10 求む求む、愛想をつかされる方法!
再びのデートの誘いが来たのは次の週末前だった。日程で見ると、ちょうど前回のデートから一週間後の日だ。
毎日あるゼミでの授業に慣れて、やっと水面を薄いながらも凍らせられるようになった時だった。
それまでの間も、しょっちゅう、ロックウェル令息から手紙が届いていたし、私も一応、返信していた。
手紙の文面で冷める事もあるのではないかと返信しているのだけど、今の所効果はないらしい。
私とロックウェル令息は学年も属性も違うため、魔法学校で顔を合わせるには意図的に相手を探すしかない。当初は学校でも顔を合わせる話が――なんなら昼食を共に取ろうかとか――上がったが、私は断った。ただでさえ平穏さを失った学校生活が、これ以上滅茶苦茶になるのは避けたかった。
ロックウェル令息に求婚されている問題は頭を痛くさせたが、だからといって私は勉強をおろそかにはしたくない。こちとら、持参金を全てつぎ込んでここにいるのだ。
最大の目的である『魔力測定』はすませたとはいえ、ゼミでの授業が始まって痛感した。よほど、元からの伝手で良い魔法の師を持てるとかでなければ、しっかりと魔法学校で使い方を学ぶのが一番良い、と。
これは私の属性が氷だったせいもある。未だに私は桶の水全てを凍らせることも出来ていないのだ。氷の魔法は思っていたよりずっと難しい。これをしっかりと使えるようになるまで、私はチェルニクス魔法学校を退学する訳にはいかない!
――という訳で丁重にお断りした結果、手紙のやり取りが増えたのだ。
そこで無理矢理学校で会おうと決定しないあたり、ロックウェル令息が心が広い人ではあるのだと思う。立場が上だから、婚約も無理矢理結ぼうと思えば結べたし、こちらの事情なんて無視して共に過ごす時間を増やす事だって出来る筈だ。
悪い人でも、ないとは思う。まだ一回しかデートしてないけど。
そんな事を悶々と考えていた所にいつものように届いた手紙。開けば、最近では定番となった返信用の封筒と、デートの誘いが書かれていたのだ。
急ではあるけれど、今週末はどうだろうか?
そんな文面が書かれていたので、週末でしたら両日開いております、と返事を書いた。
あまり接触したくない気持ちもあるが、接触しないと私がただの男爵令嬢であるという現実に気が付いて呆れてくれるタイミングもないかもしれない、という気持ちもある。おかげで、こうして彼にとって良い返事を出す事になるのだ。
(ともかく、早く、私が、ロックウェル令息から、フラれますように……!)
夜の祈りの時間ではもう、毎日そう願うのが定型文のようになっているのだった。返信をつづり、同封されていた返信用封筒にいれて手紙を出しにいく。これで早ければ明日の朝一ぐらいには返信が来るだろうと思っていたら、その日中に返信が届いた。
――では、急で申し訳ないのだが、明日の午後はどうだろうか?
その言葉に、改めて了承の返事を送った。
▲
「その服で行くの?」
「うん。これが一番綺麗だし」
と、私が袖を通したのは、最初のデートの時に買ってもらった服だ。
普通に考えると同じ服になるので失礼にあたるだろうが、私の持つ服で一番綺麗なのはこれ。次に綺麗なのは制服だ。
制服をまた着ていって、最初にブティックに行く時間が生まれてしまうのは、疲れるし嫌だ。
目的地がどこかは知らないが、幸いにも靴の踵は低いので、長時間歩くのもそこまで困らない。
同じ服を着てくるだけでもそこそこ失礼だと思うので、逆にこの格好が適切! と考えてみたのである。
「前回は美味しいご飯だったんでしょう? 今日もご飯かなぁ~。羨ましい~」
「ご飯は美味しいけど、マナーとかで緊張が勝るって」
「えぇ~! それでも一生に一度くらいは食べてみたいし!」
「…………! ひらめいた。今日も飲食店だったら、私、持ち帰りようの食べ物強請ってくるわ。きっと、卑しいって呆れるはず!」
「いいけどあたしの名前出さないでよぉ。恥ずかしい」
そんな言い合いをしながら、私は寮の外に出た。――ら。
門の前に、馬車があった。
やたら立派な馬車だった。
「……」
ドアをくぐったところでそれが見えて硬直していると、ドアが開いた。中から現れたのは、ロックウェル令息だった。
「アーヴェ嬢!」
ボルトロッティ伯爵令嬢の一件の時以来なロックウェル令息は、さわやかに笑って、私に手を振ってきた。寮には出入りをする学生がほかにもいて、誰も彼も、興味ありますという顔で私たちの動向を見つめていた。
慌てて、私は門の外に出る。
「ロックウェル令息。どうしてここに? 集合場所はここではありませんでしたよね」
「ああ。だが、迎えに来た方が良いと助言を貰ったんだ」
誰だ余計な助言した奴!
「ジョスリン殿下から」
皇子殿下ぁ……!!
「さあ、乗ってくれ」
「…………あり、がとう存じます……」
差し出された、手袋をしている手に自分の手を重ねる。それから馬車の中に乗り込んだのだが、腰かけた瞬間、あまりの柔らかさに私はびっくりした。
柔らかいのだ、本当に。けれどどこまでも沈み込むような柔らかさではなく、しっかりと跳ね返すような弾力もある。いやどっちだよと言われそうだが、絶妙なバランスで反発する感触と柔らかい感触が混ざり合っていた。
高い――。
私やテーアが領地から出てきた時に座った、椅子と同じぐらいに固くなっている座席の馬車とは天と地ほどに違う。
「今日は都の西にあるお店に行こうと考えていてね」
「はあ、西ですか」
「ああ。スイーツを専門にしている店なんだが」
と、ロックウェル令息が口にしたのは、大人気のフルーツカフェだった。
「エッ! その店、数か月待ちで予約も難しいお店では」
「少し交渉したんだ。あまり長時間ではないが、席を取る事が出来た」
こ、交渉……?
一体どんな交渉がなされたというんだ。怖い。
いや待って。日程が決まったのって昨日だったような気が。いつどのタイミングでどう交渉して席を取ったんだ?
色々怖くて、それ以上深堀りしたくなくなった。
到着したフルーツカフェは、それはそれは盛況な様子だった。
私はロックウェル令息にエスコートされながら入店した。店員はロックウェル令息の顔を知っていたようで、すぐ様三階に案内された。
一階は広い空間に、沢山のテーブルとイスがあるスタイル。お客は皆身だしなみは整っているが、平民だろう。
ちらりとだけ見た二階は、一階と比べると入れる客の数は少なそうだ。全て席が埋まっていて、こちらは貴族のお客ばかりのようだ。階で客層が違うらしい。
そして三階はどうやら完全個室になっているようで、部屋の一つに私とロックウェル令息は案内された。そう広くはない個室だったけれど、開け放たれた窓からは都の街が見渡せて、とても見晴らしがよかった。
「席を急に取ったせいで、スペシャルパフェというのは選べないらしい。申し訳ない……」
「いえ、大丈夫です。全然」
スペシャルパフェといえば、このフルーツカフェの目玉のような商品。ただし、一日に作れる数に制限がかかっている奴だった筈。
食べれたら嬉しいけど、私は必死になって食べたいと願うほどではない。
店員が持ってきたメニュー表に目を落とす。美味しそうな、新鮮なフルーツが使われているだろうパフェの名前が並ぶ。
横の金額には目をつむりたくなった。
なんか高い。私が聞いていた値段より高いのでは……? 二倍ぐらい高いぞ……?
これはあれか。部屋によって値段が違うとか、あるのだろうか。
(テーアとくる時は、一階で食べよう)
チェルニクス魔法学校に通っている間、一度ぐらいは来たいよね、と話していたのだ。三階だけが特別なのか、全ての階でお金が違うのかは分からないが、私たちが聞いていた金額は多分平民用の一階席の値段だろう。
それはさておき。
(何がいいかな……食べるとしたら一つ……。……いやいやいや! 恥知らずに行くなら、沢山注文! …… いやでも金銭的問題なら、ロックウェル令息は痛くもかゆくもないし……)
頭を悩ませていると、早々に注文するスイーツを決めたらしくメニューを閉じたロックウェル令息が、
「いくつでも頼んで構わないよ」
と言った。
…………。
「アップルパイ、で」
沢山注文するのも良いけれど、それで美味しく食べれないのもなんだかな……となったので、結局一つにする事にした。それに、いくつも頼んで良いと話して言われた通り沢山頼んだら、それは相手の希望を叶える事にもなるだろうし。
メニュー表が回収されていって、すぐにアップルパイと、ロックウェル令息が頼んだのだろう、パフェが届く。
(結構可愛らしいもの頼まれるんだな)
と勝手な事を思いながら、私たちはそれぞれスイーツを食べ始めた。行列の出来るカフェのスイーツ。どんなお味だろうかと思ったが、一口入れて私は目を丸くした。
(うっっっっっっまぁ…………!)
本当に美味しい!
パイはサクサク。口が天国!
リンゴは甘いだけでも、酸味が強いだけでもなく、これまた最高のバランス。
(おいしい……)
そんな事を思いながら食べていると、あっという間にアップルパイは食べ終わってしまった。ロックウェル令息が「お替りするかい?」と聞いてきたが、そう長時間カフェにいる訳ではない筈なので、断った。
ロックウェル令息も私が食べ終わってすぐにパフェを完食していた。
食後で出されたコーヒーを飲んで一息ついた所で、ロックウェル令息から声をかけられた。
「ゼミの授業はどうだい?」
その質問にどう答えたものか……。
(そうだ。全然上手くいっていない、とアピールしよう!)
魔法が下手な嫁は、いくらなんでも侯爵家はお許しにならない筈!
そう考えて、
「あまりよくありません」
と答えた。
あながち、嘘でもない。先生はどうにも、桶全ての水を凍らせられるようになるまで次の段階に進ませる気はないようなので、必死に水を凍らせようと頑張るばかりだ。同じゼミの伯爵令息さんは凍らせる技術が目に見えて上がっているが、私は全然だ。伯爵令息さんも家で氷属性の人間はいなかったようで、事前に学んでいた事がある訳ではない。それでも、明らかに私より習得が早い。魔法の素養には先祖代々の血統の影響があるという説もあるけれど、あれは真実なのだと思わされてもいる。
まあ、私の場合、目的は領地の役に立つ事だから、伯爵令息より技術が劣っていようと構わないので、そこまでは気にしてはいないけど。
「そうか。……そういえば、チィニーも、氷ゼミはあまり学生がいないのだったね」
「ええ、まあ」
チィニーも、という事は、帝国でも氷属性の人はそう多くないらしい。
「クラスメイトの学生とは話すのだろうか?」
「……いえ。殆ど話しませんね。各々、自分に出された課題をこなすのに必死なので」
「そうか」
?
なんだかホッとした様子?
「…………ロックウェル令息は……二年生以上の留学生は、ゼミにも途中からの編入だったのですよね。何か難しい事とかはあられたのでしょうか?」
「難しい事か……魔法の使い方で驚きはあったが、そこまで困ったりはしなかったな」
「驚き」
「ああ。チィニーでは、杖を使うのは主流ではないだろう」
「あー……」
確か、ラガーラ帝国では杖を用いて魔法を使うのだったか。
杖を使う事で魔法の使用が安定するとかなんとか。
ただ、チィニーでは杖の作製技術が低い事もあって、良いものを探そうとするととても高価な代物となってしまう。
低い技術で作られた杖を使うぐらいなら、杖なしで使う方が安定するし安全だ。そういう考えの人が、チィニーには多い。
「アーヴェ嬢の家でも、杖を使って魔法を使う人間はあまりいないのかな」
「そうですね。親族で杖使いはいませんね。……杖を使うとそれほど簡単に魔法が使えるのですか?」
「そうだな。より正確に、目的までの道を選べるような感覚だろうか」
「道を、選べる……?」
「ああ。杖なしでは少ない目印で、森の中を歩くような感じで、魔法がなかなか安定しない。けれど杖があると、真っすぐに目的地までの道が浮かび上がっていて、迷う事なく魔力を注げるんだ」
「へえ」
「興味があるのなら、氷属性に最適な杖を帝国から取り寄せようか」
「お気持ちだけで結構です!」
「そうかい?」
なぜか少し落ち込んでいらっしゃるが、あまり覚えたくないような贅沢はしたくないのだ。
使うとそんなに違うのか? という気持ちも少しはあるが、あるだけ。
一生涯杖を持ち続けられる訳ではないなら、最初から杖ありの魔法なんて覚えない方が良い。
▲
時間はあっという間に過ぎて、私たちはカフェを出る事になった。支払いはいつの間にかすんでいたらしく、あっさりと店外に出て、馬車に乗り、寮へと私たちは戻っていく。
「次回はもっと、リンゴの美味しい時期に誘わせてほしい」
「……なぜ、リンゴを?」
唐突に出てきた果物の名前に驚いて聞き返すと、ロックウェル令息は私の目を見ながら答えた。
「好きなのだろう?」
「……私、そのような話をしましたか?」
「いいや。ただ、前回のデートの時、デザートの中でリンゴをひと際大事そうに食べていたから、そうなのかと思ったんだ。今日も、アップルパイを注文していただろう?」
「…………」
「例年、あのカフェでは季節のフルーツを使ったパフェを出しているというから、秋には是非食べに来よう」
……秋も、私とくるつもりなんだ。
つまり、今日も、特に彼に呆れられる事も失望される事もなかった、という事だ。