1 婚活しに来た留学生!?
短編予定だった軽めの中編です。よろしくお願いします。夏の間に完結したい。
最初だけ数話まとめて投稿します。
数日ぶりの晴れ間を見上げると、心が明るくなる気がした。
ここ数日降り続いていた雨は、自然にとってはなくてはならない恵みの雨。チィニー国の端の方にある実家の領地ではさぞ喜ばれる事だろう。
けれど、畑が広がっている訳ではないこの都では、むしろ街の雰囲気も、そこに生きる人間の心すらも、重苦しくしていた。
昨日までの灰色の空が嘘のように、青い太陽が照っている。私は窓の向こうに広がるそんな光景を見上げながら、魔法学校の二階の廊下を、幼馴染のテーアと共に歩いていた。
大陸の小国、チィニー。
ここは、この国唯一の、魔法を専門として教育する組織、『チェルニクス魔法学校』。
私とテーアが着ているのは、真新しい、チェルニクス魔法学校の制服だ。
入学式から一か月も経っていないので、まだ服にもはりがある。
一部の女学生の間ではデザインが古臭いと言われているけれど、私はこの制服が好きだ。
学校指定の制服のお陰で、ド田舎貴族の令嬢でしかない私たちも、晴れやかな都の貴族子女に交じっても違和感がないのだ。もしこれが、金額によって制服のデザインに差があるとか、私服しかないとかであったら、私もテーアもみすぼらしさで恥ずかしくって、廊下を歩けなかっただろう。
「ふんふんふ~ん。こ・こ・こんか~つ~♪ 夢と希望~♪」
横を歩くテーアは、やたらとテンションが高い。よく分からない即興の歌をその場で口ずさみながら歩いている。人の事を言えた口ではないけれど、洗練された貴族令嬢の仕草ではない。
「狙え~、狙え~、玉の輿~♪」
ついでに、歌の歌詞があまりに酷かった。
横から口を挟むのですら嫌だ。
「こ・こ・婚活~♪ 売り込~め♪ 自分を~♪ 売り込~め♪ 勝ち取~~れ玉の輿~♪」
どこの商人の謳い文句だろうか。それにしてもセンスが最悪だが。
『結婚相手を探す活動』――略して『婚活』という言葉は、ここ一か月ほどで爆発的にチィニー国の貴族たちの間…………特に、魔法学校内で広まっている言葉だ。
やっている事自体は、どこの貴族もするような、活動だ。
適齢期になった貴族子息――特に令嬢は、自分が持つステータスを並べ、能力を周囲に見せ、よりよい結婚相手を探す事になる。親や親戚の伝手で結婚相手が決まる人もいれば、自力でよい相手を見つけなくてはならない人もいる。
なので、これまでもずっと行われてきていた活動が、社交の場ではなく魔法学校の中で行われているのが、この一か月の出来事ではあるのだが……ではなぜ、『婚活』なんて新しい呼び方をしているのか。
それは、今回の婚活は、普通ではないからだ。
何がって、婚活をしている人間が普通ではない。
「あっ!」
横を歩いていたテーアが、明るい声を上げて窓にはりついた。けれど彼女の視線は、晴れた空ではなく、下に落ちている。
「ねえねえアーヴェ! ねえ!」
激しい身振りで手招きをされては、無視して歩き続ける事も出来やしない。仕方なしに、窓辺によれば、そこにはまさに『婚活』の主役な人々がいた。
「皇子様方だわ! 遠目でもお顔が見れるなんて、とっても幸運じゃない!?」
二階から見下ろすと、魔法学校の中庭がある。晴れた事でこの季節、集まるのもちょうどよい空間となっている中庭の中央に、遠目からでも目を引く集団がいた。
数は、男女合わせて十数人ほど。
特に目立つのは、中心にいる透明感のある青い髪の男性だ。ほかに目立つといえば、彼から少し離れた位置で静かに本を読んでいる風の、赤い髪の男性だろうか。
男も女も、私やテーアとは比べるまでもないほどに、美しい。それは単純な顔の造形とかの話ではなく、生まれや育ちの差から来る雰囲気の話だった。私たちには到底出せないオーラともいえる雰囲気なのだ。
まるで非現実的な存在のようであるが、実際に彼らは存在している。魔法学校に通う、学生として。
彼らこそ、『婚活』の主役であり、婚活という単語を魔法学校に通う誰もに記憶させた集団――ラガーラ帝国の皇子殿下と、同じくラガーラ帝国の貴族子女たちだった。
「やだぁ! 見てアーヴェ! 本当にカッコイイわね~!」
キャアッ! と楽し気に声を上げるテーアに、私は「あーそうねはいはい」と雑な返しをした。テーアはつまらなさそうに唇を尖らせて「アーヴェってば、いつもそんな雑な反応ね」とすねた。それを雑に宥めながら、私は中庭に集まりだした煌びやかなな方々を見下ろしている。
――いまや大陸のほぼすべてで使われている世界地図。
その中心にでかでかと描かれているのが、ラガーラ帝国だ。
一方、現在地でもある、チィニー国は、世界地図の端の方で、国土か小さすぎてつぶれて描かれている。短い国名ですら国土の中に書く事が出来ず、線を引っ張られた先に小さく国名が書かれるような、文字通りの小国。
私たちの祖国であるチィニー国とラガーラ帝国は、これまで直接的な関係も殆どなかった。
大陸最大国家である帝国を治める皇帝の子である皇子殿下と、皇子殿下の護衛も兼ねているらしい貴族子女たち。
チェルニクス魔法学校にはあまりに場違いな彼らがやってきたのは、ちょうど、私たちの入学式の日だった。
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チィニー国内唯一の魔法学校である、『チェルニクス魔法学校』。
そこに通う事は、私にとって長年の夢だった。
私が生まれたカレンダ男爵家は、チィニーの端の方に領地を持つ、田舎の男爵家だ。そのうえ、領地の半分ぐらいは、畑にも、放牧をするにも適さない土壌がしめていた。それでも生きていくには困らない程度の収入はあったが、チィニー国内でも遅れた土地であることには変わりがないだろう。
田舎らしいおおらかさで育てられた私であったが、幼いころから、何かもっと、領地を富ませる能力が欲しいと思った。領民との距離が近いからこそ彼らの苦労がよく目に入ったし、それを解決するにはお金か、魔法の力が必要だった。そして我が家には、領民全ての生活を豊かにするための投資をするほどのお金は、存在しない。
ならば魔法を駆使するしかない。
魔法を使える人間が、領地に皆無だったわけではない。
領主一家として、カレンダ男爵家の人々は領内のちょっとした問題などを魔法で対応をしたりしていた。
けれどそれが有効に活用されているかどうか、私には分からなかった。ただ漠然と、まだもっと、よりより何かがあるのではという思いがあった。
その何かを学ぶには、チェルニクス魔法学校に入学するしかない。
そう思って以降、私の夢は、チェルニクス魔法学校に入学する事となった。
親からは中々理解を得られなかったのだが、周囲からの後押しもあり、やっとの事で入学した。これから、魔法を集中的に勉強できるのだと、興奮した。入学から一か月経った頃に行われる、『魔力測定の日』が、楽しみでしかなかった。
そんな私の耳に、入学式の最中、学校長の緊張した声が飛び込んできたのだ。
「えー。えー。新入生の皆さん。そして在校生の皆さん。今年度、ラガーラ帝国より皇子殿下をはじめとして、複数の留学生が来られております。くれぐれも、くれぐれも! 失礼のないように過ごすように」
入学式で学校長からそんな言葉が告げられた時、私は耳を疑った。
(留学? 帝国から? はぁ?!)
チィニーはのどかな田舎国。
帝国と比べれば、一体何年遅れた社会になっているのか、分からない国だ。それぐらい帝国は進んでいるという事ぐらいは、チィニー国の人々でも知っている。
(帝国人がチィニーで学べる事とか、何もないだろう!)
と、混乱するのは致し方ない事だと主張したい。
この学校長の発言に、校内はざわついた。
流石に昨日の今日で入学が決まった筈はないのだが、どうやら入学式まで在校生にも通達がなかったらしい。
入学式の直後は、誰も彼もがその話題を口にした。
「一体何をするために留学してこられたのだろう?」
「本当にラガーラの人が留学してきたの?」
「皇子って言ってたわよ!」
「そんな雲の上の人が本当にいるの?」
「学問を深める為に来たのかしら?」
「ないでしょう」
「知見を広げる?」
「帝国内で十分では?」
「もしや帝国内の皇位争いから逃れるために……?」
「それが一番それっぽい」
そんな風に学生たちは色々な理由を想定して話し合っていたのだが、そのどれもが正しくなかったと、このすぐあとに知る事になった。
留学生は、男女だけでなく年齢は様々だった。各学年に分けられた留学生たちは、割り当てられた教室にて、これから共に過ごす事になるチィニーの学生たちに、こう宣言した。
「我々が、遠く帝国からチィニー国にやってきたのは、結婚相手を探す活動をする為である。その為、貴殿らと交流を深めるのを主目的とし、より多くの学生と関わっていく所存である」
信じられない事に、代表者である皇子をはじめ、令息も令嬢もいた留学生御一行――彼らが全員、一人残らず、結婚相手を選びに来たと、宣言したのだ。
この時の言い回しが省略された結果、今では彼らがしているのは『婚活』と言われているのだ。
衝撃から悲鳴で満たされた教室の中で、私はこう思った。
(何か裏があるんじゃないの?)
結婚相手なんて、色々な都合を鑑みて選ぶものである。たまには恋愛から結婚に、なんて人もいるけれど、そういうのはたいていなんのしがらみもない立場の人たちである。
庶民ですら、家の商売の為とか、家の為に、親の選んだ相手と結婚するのが普通の世の中で、ラガーラ帝国の人々がチィニーの人々を選ぶ理由なんてある訳がない。
だからこそ私はそう、疑ったのだけれど、それ以上に周囲から、
「キャアアアアッ!」
という女性の甲高い声が響き、男たちの、
「オオオッ!!!」
と明らかに喜びの声を上げた。
魔法学校の学生は、貴族しかいない。
帝国貴族の方から「結婚相手を探している」なんて宣言されたのだから、自分たちにもチャンスがあるのでは? と考えて、学生たちは盛り上がったのである。
私と共に入学した幼馴染のテーアも「ねえアーヴェ、今の聞いた聞いた聞いた~~!?」と興奮しながら私の肩をガックガクに揺らしてきた。
なぜ周囲が軽々しく喜べるのか、私にはさっぱり分からなかった。
(帝国貴族と結婚とか、絶対無理~~!!)
と私は思った。
だって、ラガーラ帝国の貴族だ!
どう考えたって釣り合わない。生活も育ちも、何もかも違い過ぎる。チィニー国内ですら、下位の爵位の家から上位の爵位の家に嫁いだり婿入りすれば、とてつもない苦労をするというのに、チィニーからラガーラ帝国に嫁ぐなんて……。そんなの、断崖絶壁の滝を小さい魚が上ろうとするようなものでしかないって、ちょっと考えれば分かるじゃないか……!
そう思って引いた学生は、どうにも少数だった。
この入学式以降、(チィニーでは一応)格式高いチェルニクス魔法学校は、『婚活』の主戦場となり、誰も彼もが留学生たちの事を中心に物事を語るようになったのであった。