第60話②
とりあえずまだ反社のねぐらではなかったので、物見遊山のルネとブランは置いて、私とフレオは官邸に戻ることにした
「やっぱりつむじさんが動くと世の中が変わりますのね」
「言い過ぎだよ。第一、フレオだってそうだったんじゃないの」
「行列の話ではありませんわ」
私は肩をすくめて、わからないというジェスチャーをして見せた
「カ…リリカポリタンを探しに行った時のこと覚えてまして?あの時はあゆ様がレシピを知ってたから再現出来ましたわ。でもデジタル時計、インベーダーハウス、スクーター。仕組みなんて全くわからないものが、こうして突然現れた」
「この街はなんだってそうじゃないの。仕組みなんか誰も知らないのに毎日電車が来てる」
「重要なのは、どれも既に代わるものが存在してたってことですわ」
自動巻きの時計、馬、…テレビゲームに関してはおよそ初めて出現したようなものだが、対価を払って楽しむ娯楽という意味では、プールバーや雀荘を代替するものと考えることはできる
「今までのものでは満足できなくなった?」
「つむじさんが持ち込んだロックやポップスは、この街の音楽チャートを完全に塗り替えてしまいましたわ。最近街でジャズやシャンソン聞いたことありまして?」
「…そういえば聞かなくなったかな」
「おそらくそれと同じことが起きてるんですわ。わたくしのこの時計にしても、最近ずっとアラーム機能が欲しいと思っていたら現れたんですの。でも右手は一本しかないでしょう?」
なんなら百均で売っていそうな何の変哲もないデジタル時計だが、その通りのものだとしたら、この世界にパラダイムシフトを起こすには十分だ
何しろ今までの腕時計は非常に高価だった
時計が欲しいと思っても手が届かなかった子達は飛びつくだろう
「つむじさんが現れるまで、体験型の娯楽というものはやや敷居の高いものでしたわ。それがあのインベーダーハウスでは小銭一枚で楽しめる。今までいささか封建的だったこの街の色々が、大衆的になった…」
「私のせいで?」
「引き金を引いた自覚ぐらいはおありになるのではなくて?」
とフレオは自分の唇を指さした
それを言われるとつらい
「でも私はインベーダーハウスなんて知らなかったし、あゆ様のスクーターも初めて見たよ」
「それは多分、わたくし達が思い出したからですわ」
それは一理あるかもしれなかった
でもこの世界はそもそもちぐはぐだ
原因を一点に求めるのは難しい
私の力を除いては
「でも…これが続くと、例えばコンビニが出来て、携帯電話が出来て、って、どんどん便利なものが増えていくの?それに望んだ要求が叶うなら、私はエアコンが欲しかったよ」
「エアコンと言えば、ヒート…テック?あれも急に現れましたわ。それももう春がそこまで来てるって時に」
「私処分品のワゴンで買ったよ?冬の売れ残りじゃないの?」
「冬には見ませんでしたわね。おそらくもう需要がないって時に現れて、即売れ残ったんだと思いますわ」
「…私ここに来たばかりの時に、着の身着のままでルネの服を借りてたんだけど、夜ちょっと肌寒いなって感じたことがあった」
「春先の薄着にはちょうどいい暖かさだったかも知れませんわね。冬が来ればウールに手が届かない大衆には喜ばれるでしょう」
キャッツ・ポウが暑いに決まってると言ったのを思い出す
女王ぐらいの収入があれば、ウールの下着を買うのも別に大きなハードルではない
でも切り詰めた生活をしていたら、手頃な下着で我慢するしかない
そこにヒートテックが登場
「…聞けば聞くほどその通りなんだけど、私はどうしたらいいの」
「この街は大衆的なアイディアや道具がないから、女王という封建的な治世に頼っていた側面があるということですわ。女王には全員の問題は解決できなかったけど、つむじさんにはできるかも知れない」
「問題を増やしてるだけみたいな気がする」
「これまでは、問題が存在しても大衆の議論が効果を持ちませんでしたわ。つむじさんはそこに誰にでも手が届く解決を持ち込んだ。つまり…解決可能な問題が増えてる、と言った方が適切かもしれませんわね。今まではどう使っていいかわからなかった鉱脈の使い方に気付いた、ということですわ」
「それでみんなが幸せになってるんだろうか」
「不幸も時には薬になりますわ」
死人が出ないというだけで、害のある火遊びが教訓になることもある
実際死人が出るかどうかの問題ではない
ここでは命をすり減らすことについて多少寛容だ
電車が一服寺に着いた
「つむじさんはさながら…そうね、”大衆の女王”だと思いますわ」
「善政を敷いた王様みたいには聞こえない」
ドアが開くと、眼の前に嵐がいた
いつものお付きの部下も一人
お互い固まってしまった
「…じゃ、わたくしはお先に」
フレオが余計な気を利かせて立ち去ろうとするので、咄嗟に腕を掴んで止めた
向こうのお付きも何か察したようだ
「いやあ、つむじ様。先日はどうも。嵐様だけでなく私までご相伴に預かりまして。大変光栄です」
「えっ…ああ、いや、お構いなく…」
「嵐様達はどちらにお出かけに?」
フレオが受けて言う
電車はここで折り返し、ザナドゥに向かう
嵐が答えた
「ああ…なんか、隣に新しい遊戯施設ができたとかで、下見に…」
「それ、今見てきたよ。インベーダーハウスっての。とりあえず行列を整理させてきたけど」
「へぇ、そっか。でもまあ、一応様子見をね」
「そうだね。しっかり」
「うん、じゃあね」
「じゃ」
「ん」
挨拶がこれ以上短く出来なくなるまでやりとりして、私達はホームに、嵐達は電車にと入れ替わった
ドアが閉まる
今来た方向にゆるゆると進み出ていく電車を見送って、大きくため息をついた
結局返事も持ち越してしまったが、嵐の方も答えを急ぐわけではなさそうだ
「彼女と何かありましたの?」
「ちょっとね…今からでもフレオをお妃に取った方がいいのかな」
まあそれは何の解決にもならないが
するとフレオは急にそわそわし始めた
「…どうしたの?」
「ちょ、ちょっと、それなんですけれど!」
「ああ、いや…今のはものの例えっていうか…」
「いいえ!わたくしもお受けすることは出来ませんわ!ええと…なんていうか…」
フレオは私の腕を引っ張って、人気のない物陰に連れ込んだ
「わたくし最近、お付き合いさせて頂いてる方がいらっしゃいますの!」
「………へぇ!そらよかったじゃない!で、誰?」
「わたくしのバックバンドのピアニストなんですけれど…」
…ということはザナドゥの人間か
先日のプラッドの警告が思い出された
私に近い人間に取り入って、女王の座を狙っている可能性は否定できない
女王の座なんて本当にどうでもいいのだが、それでこれ以上フレオが悲しむのは見たくない
「その子本当に…その、大丈夫?何か下心があってフレオに近づいたりしてない?」
「…つむじさん、わたくしも女王でしたのよ?それにその前はアイドルやってましたの。立場を利用しようとする人間には人一倍敏感でしてよ」
「そうだけど…マネージャーに騙されてたんでしょ?」
「あの時のわたくしは子供でしたわ。あの人の愛情欲しさに何もかも差し出してしまった。でも今は違いますわ!彼女はずっとルーのキャバレーで働いてて、ルーの信頼も厚いバンドメンバーの一人ですの!」
それなら姿を見たことがある
フレオが酔っ払った時にデューク・エリントンを弾きこなしていた子だ
まあ相手がルーの配下なら、女王の椅子を狙うということもないか…
何よりその子のことを話すフレオは実に嬉しそうだ
「まあ、そういうことなら応援するよ。ほんとによかった」
「良くはありませんでしょ。わたくしを妃にって、どういうことですの?」
フレオには話しておいた方がいいか
ルネやブランと違って、女王に近い人間と接触する可能性が高い
「嵐に、お妃にしてくれって、言われた」
「彼女がそんなことを?女王の席はどうなさるんですの?」
「女王を辞めてやりたいことはないか、って聞いたら、そう答えたから、辞めるつもりなんじゃないかな…」
フレオは複雑な顔になった
「一服寺は世襲というか、内々で次の女王を決めて継がせていますわ。どこの女王も似たところはありますけど、あそこだけは閉鎖的で…意思決定のプロセスが誰にも知られていませんの」
「忍者衆の頭目が代々跡を継いでるって聞いてるよ」
「つむじさんもお気づきでしょうけど、一服寺にはあまり味方がいませんわ。なんなら今つむじさんが一番一服寺に近づいている。総会で何かを決めるっていう時に、ルーに反対する人間を一人増やせるだけでもかなり大きくパワーバランスが崩れますわ」
「まぁ…ヴェーダ様はザナドゥの味方をしないだろうしね。あとはヴェーダ様がフラウタ様を抱き込めば4:3になっちゃう」
「人の恋路のお話ですから、政のことは言いたくありませんけれど…彼女が女王を辞めたとしても、つむじさんは間違いなく一服寺の都合に振り回されますわ」
「そこはそんなに心配してないけど…嵐がどこまで本心なのかがわからないんだよ」
「つむじさんはどうなんですの?」
「だから今悩んでるんじゃないか!」
駅の隅っこの目立たないところでフレオを前に頭を抱えてしゃがみ込んでたら、また痴情のもつれとか噂されてしまう
「悪くは思ってないわけですわね」
「こう、ストレートにモテたことないから」
腕を組んだフレオは一呼吸悩み、言った
「わたくしは反対です。一服寺の使いにされるからということではなく、つむじさん自身が悩んでいるなら、間違いなく禍根が残るものになりますわ」
「フレオ…!」
今はこうしてズバッと言い切ってくれるのがありがたい
私は感極まってフレオに抱きついた
「ちょっ、ちょっと!やめてくださいまし!変な噂が立つでしょう!?」
「ごめん…私が聞きたかったこと言ってくれたから、つい…」
「でも今の悩みようじゃ、そう簡単にお断りすることも出来ないんじゃありませんの?」
「そうなんだよ…なんて言ったらいい?」
「『お友達でいましょう』」
「だからそれが無理なんだって!」
結局何も進展はしなかったが、腹は決まった
その後フレオにお断りの仕方を何度も相談したが、どれもこれも判断を保留するような曖昧な答えで、嵐を相手にうまく使いこなせそうになかった




