サンドリヨンの姉のはず
ドカンという音とともに屋敷が僅かに揺れる。
「…また、あの娘かしら」
私は呟き、急いで音の発生源へ向かう。
予想通り、厨房は黒い煙がモクモクと立ち込めていた。
「リュセット!!今度は何をしたの?!」
厨房の奥に声を掛けるとケホケホと咳き込みながら15歳位の少女が現れる。
「ケホッ。あら、お姉様。パンを焼こうとしたら竈が爆発したの。驚いたわ」
「あらお姉様ではないわ!!あれ程厨房に近づくなと言ったのに貴方は!!」
「でもお昼を作らないと…」
「それは使用人の仕事よ!!貴方が家事をするととんでもない事になるから何もするなと言ってるの!!」
すぐに使用人を呼び、大惨事になった厨房を片付けるよう指示を出す。しかし、何故彼女が厨房に立つと大惨事になると知っていて誰も止めないのか謎である。
ここで私達のことを説明しようと思う。私の名前はドロテ。前世、日本人だった記憶がある転生者。よく聞く物語の中への転生だ。ここはおそらくペロー作『サンドリヨン』の物語の中。要はシンデレラだ。
母がアルティエール伯爵と再婚し、伯爵の連れ子がリュセット、私と姉ノエミは義理の姉妹となった。また母と伯爵は親戚同士だがお互いに交流がなく、先妻の継子のリュセットを母は快く思っていないようだった。ただ、物語のように家事をさせているわけではない。家事をさせれば先程のような大惨事になるからだ。
料理をさせれば鍋が爆発し、洗濯をさせれば洗濯物が着色され、掃除をさせればピ◯ゴラスイッチのごとくチェストや本棚、テーブルがひっくり返る。そんな人物に家事などやらせられない。故にいないものとして無視をする。部屋は日当たりが良くないところ。ドレスを与えない。マナーを教えないなど辛く当たっている。
親の義務を果たせと思うけど、お母様は気が強くて私も抗議できないでいる。日和見の意気地なしです。ぐすん。
姉はどう思ってるかわからない。サンドリヨンの義姉のように意地悪するでもなく嫌味を言うわけでもなく関わろうとしない感じだ。
私はリュセットと出会った瞬間にサンドリヨンの世界かと思い、初めは自分の破滅原因に関わろうとは思わなかった。でも母がリュセットに家事を強要し、家が大惨事になるのを目の当たりにして『この娘に家事をさせてはならない』と変な使命感に駆られた。それから問題を起こさないように見守ったり、起こしたら片付けや尻拭いを行っている。意地悪している余裕なんてない。
今日も厨房を半壊させて反省の色を見せない彼女に呆れている。いい加減家事が壊滅的だと悟ってくれ。
母はリュセットが良い所にお嫁に行くのを快く思っていないが、私はちゃんとした貴族家にお嫁に行ってほしい。むしろ他の家の迷惑にならないよう使用人がしっかりいて、家事をさせない家に行ってほしい。家政が出来ないといけないからマナーを学ばせなければ…。母と交渉かな。胃がキリキリする(泣)
あの後、リュセットの教育について母と交渉しましたよ。『あの娘を教育しないと家が破滅しますよ。家事をやらせれば家が半壊すると苦情が来てはアルティエール家としても面目が立ちません。使用人のいるしっかりした家に嫁がせるべきです』って。
渋々了承してくれました。なんか微妙に腰が引けてたけど。(ドロテは眼力強めの悪役顔なので鼻息荒く訴える彼女の迫力に、伯爵夫人は引いていただけ)
しかし、マナーの授業でもリュセットはやらかしてくれた。姿勢訓練で本を頭の上に置き歩く時、窓の方に突っ込んでいき頭の上の本を勢いよく落として窓を割り、また別の日はチェストに突っ込み扉を凹ませたりした。その為、彼女の訓練の時はなにもない部屋を用意して講師と窓際に従僕複数人を立てて授業を行った。
そんなこんなで慌ただしく月日は流れてある日、お城から舞踏会の招待状が届いた。王子様のお后選びの舞踏会。国中の年頃の女性と男性が集められるお見合いパーティーみたいなものだ。もちろん私達三姉妹にも届いた。母は私と姉のどちらかが選ばれてほしいみたいだけど、私は特に気にしていない。良い嫁ぎ先が見つかればと思っている。姉はどうだろう?物語のように『選ばれるのは私よ!』みたいな態度は取っていない。とても静かだ。ドレスも豪華というより上品なものを選んでいた。私は動きやすさ重視でドレスを選んだ。どちらかといえばリュセットのドレスの方が華やかだ。そう、リュセットもドレスを作ってもらえたのだ。私の訴えを母も聞き入れてくれたのだ。リュセットを良い家に嫁がせた方が我が家の為(物理)だと。
…あれ?魔法使いのおばあさん出てこないな。これ。まぁ、王子様とリュセットはひと目見て惹かれ合うから魔法のドレスもガラスの靴も必要ないか。
当日、母と私たち三姉妹を乗せて馬車はお城へ向かう。何故か義父はお城に来ない。サンドリヨンの物語のように。シンデレラだと嵐の海で船が沈むってなってたけど、サンドリヨンでは母と離縁して田舎で暮らそうとリュセットに提案するんだよね。
お城に着くと華やかな舞踏会ホールに通される。 ガラスのシャンデリアに光がキラキラ反射して夢のような空間が広がっていた。物珍しさにキョロキョロしていたら母に嗜まれてしまった。淑女失格ね(シュン…)
そしていよいよ王子様と国王夫妻の登場。舞踏会の始まりが告げられる。王子様とリュセットは恋に落ちるかしら。二人を交互に見ていたけど視線が合うことがない。あれ?
王子は色々な女性とダンスを踊っている。姉や私もリュセットとも踊ったけど、恋に落ちた様子がない。なんで?やっぱり遅れてきた時のインパクトが必要だった?でも一目惚れならそんなの必要ないはずだし…
一人頭を悩ませているとリュセットが見知らぬ男性と語らっているではないか。お互いに頬を染めて楽しそうに話している。これはもしやと思い、そっと2人に近づく。どうやら相手は王子様の従者のようだ。茶髪にサファイアのような青い瞳。平均的な体躯をしている。話を聞く限りどうやら子爵家の嫡男だそうな。…いやまてよ。サンドリヨンでは王子様が従者と立場を入れ替えてなかったか?もしや彼が王子様?でも王子様は金髪だったはず。だから物語とは違うのかな?
再び頭を悩ませていると2人はダンスの広間の方へ向かっていった。(リュセット、彼の足を踏まないと良いけど…)
2人のことは気になるけど、私も婚活しないと。その後、色々な人とお話して社交を広げていく。姉も同様に色々な方と語らっており、少し年上の殿方といい感じで話していた。(お姉様は年上が好みだったのね)
リュセットは王子様と従者の方とずっと語らっている様子だった。見目が良いから色々な殿方の視線を集めているのにものともしていない。あの辺はマイペースなあの娘らしいわね。
0時の鐘がなったら王子様と両思いのシンデレラがいなくなることも、ガラスの靴を落とすことなく舞踏会は和やかに幕を下ろした。
後日、王子様のお后様はある侯爵家のお嬢様に決まったと発表があった。王子様とシンデレラの恋は幕を開けることはなかったようだ。ちなみにシンデレラことリュセットには王子様の従者の方から正式に結婚の申込みがきたの。他にもたくさんの殿方から申し込みがあってお義父様はリュセットの嫁ぎ先に悩んでいたみたいだけど、リュセットからの希望で従者の方で決まったみたい。そしてお姉様はあの年上の殿方から申し込みがあったの。まんざらでもなさそうな表情で微笑んでいて可愛らしかったわ。そしてなんと私の所にも釣り書が来ていたの。相手は王子様の護衛をしている騎士様。10近く年上だけどがっしりした体躯で包容力がありそうで、仕事に真面目な方。同僚の方とも話を聞いたので是非にとお願いしちゃった。
アルティエール家はお姉様とそのお婿さんが継ぐことになったわ。もともと親戚同士で結婚したので私と姉もアルティエール家の血族ということで婿を取って相続することが可能だったのよね。
あっ、従者さんにはリュセットの家事オンチをしっかり伝えて家事に関わらせてはいけないと言わなくては大変なことになってしまうわ。
サンドリヨンとは物語の流れが変わってしまったけど、私達はそれそれ幸せになったのだからそれでいいわよね。