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14 彼の事情

 アイスハート子爵令嬢の魔法の効果が出たようで、次第に、絵具をかけたように赤くなっていたロックウェル令息の肌が、普段の色に近づいていく。


「……はい。大分冷えたかと思いますが、いかがでしょう?」

「…………ああ……楽になった……」


 ロックウェル令息は胸元を大きく膨らませるような呼吸の仕方をしながら、そう答えた。


「ありがとう、アイスハート」

「いいえ。契約ですから」


 何も話が分からない。いや、私には関係がない話題だから、私が入る隙がないのだ。


「…………」

「……失礼。カレンダ様。ひどく狼狽えていらっしゃいますが、ロックウェル令息のこの状態をご覧になった事は?」


 その声に責める色はなかったけれど、問い詰められているようにも感じてしまい、声が裏返る。


「えっ? い、いえ……初めてで……」

「まあ」


 アイスハート子爵令嬢は目を丸くして、ロックウェル令息を見た。


「ご説明をされておられないので?」

「…………」


 うつむいて、ロックウェル令息は何も答えない。つい、私はアイスハート子爵令嬢の方をちらちらと見ながら、口を開いてしまっていた。


「……あの、その、こういう事が、よく、あられるのですか……?」

「それは……」

「ええ。ありますわ。ロックウェル令息は体が弱くていらっしゃいます」

「アイスハート!」


 口ごもったロックウェル令息を無視するように、アイスハート子爵令嬢が口を開いた。それに、慌てた様子でロックウェル令息が声を荒立てる。

 私だったら、圧倒的に爵位が上で、しかも男性に声を荒げられたら、怯えてしまうと思う。けれどアイスハート子爵令嬢は全く狼狽えた様子もなく、むしろ氷のような瞳で未だ座り込んだままのロックウェル令息を見下ろした。


「一番初めに運命を見つけたのは貴方でしたのに、未だにご自身のお体の事すらご説明しておられないなんて……呆れて言葉もありませんわ」


 体が弱いと言っていた。昔から、病弱な人だった、という事なのだろう。

 今まで触れ合ってきた中で、ロックウェル令息が病弱と感じる事は一度もなかった。幼いころは病弱でも、体質が改善する人もいる。……けれどアイスハート子爵令嬢は、よくある、と肯定していた。なら、今までも何度もこういう事があって、その度にロックウェル令息は苦しんでいたという事だ。


 そして私は、それを少しも知らなかった。


「それはッ、もう少し、親しくなってから、伝えようと……」

「まあまあまあ。体が弱いと知れたら選ばれなくなるからと、ギリギリまで隠していたのですか。『婚活』としては最低の行動かと存じますけれど」

「そのようなつもりは……」


 ロックウェル令息は力なく項垂れていた。その姿に、アイスハート子爵令嬢はまた、あからさまなため息をつく。


「そのような事も話せないなんて、随分な恋人同士ですこと」

「……」


 言う事はすんだとばかりに、アイスハート子爵令嬢はロックウェル令息の談話室(ラウンジ)を出て行った。この部屋に残ったのは、私とロックウェル令息の二人だけ。


「……」

「……」


 部屋に響くのは、息を整えようとするロックウェル令息の呼吸ばかり。私は居心地が悪いような気持ちのまま、入口にほど近い場所で立ちすくんでいた。


「……アーヴェ嬢」

「っ! は、はいっ」


 名を呼ばれ、肩が大げさに跳ねてしまった。ロックウェル令息は立ち上がり、はだけていたシャツのボタンを元通りに閉じた後、先ほどまで私が座っていた椅子の方を手で指示した。


「……説明を、させていただきたく思う」

「………………はい」


 聞くのか断るのか迷った私だったが、最終的には椅子にもう一度腰かけた。

 先ほどまでのように二人で座った。テーブルの上には相変わらず招待状がおかれている。けれど双方の顔色は、たぶん、さっきまでとはずいぶんと違う。


「……出来れば、ここから先の話は、他所では広めないでいただきたい」


 聞きたくなくなる前置きだ。けれど、私は一つ頷いて同意を示した。


 そうして彼が語ってくれたのは、先ほどまでのロックウェル令息の事情だった。


「まず……恐らく、魔法学校では、僕は土属性だと話が伝わっているかと思う」


 頷く。

 その通りで、テーアが教えてくれた。帝国のロックウェル侯爵家は、代々土属性の家系だと。


「その話は、偽りだ。……いや、僕自身にも多少は土属性があるので、完全に偽りという訳ではないが……真実ではない」

「属性を……その、言い方は悪くなってしまいますが、嘘をついていた、という事ですか?」

「ああ」


 確かに、不可能ではない……のだろうか。

 あくまで属性は、()()()()()()()()()()()()()()に過ぎない。なので、もし自分の属性じゃない魔法も、上手く扱う事が出来るのなら、メインの属性を偽って授業に参加する事は不可能ではない。


 ただ、チェルニクス魔法学校では多くの人の目がある場で魔力測定を行うので、基本属性を偽るのは不可能だ。……今回の詐称(というほど大袈裟な話ではないが)は、留学生だからこそ出来た事だろう。


「僕のメインの属性は、火なんだ……そして、光属性も持ち合わせている」


 火。ちらりと、髪色を見る。

 髪色と属性は必ずしも一致しないが、ロックウェル令息の髪色は目立つ赤色で、火属性と言われても違和感が少しもなかった。むしろ、火属性という事実は、しっくりくる。


 光のイメージはあまりなかったけれど、私みたいな人間でも、氷属性以外にも得意な属性があるのだから、帝国侯爵家のご令息であるロックウェル令息が、複数の得意属性を持っている事は何も違和感がない。


「どちらも、僕の母からの遺伝だ。土属性は、火と光に比べるとあまり向いていないが、使う事も出来る、という状況だ」

「……属性を偽っておられたのは、御家の事情故ですか?」


 代々土属性の家で、土属性より火属性や光属性が向いているとなったら、隠す理由になってもおかしくはない。そう思いながら尋ねれば、ロックウェル令息は苦笑した。


「確かに、そういう面もある。だがどちらかというと、僕の……先ほどアーヴェ嬢もみたような、体調を悪くしやすい体質をあまり広めない為、という面が強い」

「?」


 属性が発覚する事で、病弱な体質がバレるというのが、いまいち繋がらない。

 その疑問が顔に出ていたのか、ロックウェル令息は詳しく説明を続けてくれた。


「……僕の属性は、火に光……それから土。この組み合わせに加えて、帝国の古い家に多いのだが、魔力量も、貴族の中でも平均値より遥かに多い。……この組み合わせが、僕が病弱になっている原因なんだ。それを知った者から命を狙われる危険性を下げる為に、偽っていた。」

「??」


 説明が始まっても、理解が出来ない。

 そんな私に気が付いて、ロックウェル令息は慌てて説明を付け加えた。


「あぁ……チィニーではこの辺りの魔力遺伝理論はあまり広まっていなかっただろうか。申し訳ない。……たいていの場合、魔力は先祖から遺伝する。これは、理解出来るだろうか」

「はい……一応」

「属性のうち、光属性と闇属性には、他の魔力とは違う性質がある――というのが、帝国で一般的に言われている理論だ。これは……その表情からすると、知らないようだな。ともかく、属性に関する考え方の一つで、光属性と闇属性はほかの属性と違う力を持つという考え方がある、と認識してもらえれば良い。」

「……」

「光属性に話を戻すけれど、光属性にはほかの魔力の力を()()させる効果があると言われていて……簡単に言えば、光属性を使えば、他の属性の力を強くする事が出来る、と考えられているんだ」

「…………なるほど……?」

「だから、僕の火魔法は、普通の人が使う火魔法より強い。先ほど、母からの遺伝だと伝えたと思うが……僕の実母である侯爵夫人は、帝国でも上位と言われるほどに、強い火魔法の使い手だ」


 ロックウェル令息は、私が追いついているかを確認するかのように、こちらを見た。


 正直に言えば、聞いたことのない魔力の理論について話されていて、あまり頭が追いついていなかった。


 えぇと、侯爵家は土属性の家系なので、おそらくロックウェル令息のお父上であるロックウェル侯爵は土属性。

 そして、お母上であるロックウェル侯爵夫人は火属性(光属性も含む)という事か。

 両親が属性違いで結婚されているのなら、自分も別の属性と結婚させるのには躊躇いがないのだろう。


 それは今回の話には関係ないのでおいておくとして、光属性は、他属性の力を強める効果があるから、光属性を含む火属性であるロックウェル侯爵夫人と、ロックウェル令息は、強い火属性を使える。ついでに、お父上からの遺伝で土属性も得意だから、土魔法も、メインが土属性の人並みに使える。

 ここまでは理解できた。うん。


 いやでも病弱の理由になっていないような?

 それに、光属性を持っていて体調が悪くなるのなら、もっと多くの人が光属性を持っている事で体調を悪くさせていそうだ。公にしていないだけで、メインでない属性で光属性を持っている人は結構いてもおかしくないのに。


「属性までは、多分、追いついております。けれど、それが病弱の理由に繋がらず……すみません……」

「いや。学校でも習っていない理論を突然語っているのはこちらだ。すぐに理解が及ばないのは当然だろう。属性まで理解してくれたなら、こう伝えれば分かりやすいだろうか。……僕が持っている三つの属性の組み合わせ、それに加えて、父から遺伝した高い魔力量。この四つの要素が混ざり合った結果、僕の体質は弱くなってしまっている、と」


 ロックウェル令息は、「体感してもらった方が早いかもしれないね」と言い、手袋を片方外した。


 そういえば、ロックウェル令息はいつだって手袋をつけている。だから、この人の素手を、私は初めて見た。


「ほんの少しだけ、貴女の手に触れる」


 そう宣言してから、ロックウェル令息の手が私の手に触れる。


「っ!」


 ――熱い。


 まるで熱が出ている人間のような熱さだ。とても、平熱ではない様子だ。

 アイスハート子爵令嬢の魔法で、熱が下がったのではなかったのか。そう驚きをもってロックウェル令息の顔を見た。


「これが僕の平熱なんだ」


 確かに、顔色を見ても熱が高そうには見えない。顔色だけ見るならば、普段通りの、いつものロックウェル令息だ。

 ロックウェル令息は静かに手を放し、それから、もう一度手袋を装着した。


「……体調が悪化すれば、これよりさらに熱くなる。時には、普通に触れた人間が、火傷するほどに」


 先ほど、触るなと叫んだロックウェル令息の声がよみがえる。

 あれは、拒絶は拒絶だったけれど、私が触れたら、火傷するかもしれないから……?


「主治医曰く、魔法を使用していない時、僕の体内では、絶え間なく光属性で活性化された火の魔力がともっている。その火によって、僕の中にある土属性の魔力が溶かされる。……それによって、僕の体は極めて高温な物質となっているそうだ」


 物質。それは人間に使うには、随分な言い方のような気がした。


「魔力量が多い弊害だ。魔力量がせめて平均的であれば、問題は起きなかっただろうと。……魔力量が多かった為に、魔力操作程度では、この体質を治める事は出来ない」

「……魔法を使用していない時、という事は、魔法を使えば解消されるのですか?」

「ああ。ある程度は」


 普通、魔力量が減ったら、その分疲弊する。そうではなく魔法を使う方が体調がよくなるなんて、よっぽどの魔力量だ。驚きである。だが同時に、お陰で勝手ながら、理解も出来る気がした。そのぐらい魔力が多いのであれば、普通の人に起こらないような変化が体にあってもおかしくない。


 ロックウェル令息が、机の上で両手を組んだ。


「……こうしてあまり素肌を晒さないようにするのは、間違って直接触れた人が、火傷などを負ったりしないようにする為だ。先ほどのような、短期間の触れ合い程度なら、魔力操作でも対処出来るが……長時間ともなると、僕も操作を保ち続ける自信がない」


 手袋は、帝国で作った特別性らしい。着ている服も――魔法学校の制服含めて――フレドリック様の体質に合わせて作られた、絶えず魔力を空気中に発散させる魔法が込められたものなのだという。本当に、規格外と言えるほどの魔力量のようだ。


「今はこれぐらいですんでいるが……。高い魔力を持つ子供が幼いころに力を暴発させるように、僕も幼いころはこの魔力を発散させる事が出来ずに、何度も高熱で生死をさまよった。……実際、僕には存命の兄以外に、僕と同じ、火・光・土の三属性持ちの姉が二人いたのだけれど……。どちらも、幼くして亡くなっている」

「!」

「僕は幸運にも、こうして大きくなった。ただ、先ほどのように、時折魔力が体内で膨れ上がって、高熱が出てしまうんだ。その場合、魔法を大量に使うか、魔力を放出するか、先ほどアイスハート子爵令嬢がいたように、氷属性で強制的に体を冷やさないと、収まらないんだ」


 彼の話を総合すると、ロックウェル令息は属性と魔力量の関係から、体が異様に発熱してしまう体質を持っている。同じ体質を持っていたお姉さんが亡くなっていたとしたら……きっとご家族は、ロックウェル令息の事をたいそう大切に育てられたことだろう。


 そこまで聞いて、私はある事を尋ねた。


「お尋ねしても宜しいですか?」

「ああ。なんだろうか」

「先ほど、光属性は活性させると仰っておられました。では、闇属性はもしかして、沈静とかの効果を持っているのでしょうか?」

「…………ああ、確かに、そうだが」


 目の前が開けるような感覚があった。


「では、私を運命と説明づけて選んだのは、氷属性と、闇属性であるから、という事ですよね」


 ロックウェル令息から否定の言葉はなかった。彼は息をのんで、なんと答えるべきかを迷っている様子だった。けれど彼のそうした態度は、今の私にはたいして気になる事ではなかった。


 私と婚約しようとした理由の一つが、属性だった。――この理由が今まではずっと謎だった。それは、ロックウェル令息が土属性と、偽りを広めておられたからだ。

 けれど火属性と光属性を持っていたという事が分かった事で、この謎が解決した。

 同じ属性同士が結婚した方が、より強いその属性の子供が生まれると考えられている。当然、その真逆に違い属性同士が結婚すれば、子供の属性が強まる事はない、という考えになる。


 私が選ばれたのは、それが目的だったのだ!

 命に係わるまで属性が強まってしまったのなら、それを弱める事を目的とするのはなんらおかしくはない。


 でもそこが分かり謎が解けたところで、別の疑問が出てくる。氷属性と闇属性を持つ令嬢が良かったのだとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事だ。

 チィニーのような小国にこなくとも、広い帝国内で、希望の令嬢を探す事は出来る筈だ。


「属性が理由である部分は理解出来ました。ですがそれならば、帝国におられる氷属性のご令嬢と結婚される方が、よろしいのではありませんか? それこそ……アイスハート子爵令嬢のような」

「それは無理だっ!」


 ロックウェル令息のやけに前のめりな否定に、私は眉根を寄せた。ロックウェル令息は少し慌てた様子で、付け加えた。


「いや、すまない。確かに、治療と言う面ではアイスハート子爵令嬢には、チィニーに来て以降、世話になっている。だが結婚相手としては不適格だ。彼女は氷だけでなく、光属性を持っている。あり得ないが、子供が出来たとして、僕の光属性がより強まるような事になったら僕以上の病弱体質の子供が出来る事になる。いや絶対に子供を作るなんてありえないが」

「そうですか」


 アイスハート子爵令嬢を選べない理由は分かった。

 だが、『彼女が光属性も持っているから選べない』だけの理由ならば、アイスハート子爵家の親族で氷属性で、光属性を持っていない人もいるだろう。


 やはり、わざわざ帝国から遠く離れたチィニーで、弱い氷魔法しか使えそうにもない私を伴侶に選ぶ理由にはならない。


 その疑問も追加でぶつければ、ロックウェル令息は視線を少しばかり、さまよわせた。


「……貴女の疑問は、もっともだと思う。ただ、僕にとって最良の相手は、帝国内にはいなかった。他国にもいない。貴女なんだ」

「……ロックウェル令息がたまに仰る、()()という部分に理由があるのかでしょうか? そこが、腑に落ちません。何故私のような矮小な存在が選ばれたのか。属性以外の理由があるのであれば、お教えください」


 それが理解出来れば、納得出来るかもしれない。


「それは……」


 ……視線は合わない。無言の拒絶だろう。


 そうであれば、やはり、受け入れられない。そう思った。

 そっと、招待状をロックウェル令息に返す。

 散々先延ばしにしてしまったけれど、今度は私が勇気を出さねばならない。


「ロックウェル令息。どうか私との恋人関係を解消してください」

「……っ、それは」

「私は、帝国侯爵家の御子息に嫁ぐような、上等な人間ではありません。我が家が侯爵家に差し出せるようなものもありません。貴族の結婚は、家と家の繋がり。つり合いの取れない天秤は、いつか必ず崩れます」

「それは……っ、こちらでなんとかする。だから」

「氷属性がご希望であれば、この国にも他にいると思います。……どうか、私と別れてください」


 頭を下げる。机につくギリギリまで。


 未来があると思えない関係を続けて、ロックウェル令息の時間を奪うような事はしたくない。どうか、受け入れて欲しい。そんな風に願っていたが、ロックウェル令息から帰って来たのは、私の願いには反する答えだった。


「待、って、欲しい。貴女の、疑問も、当然だ。……運命の理由を、必ず、貴女に伝える。だから、このパーティーまでは、別れるのは、待って欲しい」

「何故でしょう」

「……運命の根拠は、留学の根幹だ。今回の留学で一番の目的は、ジョスリン殿下の結婚相手を見つける事だ。それがまだ成されていない段階で、運命に纏わる話を広める訳にはいかない。少なくとも、ジョスリン殿下から許しを得てからでないと、話す事は出来ない」


 その言い方だと、既に婚約関係を結んでいる留学生たちは、運命の理由については相手に話していない、という事だろうか。


「ジョスリン殿下は現在、飛行船パーティーの準備に忙しい。なのでパーティーが終わってからでないと、僕個人の相談をし辛い状況にある。飛行船でのパーティーが終わり次第、貴女に運命の理由を伝える許可を得る。それで、必ず貴女にお教えする。だからそれまでは、別れないで欲しい。……お願いだ……」

「………………」

「ぼ、僕と二人きりが、厳しいと感じるのであれば……そうだ。テスタ嬢も参加してもらって構わない」

「……? ですがこのパーティーは、婚活の一環なのでは?」

「ああ。けれど、他にも招待したい人間がいれば、招待するのは問題ない。僕の名前で、貴女とテスタ嬢の二人を招待する事は、何一つ問題ないんだ」


 だから、と何度もお願いされる。まるで縋られているようだ。いや、状況としては、私が彼に縋られている――で間違いないのだろう。

 どうしてここまで必死になるのか、分からない。私を選ばなくたって、いくら病弱といえど、帝国の侯爵家が持つ力は絶大だ。結婚したいと思う女性はいくらでもいるだろうに。


「パーティーが終わった後には必ず伝える。だから……」


 分からない。理解できない。けれど何度も何度もそういわれて、断るのは心苦しくなってきてしまった。


「……分かりました。正式な別れ話については、パーティーが終わった後、という事でよろしいでしょうか」

「! ああ。その時に、僕の説明を聞いて……僕を受け入れがたいのであれば……その時は、貴女との別れを、受け入れるから」


 後半は、絞り出すような弱い声だった。けれど、はっきりと話をつける事は出来たと思う。だから招待状を受け取り、私はその場を去る事にした。


「アーヴェ嬢!」

「……なんでしょうか」

「僕は、貴女との婚約を望んだのは、運命も理由があるけれど……貴女を好意的に思ったんだ。だから、そこはどうか、知っておいてほしい……」

「……分かりました」


 私は一礼し、今度こそ退出した。

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