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夢と現




ジリリリリリ!!!

けたたましい目覚ましの音が耳をつんざく。


「おーい、おきろ〜、起きなさーい!」



半分夢の中で聞き覚えのある声がする。



次の瞬間、目覚ましの音が止まる。

が、またすぐに鳴り響く。



「……うるせぇ……」



寝ぼけた頭で薄く目を開けると、視界に見慣れた天井と、ベッドの上の自分。



そして――


「お前、人の目覚まし時計で遊ぶな……」




俺の枕元に立つ幼馴染・ゆずが、目覚まし時計を片手に楽しそうに揺らしている。




「ほらほら、遅刻しちゃうよ! 起きて起きて!」



「……俺、朝練なんてねぇんだよ……ったく……」


そう言いながらも、ようやく布団を剥いで体を起こす。



柚は目覚まし時計を枕元に戻すと、軽い足取りで部屋を出ていく。


「早くしないと、朝ごはん冷めちゃうぞーっと!」



パタン――。


ドアが閉まる音とともに、部屋に静寂が戻る。



(……なんだ、夢か)



いつもと変わらない朝。

変わらない日常。

それを 心の底から安堵してしまう自分がいた。




ベッドから立ち上がり、部屋を見渡す。




机の上には昨日開いていたままの教科書。

乱雑に置かれた漫画。

通学カバンも、いつも通りの位置。


異変は――ない。



(……気のせい、か)




一息ついて着替えを済ませ、階下へ降りる。



「柚ちゃんはもう食べ終わったよ。早く食べちゃってね」



母さんが、いつものように朝食を準備しながら言う。

「……ん」

生返事をしながら、横目に柚の姿を捉える。


彼女は食卓の椅子に腰掛け、家で飼っている子犬を膝に乗せて撫でていた。


「お前、朝練は?」


「今日はやってない日でした〜」


「……俺の大切な睡眠時間をよくもまぁ……」



「いーじゃん、いつものルーティンだしさー! そんなことより……まだ時間あるし、散歩しよ? ねー?」


柚がこちらを向いて ニコッと 微笑む。



「……えー、めんどくせぇ……いや、わかったよ。食い終わったらな」



俺はわざと面倒くさそうに言いながらも、目を逸らして席につく。


柚は「やったー!」と嬉しそうに笑うと、子犬を抱えたまま立ち上がった。




柚は 一人っ子で、両親は共働き。


父親は出張が多く、母親も外泊がちでほとんど家にいない。


だから、昔から うちを実家の離れのように使っていた。


そして、その寂しさを埋めるために飼い始めた 子犬2匹も、結局うちで育てることになった。



(……まあ、別に気にしちゃいねぇけど)


そんなことを思いながら、俺は黙々と朝食を平らげた。




―――――



「じゃあ、母さん。ちょっと出てくる」


「朝は車が多いから気をつけるのよ」


「いざというときは抱っこするから大丈夫!」


柚が子犬を抱え、玄関を出る。

鈴の音がチリンと鳴り、ドアがバタンと閉まる。


「……15分だけだぞ?」


「わーかってるってば!」


柚は浮かれた様子で俺の前を歩く。

子犬たちを引いたリードが ピンと張られ、先へ先へと進んでいく。


(なんだろう……嫌な予感がする)


そんなモヤモヤを振り払うように、俺は彼女の後を追った。


道なりを進む。


彼女の背中を追う。


やがて、死角へ消える。


(……ん?)



違和感を覚えた瞬間――


「つなくん!!助けて──!!!」


甲高い悲鳴が響いた。


俺は 駆け出す。


振り向く。


目に飛び込んできたのは――。


黒い沼に片足を沈めた柚の姿。


「……っ!」


ゾクリと悪寒が走る。


(急がねば、飲み込まれる!)


本能的に理解する。


俺は一歩踏み出す。


が――


ズブリッ


「……っ!?」


俺の 足元にも黒い沼が広がっていた。


じわじわと沈み込む。



焦りと恐怖に満ちた彼女の視線が、俺に突き刺さる。


「大丈夫だ! 俺が引き上げる!!」


俺は沼の中に沈みかけた足を 無理やり引き抜こうとする。


だが――


クラクションが響く。


(……この音……)


頭の奥で、 何かがフラッシュバックする。


止まらない車。


黒い沼。


――知ってる。


これを。


(……思い出した……)


駆け寄る。


叫ぶ。


彼女の名前を、必死に叫ぶ。



「つなくん!!!」


「柚ぅ!!!」




クラクション。

エンジン音。

子犬の鳴き声。

彼女の叫び声。

俺の絶叫。



全てがグチャグチャに混ざり合う。





ドゴッ――。




衝突音。


黒い飛沫。


命が砕ける音。


俺の意識が――途絶えた。








ズキン――。


頭が痛い。


ゆっくりと 目を開ける。


視界に映るのは 青々とした森。


鳥のさえずり。

風に揺れる木々。


(……また……ここか……?)


それよりも――。


「……?」


目の前でうずくまる少女。


額を押さえ、痛みに耐えるような仕草。


俺は思わず 息をのんだ。


「……柚?」


……いや、違う。


そこにいたのは柚ではなく――


ぱっつん前髪の少女だった。

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