結果だな。僕がもし、体調を崩す事があれば、治療をすぐ施すようにという。その代わり、アイスハート子爵家の留学資金を、一部ロックウェル侯爵家が負担する事になっている」
そこまでのがっちりと手を組んだ関係だというのは初耳なんですが。
(……さっきのアイスハート子爵令嬢の態度だと、彼女はあまり婚活に興味がないのだろうか? だとすれば、留学するつもりもなかったのに、ロックウェル令息の留学に合わせて無理矢理留学をさせられる事になった……とかだったりする? もしそうなら……最後の、ロックウェル令息を引き取って欲しい、という言葉も……腑に落ちる)
留学早々、ロックウェル令息が体調を崩した時に彼を冷やせる新しい相手――しかも婚約するかもしれない人物――が現れて、ロックウェル令息の面倒を見る仕事から解放されると思った。ところが、いつまでたっても関係は進まない上に、その相手こと私は、ロックウェル令息が定期的に体調を悪くされたりする事すら知らなかった、と知り、苛々が募ってしまわれた。そんな風にも見えなくもない。
いやでも、実際の所は分からない。ロックウェル令息とだって、時間にしたらそれなりの時間しか共に過ごしていない。アイスハート子爵令嬢なんて、ほんのちょっとの関係性だ。あまりあれこれと決めつけるのは危険かもしれない。
ただ、彼女の言葉で、私が改めなくてはならない考えがあるというのは、浮き彫りになった。
私は圧倒的に弱い立場で、ロックウェル令息は圧倒的に強い立場にあるという事だ。
そして、ロックウェル令息の為に、彼が望んでいなかったとしても、私を彼の婚約者に据えようとする人間がいる可能性が高い事も、気を付けなくてはならない。
私は多分、今一度、自分の将来についてしっかりと考えなくてはならないのだ。自分の好き嫌いとかの次元での考え方ではなく……もっと、大きい視野で。
だって私は、貴族の娘なのだから。




