語りたがりの神
「あらら、まだハッキリしてない感じ?」
目の前で金色の髪が揺れる。
彼女がひらひらと手を振るのが見えた。
――今だ。
俺は迷うことなく身を翻し、全力で駆け出した。
力いっぱいに地面を蹴る。
いや、そもそもここは地面なのか?
感触のない足場を踏みしめ、全速力で駆ける。
何が何でも、ここから逃げなければ――
しかし。
「は? なにがどうなって……」
目の前に、さっきの女性の後ろ姿が見えた。
「おかえり」
彼女はくるりと振り返り、にこやかに微笑む。
「ここはあんまり広くないから、追いかけっこは無理かな〜? あれ〜、もしかして今の……逃げたつもり?」
嬉しそうに髪をくるくると指で弄びながら、俺を見つめる。
どこか愉快そうなその態度が、余計に恐ろしい。
俺は膝をつき、その場に座り込んだ。
「はぁ……クソ……」
息が上がる。
ここまでか。
「ゴメンね〜、私、神だから」
彼女は肩をすくめて言う。
「悪魔だったら話し合いとか交渉の余地はあったかもしれないけどね?」
クスッと笑う表情は、無邪気で、それでいて不気味だった。
まるで、この状況を心の底から楽しんでいるみたいに。
――他人事みたいに言いやがって。
込み上げる怒りを押さえきれず、俺は思わず拳を握りしめる。
「……なんで、こんなことしてるんだよ」
俺の言葉に、彼女は眉をひそめることもなく、ただ微笑んでいた。
「理由があるんだろ? それくらい話してもいいだろ」
すると彼女は、何かに腰掛けるような仕草をし、足を組んで俺を見下ろす。
その瞳が、まるで獲物を見つけたかのように輝いた。
「へぇー、聞きたい?」
声のトーンが少しだけ弾む。
「聞きたいよね?」
彼女は身を乗り出し、楽しそうに言葉を続ける。
「君には、分からないことがたっくさんあるかもしれないけど……それでいいなら」
彼女はにこりと笑う。
それは、まるで物語の始まりを語る語り部のように――
もしくは、蜘蛛の巣にかかった獲物に話しかける、捕食者のように。