神は微笑む
――俺は、死んだのか?
飲み込まれたのか、轢かれたのか。
その境目すらはっきりしないまま、俺はゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界に、白と黒の風景が波打つように広がっていた。
現実とも夢ともつかない、曖昧で不確かな空間。
目の前には、何もない場所に座る人影があった。
彼女は静かに俺を見つめている。
金色の瞳が、俺の存在を確かに捉えていた。
――誰だ?
ぼんやりと思考を巡らせる間に、彼女は目を細め、楽しげにフフッと笑みをこぼす。
それから、すっと立ち上がり、軽やかにこちらへ歩み寄ってきた。
「俺は……死んだのか?」
ぼそりと呟いた言葉が、静寂の中に吸い込まれる。
俺はふらつく体を支えながら、なんとか立ち上がろうとする。
すると、彼女は肩をすくめ、大げさにため息をついた。
「死んだだなんて、やだなぁ」
どこか飄々とした声音だった。
「ここは死後の世界じゃないよ。正真正銘、君は生きてる。せっかく来てもらった客人が、死んじゃったら困るんだよねぇ」
金髪の異国風の女性。
艶やかな髪がふわりと揺れる。
彼女は俺の周りをぐるりと歩きながら、まるで観察するかのように視線を這わせる。
それから、背中を向けると軽く指を振った。
「ここはどこだと言わんばかりの顔だね。でも、それを知っても意味のないことだよ?」
「……どういう意味だ?」
「うーん、たとえば――」
彼女は頬に指を当て、考えるような素振りをする。
「次に君がここに来ることは、ない。これは偶然繋がった一本のケーブルのようなもの。君は、そのケーブルに名前をつけるのかい?」
「……?」
言っている意味が分からない。
何がどうなっている?
頭の中が混乱して、整理が追いつかない。
「ま、待ってくれ! 何の話をしてるんだ! これは……夢か?」
彼女はきょとんとした顔をした後、不敵に微笑んだ。
「夢、ねぇ?」
その笑みには、どこか冷たさを感じる。
「じゃあ聞くけど、夢ならなんで君はここにいるの?」
「……っ!」
口を開きかけたが、言葉が出なかった。
「夢なら、どうして足元の感覚があるの?」
言われてみれば、確かに地面の感触がある。
「夢なら、どうして私の声が、こんなにはっきり聞こえるの?」
静かな空間に、彼女の声が澄んで響く。
――これは、本当に夢なのか?
「ふふ、君の混乱した顔、悪くないねぇ」
彼女はくすくすと笑いながら、ゆっくりとこちらに手を伸ばす。
「ま、要するに――君がここに来たのは、偶然なんかじゃないんだよ」
その手が俺の肩に触れた瞬間、俺の脳裏に鮮烈な記憶が蘇る。
黒いヘドロ。
足を取られ、沈んでいく感触。
そして――
「……まさか」
俺は悟った。
「あれは……お前の仕業か?」
彼女は目を細め、楽しげに微笑む。
「うん。正解」
「っ……!」
怒りが込み上げる。
「何様だ……! 俺の都合も考えずに、勝手なことをして……!」
彼女はその言葉にくすりと笑うと、楽しげに首を傾げた。
「何様かって?」
そして――
「そりゃあ、もちろん――」
金色の瞳が、妖しく揺らぎながら俺を映す。
「この世界の神様、かな?」
次の瞬間。
視界がぐにゃりと歪んだ。