12 予定外の授業観戦!
デートについて考えなくて良い、気楽な学校生活は最高だ。
チェルニクス魔法学校の授業は、その教科を担当している先生の持ち教室に、学生が移動するスタイルになっている。先生たちは移動を少なくして負担を減らす事で、大勢の学生の面倒を見やすくするのだ。
私とテーアはゼミ以外では今の所、取得授業が一緒だ。……というか、一年生と二年生は、殆ど自分の意思では授業を選べないようになっているので、取得授業はほぼ一緒になる。
流石に学年丸ごと一度に教える事は難しいので、入学時に一定数の塊にグループ分けされていて、そのグループごとに「何日の何時にこの授業」と決められるわけだ。私とテーアはこのグループが一緒の為、完全に行動が一致している訳だ。
いつも通り、遅刻にならないように移動して、席につく。
「今日ミニテストだよねぇ。もう覚えらんない~!」
「そういって、この前も85点以上だったくせに……」
なんて会話をしているうちに、同じ時間割のグループの学生たちが、教室に揃う。あとは先生が準備室から出て来れば全員――という所で、廊下側のドアが開かれて現れたのは、別の科目を受け持っている先生だった。
「あー。本日この授業は休講となる!」
「え~!」
「後日放課後に、補講を行う事になる!」
「え~!」
一個目のえ~は喜びのえ~で、二個目のえ~は悲しみのえ~だ。
「だが自由時間にしてしまうのは勿体ないので、上級生の魔法実習の授業の観戦をし、レポートを提出してもらう事になった! レポートの出来によっては加点がある! 案内するので、今すぐ荷物を纏めてついてくるように!」
慌てて、学生たちは荷物を纏めて、廊下に出る事になった。
あまり統一性のない列を作りながら、進んでいく。どうやら外の運動場に向かっているらしい。
「上級生の魔法が見れるって事は、色々凄いのが見れるかなぁ~!」
テーアがわくわくした様子でそう言ってきた。私はそれに頷いた。
「ゼミでは、まだ実践的な魔法習えそうにないしね。それに、もしかしたらこう……特殊な魔法も見えるかもよ!」
基礎的な魔法は大体誰でも習うけれど、その魔法をどう使うかという所は、個人で考えたり、或いは師から教わって覚えたりする事が多い。中には魔法を確立している所もあり、流派を形成している人たちがいたり、一家相伝で家系にのみ使い方を伝えている魔法があったりもする。
流石に、秘密性の高い魔法を授業で使っている学生はいないだろうけれど、魔法学校に入学したというのに、同学年の魔法以外を見る事は殆どなかった。授業が被る事はないだろう上級生の魔法を見る事が出来るのは、とてもありがたい機会だ。
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移動した運動場では、上級生たちが担当の先生の指示に従って行動をしていた。
そこで気が付いたが、これは、二年生の授業らしい、という事だ。何故分かったかと言えば――。
「アーヴェアーヴェ! ロックウェル様いらっしゃるよ~!」
「…………そうね……」
そう。学生の中に、目立つ赤髪が――ロックウェル令息の姿があったからだ。
デートに誘われなくなって、ちょうど三週間。その期間ぶりに、久々に姿を見た。
ロックウェル令息は私たちより一つ上の学年の、二年生。つまり、彼がいるのならこの授業は二年生の授業という事になる。
ちょうど二年生たちは、私たち一年生たちがいる方に背中を向けているようで、観戦者の登場にはまだ気が付いていないようだった。
ふと、ロックウェル令息の頭が動く。どうやら、横に並んでいた人物に声をかけられたようだった。
雪のようなと評せるほど、白い肌の、美しい令嬢だった。
「……あ、今ロックウェル様と話してるの、留学生のアイスハート様だねぇ」
属性のゼミではないらしいという事が、顔ぶれと留学生に関する情報をやたら把握しているテーアの発言から判明した。恐らく、今私たちが集まっているように、グループの一つなのだろう。
「アイスハート様は子爵家のご令嬢だったと思うよ。すんごく綺麗な人だから、いろんなチィニーの学生がアタックしてるけど、今の所誰かとデートした、みたいな話もないんだよねぇ~」
ロックウェル令息とアイスハート令嬢は、親し気に会話を交わしていた。当たり前だ。留学生同士で、同じ帝国貴族なのだから。
なんの会話をしているのかは、さっぱり分からない。ただ、アイスハート令嬢が口元を手で隠し、優雅にほほ笑んだ。それにつられるように、ロックウェル令息も笑った。
「――、……?」
なんだか、胸の中が重くなったような気がする。
食事の食べ過ぎは、控えていた筈なのだけど。
そう思っていると、一年生を連れてきた先生が、二年生の先生と話をする。それから、私たちを含む一年生は全員、運動場の端に置かれている椅子に座る事が決まった。すべての学生が座れる量の椅子はなく、女性が優先的に椅子を使い、男性は立ったり芝生に座る事になった。
「本日は急遽、下級生が授業を観戦する事となった。上級生として、見本となるように」
「一年生! 間違っても運動場に入る事はなく、何かあった際にはあちらの先生の指示によく従うように!」
二年生を担当していた先生と、運動場まで私たちを案内した先生が、それぞれそう指示を出した。そして、後者の案内をした先生はほかに仕事があるようで、そそくさと去っていった。
先生が去っていったのを目線で追ってから、二年生の集まりに視線を戻すと、目立つ赤髪に視線がいく。パッチリと、もう、誤魔化しもきかないほどハッキリと、ロックウェル令息と目が合った。
ニコリ。ロックウェル令息は微笑んだ。
「ロックウェル様、アーヴェの事見てるよ~! 手でも振ったらぁ?」
「な、なんでよ……」
一応目は合ったので会釈はしたが、手を振るなんてフレンドリーな事をする事はためらわれた。
「それよりテーア。ちゃんとノートを広げなさいよ。レポートの出来は加点って言われてたでしょう?」
「はぁ~い」
授業が始まった。遠方にある的などに魔法を当てる授業らしい。牛三頭分ぐらいの距離の先の的に当てる授業で、はたから見るとあまり派手さはないように思えた。同じグループの一年生の中には「もっと派手な魔法が見れそうな授業が良かったな」と言っている人すらいる。
しかし、始まってみるとこれが結構、難しいらしいのが見て取れた。
使う魔法は、各々の素質のある属性にのっとったものだ。水属性なら水の玉、火属性なら炎の玉。土属性なら小さい土の塊、などなどだ。これをそれぞれ放つのだが、大半が的に当たらない。
的に向かっていくけど当てられない、という状態なら良い方だ。
そもそも的まで、魔法の形が保っていられない、とか。
真っすぐ飛ばせず、あらぬ方向に飛んでいく、とか。
半分以上が、そのような状態だった。
「結構当たらないものだね」
と一年生の数人が、こそこそ話している。中には、二年生に対する蔑みみたいなものが滲んでいる学生もいた。
私の横で、テーアは「うへぇ……」と嫌そうな声を上げた。
「あれ、あたしたちも来年するのぉ?」
「……でしょうね」
「水を、空中で玉の状態で維持して浮かせるとかめっちゃ難しいんだけどぉ~~!」
やだぁ、というテーアの声は結構大きくて、一年生たちに響いていた。
テーアの意見に、私は頷いて同意した。
「私だってあれいやだな。あれ、魔法で飛ばすって事でしょ? 氷を作って、魔法で飛ばすって何? 魔力で発射してるって事? 氷作って、手で投げる方が絶対当てられると思う」
「分かるぅ。土属性とか、氷とかは、作って素手で投げる方が当たりそうだよねぇ~」
「しかも真っすぐ飛ばすって……」
そっと、私とテーアは遠い目をした。
お互いに、実家で暮らしていた頃、子供らしい、それはそれは威力の弱い水魔法で畑の水まきを手伝った事がある。それこそ、じょうろに水を汲んできてまいたほうが効果がありそうな威力しかない水魔法だったけれど、目の前に向かってですら、思った方向に水をまけずに苦労した。
当時は大人たちに真似事で、私たちは魔法で水をまく事に躍起になった。しかしいくら頑張ってもうまくいかず――思い返せば、あの時も私よりテーアの方が水を作るのは上手かった。水属性だったからだろう――、最終的に、時間が予定より過ぎてしまい、桶やじょうろに水を汲んで水を撒く事になった。
横の顔のテーアを見れば、この子もその時の記憶を思い出しているようだった。
「……確かに、俺、まだ火花を出して、着火させるぐらいしか出来ない」
「物質化させた後に飛ばす方法なんてならってない!」
「風をそんな繊細に飛ばせないですわ……」
ぽつぽつと、周りの学生たちの声がなんだか変わっていく。
その間も、二年生はひたすら順番に、魔法を使っている。
「あ、アーヴェ。次ロックウェル様だよぉ!」
テーアの言葉通り、ロックウェル令息が杖を持って立っている。
そういえば、ロックウェル令息が魔法を使う所は初めて見る。
先生の合図と共に、ロックウェル令息は杖を構えた。瞬時に、杖の先に土の塊が出来上がった。男性の拳くらいのサイズがある。それが、勢いよく、真っすぐ、放たれた。バシュッと風を殴るような音がした後、牛三頭分ぐらい離れた所に立てられていた的に、土の塊は勢いよく命中した。どうやら土に見えたそれは泥の塊に近かったようで、的が壊れる事はなく、ただ中心が泥で汚れただけで終わっている。
二年生と観戦者たち、双方から拍手が上がった。同級生の元に戻っていくロックウェル令息の周りに、男子学生たちが集まって興奮した様子で何かを話しかけている。
(今のって、たぶん、ただの土……じゃないよね?)
的に残った、重力に従って、下に向かって真っすぐな線を引きながら落ちて行っている跡から考えると、先ほどのは土の塊ではなく、泥の塊で間違いないだろう。
(泥って事は、土に水? 水属性もお持ちなのか、それとも単純に水魔法を覚えられたのか)
……そういえば、私にも複数の素養があるという事は、他の学生たちもそうであるはずだ。
殆どの場所で、自分の属性として伝えるのは、メインになる属性だけ。だからロックウェル令息のメインの属性が土なのは知っているけれど、他の素養については知らない。
(……いやいやいや、将来的に関係なくなるなら、わざわざ知る必要はない。うん)
そう思っていると、アイスハート令嬢の番になったらしい。優雅に先生に対して礼をして、彼女は杖を構えた。
あっという間に杖の先に、氷の塊が出来る。丸い、氷だ。その表面がまるでよく磨かれたガラスのように煌めいていて、ギョッとした。
その玉は、ロックウェル令息のように、真っすぐに的に向かって飛んでいって、的のど真ん中を打ち抜いていた。
拍手が上がる。私も、口をあけながらパチパチと手をたたいた。
「すごぉい。ねえねえアーヴェ。氷属性として、なんか気になる事あるぅ?」
「気になる、というか……あんな瞬時に、その場で氷を作れる事そのものが凄すぎる。と、思う。少なくとも、私には到底無理。しかも、さっきの氷の玉の表面何!? 信じられないぐらい綺麗だったんだけど。氷って、あんな丸みを持つとしたら、溶けかかった時でしょ。なんで作り立ての氷があんな綺麗になるの?!」
「おうおうおう。とんでもなく凄いのはよぉく分かった」
落ち着け~とテーアが私の両肩を掴んでくるまで、私は腰が浮かんでいる事に気が付かなかった。慌てて咳払いをしながら席に着く。
さっきのロックウェル令息の魔法と、アイスハート令嬢の魔法はしっかりと書き留めないと。レポートのメインに決まりだ。
そんな風に慌てて、忘れないようにさっき見た光景を書き留めて、顔を上げる。次の学生の番のようだった。男子学生は、しきりにアイスハート令嬢の方を見ていた。
(あ~、アピールだな)
よほど自分の魔法に自信があるようだ。手を上にかざした彼の先で、風が渦巻いているらしいのが分かる。最初は手のひらサイズだった渦巻が、だんだんと大きくなって……。……いや、大きすぎない?
風魔法は目で視認するのが難しいのだけれど、その余波で吹き飛ぶ土の範囲が、段々と大きくなっているし、聞こえてくる音も大きくなっている。
「すっご、あんな風の塊、絶対操れね~」
と、どこからか、風属性らしい一年生の声が聞こえてきた。
やっぱりアピールらしい。的を倒すだけなら、絶対にあのサイズの風の渦を作る必要は、ない筈。
それにしても風が強すぎる。私たち一年生がいる場所はよいけれど、比較的近くで待機している二年生たちは、風にあおられまくっている。スカートの女性陣は、必死にスカートを抑えている。
「――! 魔法を一度――止めなさい――!」
風の音でよく聞こえなかったけれど、先生が男子学生に魔法を止めるように指示を出した。けれど男子学生は指示に従わず、さらに風の渦が大きくなる。
「中々投げないねぇ」
「ね。もうアピールには十分じゃ? ――あっ、やっと投げた」
腕を上から下に振り下ろすように、風の魔法が放たれた。しかし、いくら待てども、的に風が当たったような姿は見えない。
二年生の集まりが、ざわついている。
「ありゃ~、あれだけ大きい風にしたのに外れたのかぁ」
「こっちのほうが恥ずかしいな……。……いやでも、なんか、音、まだ聞こえるような……?」
「ん~? ……確かに、ビュンビュン、まだ鳴ってる?」
私たちがそう言葉を発した時だった。
ちょうど、二年生たちが実習をしている場所と、私たちが椅子に腰かけて固まっている場所の中間ぐらいの地面が、突如割れた。向こうから、私たちの側に向かうように、ばっくりと。
地面に出来た跡に気が付いたのは、観戦者の集まりの中でも、最前列に座ったり立っていた、数人だけだったと思う。
その跡はちょうど、まさに、私とテーアが腰かけている方角に向かってきている。
反射的に、私は横のテーアに覆いかぶさった。テーアが驚いた声を上げる。私たちが持っていたノートが、地面に落ちる。スカートの裾が、勢いよく風に大きくあおられた――。
――ドゴォッという鈍い音と共に、私やテーアの周りは暗くなった。
少し遅れて、男女の声が混じった悲鳴が上がる。
「あ。アーヴェ。アーヴェ!」
衝撃を予想して強く閉じていた目を、テーアに体を揺らされた事で、開く。
恐る恐る顔を上げると、まるで私たち観戦している下級生を覆うように、大人程の高さの土の壁がそびえていた。今さっきまでなかったはずのそれは、誰かの魔法で作られたものに違いなかった。
呆然と、テーアに肩を押されるがままに身を起こしていると、焦った様子の声が聞こえた。
「――アーヴェ嬢っ!」
土の壁の向こうから顔を出したのは、ロックウェル令息だった。
ロックウェル令息、土属性、土の壁。
――ロックウェル令息の、魔法?
そんな事を思っている間に、ロックウェル令息は私とテーアの前にしゃがみ込んできた。
「アーヴェ嬢。それからテスタ嬢。怪我はないだろうか?」
「な、ないでぇ~す」
未だに呆然としている私に代わって、テーアが答えた。それにホッとした様子を見せたロックウェル令息だったが、未だに私が黙っているためか、もう一度「アーヴェ嬢?」と語りかけてくる。それで我に返って、視線を土の壁から、ロックウェル令息に移す。
「……魔法」
「間に合ってよかった」
やっぱりロックウェル令息の魔法なのか、これ。
ロックウェル令息と共に、壁の向こう側に回った。そこには、大きな横向きの切り傷のような跡が残っていた。
それを見て、テーアは、
「うわぁ……壁なかったら、あたしたち、直撃だったよこれぇ……。アーヴェ、よく気が付いたねぇ。ありがと」
と引き攣った声で言った。それに頷きながら、私はロックウェル令息を見上げる。
あれだけ離れたところから、既に飛んでいた風の魔法が届くよりも、先にこれだけ大きな土の壁を、作った。
「……? どうかしただろうか」
「……いえ」
私からの視線を感じたロックウェル令息が視線を返してくれる。それになんと返すべきか言葉が出て来ず口ごもっていると、テーアが私に後ろから飛びつくようにしながら、ロックウェル令息に話しかけた。
「助けてくださって、ありがとうございますぅ!」
「あ、ありがとうございます」
お礼すら言っていなかったと私もそこで気が付いて、慌てて頭を下げる。ロックウェル令息は「下級生を守るのは当然の事だよ」となんて事ない様子で答えた。
そこで、先生がロックウェル令息の事を呼び、ロックウェル令息はそちらに歩いて行った。
「ロックウェル令息。ああいってたけど、絶対アーヴェ守ろうとしてくれたよねぇ」
ニマニマとテーアは笑っているけれど、私は言い返す気力もなく、ただロックウェル令息の事を視線で追っていた。
先生と話しているロックウェル令息の元に、アイスハート令嬢が近づいてきた。彼女の白い美しい手が、突然ロックウェル令息の頬に向かって手を伸ばされた。
それに驚いた様子でロックウェル令息が距離を取り、アイスハート令嬢と何かを言い合っている。アイスハート令嬢の視線が一瞬、私に向く。それから意味ありげに目が開かれて、彼女はロックウェル令息から離れていった。
「アーヴェ? 一年生は、移動するってぇ!」
ハッと、テーアの声にまた我に返らされた。それから慌てて私は落としたノートなどを拾い、先生から一年生を誘導するよう指示を出されたという上級生に連れられて、移動する事になった。




