11 だってぇ、だってぇ!
主人公はまだしばらくこんな調子です。
フルーツカフェでのデートから、およそ一か月が経った。入学してからは、期間としては、まだ少ししか経っていない。
だというのに、この期間はとてつもなく濃い日々だった。
ボルトロッティ伯爵令嬢に呼び出されて以降、私が呼び出された事は一度もない。
これはありがたい。怖くもあるが。
そしてテーアが「属性が理由らしい」と伝えた事で、あの子が予想した通り、これまで留学生たちにアピールを控えていた立場が低い者も含めて、自分を売り込む者が増えたようであった。私はロックウェル令息の件だけで手いっぱいだからと、それ以上の留学生の情報をテーアが勝手に話してくる分以外は以前にもまして遮断していたので、そこからしか聞かないが、なんとなく状況は想像出来る。
これまでは「そうは言っても選ばれるのはチィニー国内の上澄みの人間だろう」と考えていた人々までが、こぞって動くのだから、それは騒がしいに決まっている。
幸いだった事は、上記の盛り上がった活動のお陰で、ロックウェル令息以外の留学生にもちらほらと恋人や婚約を結んだ人間が出始めた事だ。私とロックウェル令息に関してはいまだ恋人関係で止まっている為、後から婚約第一号とも言えるカップルが出たら、学校の中心的話題はそちらに移っていった。なので、休み事に私(と、近くにいるテーア)を囲む人は殆どいない。
さて、他人はともかく。
私の「愛想をつかしてもらう作戦」はどうなっているかというと……惨敗だ!
金銭的に迷惑をかけるという手は、早々に諦めた。こちらにとっては大金でも、あちらにとってははした金……というパターンが多すぎて、挑戦するのも悲しくなってしまった。
一方、マナー他、そもそも生きてきた世界が違うのを見て失望してもらおうという作戦も、全くうまくいっていない。
最初は色々、派手な失態をしようかと思っていたが、途中で「これやりすぎるとド田舎暮らしとはいえ、家族にも迷惑かけるな……」と気が付いてしまった事によって、あまり大げさな事は出来なくなった。
そうなると細々とした事しか出来ない。本当にもう、性格の不一致とか。生理的に受け入れられない何かとか。
どんな些細な事でも良いから、ロックウェル令息が諦めてくれないか。そんな事を思って色々な話もしたのだが、ロックウェル令息が私に愛想をつかす気配はない。
私は知ったのだが、本当のお金持ちってちょっとの事では動じないんだ……。
人生に余裕があるから、他人の失態も、よほど問題がある事以外はおおらかに見るんだ……。
格が違う。本当に。
しかもロックウェル令息、周りの人を観察して相手の好みとかを把握するのが、本当にうまかった。
フルーツカフェの件で私のリンゴ好きが察されていた事が分かったが、それ以降に積み重ねたデートで、どんどん私の食の好みが把握されていってしまった。もう、私が好きじゃない料理が出てくる事なんてほぼない。
これ、怖くない? だって、私たちのデートって、週末に一回会うって感じで終わるのだ。一回目のブティックからの飲食店、二回目のフルーツカフェ。その後に重ねたデートの回数、たった四回。だというのに、回を重ねるごとにデートの内容が好みに沿って行く。怖い。
ちなみに、服装問題については、三回目のデートからは、事前にデート用の服が届くようになった。
二回目のデートの後に届いた手紙で「こちらの配慮が足りず申し訳なかった」という謝罪があったので、こちらが服を持っていないからと、毎回服を贈る事にしてきたのは分かった。
ただ、ド田舎男爵令嬢が借りる部屋は個室ではない。私もテーアももともと持ち服は少なかったので、部屋に備え付けのクローゼットには余裕があった。その余裕すら超えて服が届くので、慌てて、
「これ以上はいただいても管理できません!」
と言う事になってしまった。
嬉しいより、空しいと怖いが勝る。
私の悲鳴に、ロックウェル令息はこれまた申し訳なさそうに、
「申し訳ない。また、貴女の事を分かりきらずに、勝手な事をしてしまった」
と謝罪してくるのだ。
これが、上から目線で「贈ってやっているのに何が不満なんだ?」という態度でこられれば、私も心の底からこの人を嫌に思えるのに、そうでないのが本当に困る。なんで侯爵令息なのに、こんなに態度が柔らかいんだ。
ちなみに最重要確認事項であった「運命」に関わる所だが、未だに聞けていない。
これは私が何も学習しない愚か者であるせいなのだが、デートの時には毎度「今回こそ愛想をつかしてもらえるように!」と、そちらにばかり意識がいってしまうのだ。で、いつも聞き忘れる。
うん。聞いてない私が悪い。普通に。
彼以外の留学生も次々に『婚活』を成功させていっているので、そこから何か情報が出てこないだろうか? と思うのだが、全然流れてこない。
まるで一様に口を閉ざしているかの如く、話は回ってこない。これは意外だった。皆、既に留学生を射貫いた――あるいは選ばれた――人から、条件を聞き出そうと苦心している筈なのだ。もっと具体的な条件が色々出てきてもおかしくない。だというのに、今出回っている情報は、どちらかというと、本当にただの恋愛感情で選んでいるかのような話が多く回ってくる。
貴族同士の婚姻なので家への利点も提示されているが、発端は個人の感情……みたいな話ばかりだ。
「やっぱ一目惚れみたいなものなんじゃないの?」
とテーアは言うが、私は信じない。
私に一目惚れするなんて信じないからな……!!
私はただ、知りたいだけなのだ。
運命なんて言葉で濁していたが、わざわざチィニーなんて小国に来て結婚相手を探そうとするのだ。理由があるはず。そしてその、政略的な理由が、何なのか、はっきり知りたい。
これでは? あれでは? と曖昧なまま、噂が回っているだけでは、納得出来ないのだ。
――そんな風に混乱し過ぎて、頭がおかしくなりそうになっていた中で行った七回目のデートの終わり。今日もロックウェル令息が私に呆れた様子はなく、失敗だった……と思いながら歩いていると、突然、申し訳なさそうな顔をしたロックウェル令息にこう言われた。
「アーヴェ嬢。大変申し訳ないが、暫くデートに誘う事が出来そうにない」
「……え、本当ですか?」
デート、行かなくてすむなら嬉しいが。
そう思いながらロックウェル令息の顔を見上げれば、眉尻を下げながらうなずいた。
「……本当は貴女に会う、貴重な機会を失いたくはなかったんだが……。流石に、ジョスリン殿下もかかわっている準備を曖昧にするわけにはいかないものでね」
「なるほど! それは、皇子殿下を優先するべきです!」
私なんかよりも、自国の皇子殿下を優先するのは当然だ。
だから私が何度も強く、皇子殿下が関わっている準備とかいう出来事を優先するようにいうと、ロックウェル令息はホッとしたようにうなずいた。
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「――と、いう訳で。暫く呼び出される事がなさそうなので、今のうちに、結ばれている人々を見比べて、何か特徴があるかを探したいと思います」
「はぁ~~い」
私とテーアは、寮の部屋で、会議を始める事にした。
「ではテーア。今くっついているカップルについての情報を」
「はいはぁい。まず、アーヴェとロックウェル様でしょ~」
「私たちはくっついてない!」
と文句はつい返してしまったが、自分たちの間に広げた裏紙に、私の名前とロックウェル令息の名前を書き記す。
分かりやすく、留学生側には名前の前に黒い丸を付ける事にした。
「で、他だとぉ、チィニーのインザーギ侯爵令息様と、留学生のクロックフォード公爵令嬢が婚約を発表してるね。あと、チィニーのロッソ子爵令嬢と、マクラウド伯爵令息。チィニーのパウジーニ伯爵令嬢と、バーナーズ伯爵令息。まだ正式な発表はないけど噂になってるのが、チィニーのリッリ子爵令嬢と、カッセルズ公爵令息で、それから、今日発表ホヤホヤなのが、スプリングフィールド伯爵令息と、チィニーのボルトロッティ伯爵令嬢」
「えっ! ボルトロッティ伯爵令嬢、婚約されたの?」
「らしいよ~」
驚く私の対面で、テーアはロックウェル令息の名前の下に、分かっているカップルの名前が書き足されていった。
「これに後、何足すの?」
「属性は必要だよね。肩書はもう書いてるから後は……うぅん、関係あるかは分かんないけど、一応学年も? もし分かってれば、嫁入り、婿入り的な情報も足そう」
……という訳で、出来たのが下の表だ。
アーヴェ(氷/闇/ちょい風) 1年 未婚約
●ロックウェル侯爵令息(土) 2年
インザーギ侯爵令息(火) 3年 婿入り
●クロックフォード公爵令嬢(水) 1年
ロッソ子爵令嬢(土) 4年 嫁入り
●マクラウド伯爵令息(風) 1年
パウジーニ伯爵令嬢(風) 3年 嫁入り
●バーナーズ伯爵令息(火) 3年
リッリ子爵令嬢(光) 2年 未婚約(恐らく嫁入り)
●カッセルズ公爵令息(闇) 4年
ボルトロッティ伯爵令嬢(土) 2年 嫁入り
●スプリングフィールド伯爵令息(風) 3年
「こうしてみると、属性バラバラだねぇ~」
「本当ね。属性を合わせようとしていない事以外、特定の法則はなさそう」
「唯一共通してるのは、未婚約のアーヴェとリッリ子爵令嬢たちの所を除いたら、全部帝国側に行く事になってるって所だけ?」
「どうだろう……今の所、帝国のご令嬢と結ばれてるのがインザーギ侯爵令息だけだから、たまたまの可能性もありえなくもない、よね」
「でもインザーギ侯爵令息は嫡男だったでしょぉ?」
「家の方針の可能性も全然あるじゃない。インザーギ侯爵家に他に家を継げる人がいれば、やや無理したって問題ないだろうし……でも、完全に子一人の家だったら、簡単に出すのを承知するかは分からないし」
「でも、なら余計に共通点なんてあるぅ?」
「……サッパリ分かんない!」
ベッドに背中から倒れた私に、テーアが、
「というかぁ~、アーヴェがさっさと運命って言葉を使った理由を、直接ロックウェル令息に聞けば終わる悩みじゃない~?」
と正論を投げかけてくる。
ウッ、わ、分かってる。分かってるんだ……。
「作戦会議も、理由がはっきりしないと何も言えなくな~い?」
「それ以上私を刺さないでっ!」
私は枕で自分の顔を隠し、ベッドの上でバタバタした。
「集中すると、一個以外、どうしても忘れちゃうんだもん~~!!」
「馬鹿だねぇ」