絶望へのカウントダウン
「きゃー、こわーい、やられちゃう〜」
アリスは 楽しげに両手を頬に添え 、まるで少女のように身をくねらせる。
「あははは! はー、おかしー!」
ケラケラと笑いながら、涙を指で拭う。
それを黙って見つめる俺 。
「……何がそんなにおかしいんだよ」
俺の言葉に、アリスは ピタリと笑いを止める。
一呼吸、置く。
「ねえ、立場、分かってる?」
金色の瞳が ぎらりと光った 。
「私が優しいからって、つけあがっちゃったかな? ううん、いいのよ、それで。すぐに死なれちゃったら困るし? 粋がる分には、可愛いペットを見てるのと変わんないしね?」
俺は 奥歯を噛みしめる 。
「……」
「はぁ、それで? お話は終わりかな? 何も話すことがないなら、始めちゃうけど、いーかな?」
そう言って、アリスは ゆっくりとケージを持ち上げる。
――時間を稼がないといけない。
俺は 息を整え、口を開いた。
「……お前は“呪い”を使って神を殺そうとしてるって言ったな」
「うんうん、言ったね~?」
「それが成功する確証は?」
アリスは 肩をすくめる 。
「ないよ?」
「……は?」
「だって、試したことないもの 。でもね? 可能性はゼロじゃない」
彼女は指を一本立てる。
「呪いっていうのは、神様でも 簡単には手を出せない力 なのよ?」
「なら、なんで神が呪いを扱うことができるんだよ」
俺の言葉に、アリスは 目を細める。
「お、頭回ってきたね~?」
「答えは簡単。神が死ぬと、その “名残” から呪いが生まれるの」
「名残?」
「そう、例えばね……焼き肉を焼くと 煙が出るでしょ? 煙は 焼き肉が燃えた “痕跡” みたいなもの じゃない?」
「……それが呪い?」
「正解!」
アリスは 手を叩くとにっこりと微笑む 。
「で? 次の質問は?」
「……お前は、俺に何をさせたい?」
「お? さっきの話、もう忘れちゃった?」
アリスは ケージを軽く振る 。
「この子を君に宿してもらうんだよ」
「俺に……?」
「うん。“器” になってもらうの」
「……っ」
俺は思わず 息を呑む。
「大丈夫大丈夫、すぐには死なないって。ちゃんと 適応すれば生きられるし?」
「……それを拒否したら?」
アリスは 少し考える仕草 をする。
「ん~~~」
次の瞬間――
「じゃあ、今すぐ死んでもらおっか?」
「……!」
アリスは 満面の笑みを浮かべながら 、まるで 「お天気どう?」とでも聞くように 言った。
「君、ここから出られると思ってるの? そんな道、最初から用意してないんだよ?」
「……」
「ねえ、君はもう “選ぶ” しかないの 。“受け入れて生きる” か、“拒否して死ぬ” か」
「……クソが……」
アリスは ゆっくりと俺に近づく。
「……話してくれて、ありがと? 君の時間稼ぎに、ちょーっとだけ付き合ってあげたけど……」
「もう、十分かなぁ?」
俺の目の前で、アリスは ケージを開ける。
――ギィ……
嫌な音が響く。
アリスは 指を器用に動かし、ケージの中から “それ” をつまみ出した。
黒く 蠢く何か 。
蜘蛛のような足を何本も生やしながら、グニャリと形を変える不定形の生物 。
それは 俺を見た。
俺の心臓が 跳ねる。
アリスは にっこりと微笑んだ。
「さあ、君の新しい人生の始まりだよ?」
俺は 後ずさる。
しかし――
「――逃がさないよ?」
アリスの指が 俺の胸元へと伸びた。
そして、“それ” を押し付けてくる――
次の瞬間、視界が真っ黒に染まった。