第60話①
官邸に来るのがつらい
どこで嵐と顔を合わせるか知れない
そうでなくても、定例総会の日付は刻々迫ってくる
いずれ返事を伝えなければいけない
「大変ですわ!」
フレオはノックもせずに扉を開け、私のデスクに突進してきた
まあ自分ちみたいなもんだし、ノックしないのは別に構わないけど、大変なのは構う
「血相変えて、何事?」
「駅前にインベーダーハウスが出来てますわ!」
「インベーダーハウス?」
侵略者の家とはおだやかじゃない
フレオの時代は左巻きの活動家のアジトをそう呼んだのか?
「あんなものが蔓延ったら風紀が乱れますわ!」
「風紀で済む話じゃないでしょ。どこに出来たって?」
「ロータリーの横の路地を入ってすぐですわ!」
ルネとブランも伴って、フレオの後に続く
駅前というからてっきり一服寺かと思ったが、フレオは電車に乗った
「駅ってどこの駅?ザナドゥ?」
「ここですわ!」
フレオは隣の駅───つまり私達の最寄り駅で降りた
こんなルネの家の目と鼻の先に左翼のアジトがあるというのか
物騒すぎる
バスもないのにロータリーになっていた駅前は、今や毎週倍々で増えるスクーターの不法駐車で足の踏み場もなかった
「これこそ風紀の乱れだと思う…」
「こっちですわ!」
スクーターの原を跨ぎ越えて、ロータリーの対岸を目指す
ここは確か信用金庫とパチンコ屋に挟まれていた路地だったはず
この世界でも明るい路地ではなかったが、この通り人通りの多い駅前だし、ゲリラが隠れ潜むにはあまり適当な場所とは思えなかった
件の侵略者の家はすぐに見つかった
でも家そのものは見えない
人でごった返して、通り抜けるのも不可能なほどだったからだ
「彼女らは自警団?」
大阪府警が大阪や!開けろ!ってやってたのをニュースで見たことがある
自警団があれをやっているのかと思った
「みんなただの水子ですわ!ちょっと!道を開けてくださいまし!」
フレオが人垣をかき分けてアジトに乗り込んでいく
そうか、ここにはそうやって亡くなった子もいるか
生まれてこれなかった魂が未練を晴らそうと、この世界で必死に生きているんだ
…と人垣の先に待っていたのはガラス張りの店先
店内は薄暗い照明と、多分テレビ画面のような、モワッとしつつも鮮烈な光が客の恍惚の表情を照らしている
「…ゲーセンじゃん」
「だからインベーダーハウスですわ!」
「ちょっとちょっと!女王様だからって割り込みは禁止ですよ!」
店内からネクタイにベストにスラックスという、バーテンダーかハスラーみたいな出で立ちの店員が出てきて私達を制した
「いや、私は別に…」
「行列を整理もせずに何をしてますの!営業許可をお見せなさい!」
「許可はちゃんと取ってますよ、ここ」
店員が入口のガラス戸に貼られたシールを示す
博戯監査室と書かれた下に、何かの番号が付いている
ヴェーダ様の仕切りということは、そういう方面の娯楽に相当するのか
店内の客は四角いカフェテーブルの中の緑色の画面を覗き込み、一心不乱にボタンを叩いている
「フレオ、私達の出る幕じゃないよ」
「何言ってますの!時計を御覧なさい!」
そう言ってフレオが示した腕時計は、銀色のチープなデジタル時計に変わっていた
「今そんなの売ってるんだ」
「時計そのものはどうでもいいんですの!時間ですわ!時間!今授業中のはずでしてよ!」
私達は公務を優先して授業をサボることもしばしばだが、基本的に街のみんなは学業に精を出しているはずの時間だ
「夜間の子なんじゃない?」
「つむじさんは学校見てないからそんなこと言えるんですわ!」
ふうむ
フレオが嘘をついてまでこんなところに怒鳴り込みはしないだろうし、これがみんなサボりだとしたら確かに問題だ
「お客さんの都合はお客さんの都合ですよ。私達は別に襟首掴んでここに連れてきてるわけじゃありませんし」
と店員
まあどうやら人気の娯楽スポットのようだし、人の少ない時間を狙って行ってみようとしたら、みんなが他のことをしている時間を選ぶだろう
ただ往々にしてみんな同じことを考える
だから有名なスポットはいつも授業中に混んでる
昼日中から制服姿の人だかり
嘆かわしい
「そうだよ。落第するのも本人の勝手。補習も自己責任」
「お~流石。補習も受講されてる女王様は見識も違ってらっしゃる」
店員は感心した様子で手を叩く
「褒め言葉に聞こえないぞ」
「つむじ、つむじ!あたしあれやってみたい!」
「見たところ弾を撃って動く的を消すルールの様子。何かの訓練になるかも知れませんな」
まったく…ゲームやったことない人は
「はいはい。ともかくサボりはあとで面倒なことになるから、みんなそのつもりで。あとちゃんと列を整理して」
とりあえず人だかりを整列させて、通行の邪魔にならないよう通りに沿って曲げ、ルネとブランはその最後尾につかせた
「あたしあんなの初めて見たよ!」
「今からイメージトレーニングしておかないと…」
初めてテレビゲームを見た二人は興奮気味だ
「物好きだなまったく…」
「あんなところ不良のたまり場になるだけですわ!プラッドみたいなのが占拠して、善良な生徒からカツアゲしたお金で煙草プカプカやるようになるんですのよ!」
こっちは別な意味で興奮している
「フレオの知ってるゲーセンはどんだけ治安悪かったんだよ。私達の頃は音ゲーやってクレーンゲームやって、プリクラ撮ってただけだよ」
「わたくしそのプリクラっていうの、未だに好きになれませんわ」
そういうのが癇に障って私をマークしてたわけだし、そもそもゲーセンみたいな場が嫌いなんだろう
それにしたってこの行列
ルネとブランの後ろにも続々と客が続き、放っておいたらザナドゥまで届きそうだ
「列動かなすぎじゃありませんこと?」
「ああいうの上手い人は終わらないからな…」
急にこういうムーブメントが現れて、初めて体験するのは何も客だけではない
店だって何のノウハウもないはずだ
「ちょっと店の様子見てこよう」
ルネとブランは置いて、店内に戻ってみる
ごった返す人のざわめきと、ピキュンピキュンという電子音が張り合うように響き渡る
こんな騒がしいゲーセンはお目にかかったことがない
これはゲーセンというよりパチンコ屋の騒音に近い
「この猥雑な雰囲気!わたくしこういう空間見るとうんざりしますの!」
「プロデューサーにキャバクラにでも連れて行かれた?」
「プロデューサーなんてそんな気の利いたことしませんわ!大御所俳優とか男性アイドルグループとか…ああいう連中の下卑た支配欲に晒されて、それでもまだ事務所に阿っていた自分が恥ずかしいですわ!」
「…ま、フレオが喜ぶかどうかわからないけど、とある男性アイドル事務所は社長の火遊びがバレて大変なことになったよ」
「そういう連中の火遊びなんて、業界じゃ知らない方がモグリでしたわ」
「だろうね」
さっきの店員を見つけて、問い質した
「ねえ、これどういう設定にしてる?」
「設定ですか?私達も初めて弄るんで、説明書通りに据え付けて、電源入れたら、こうですよ。まさかこんなボロい商売だとは。だもんで、細かいことはちんぷんかんぷん」
「説明書見してくれる?」
「説明書ですか?まあ、いいですが…」
店員は怪訝そうな顔をしながらも、ゲーム機の説明が細々と書かれた紙を出してくれた
「えーと…難易度設定は…ないのか。残機は…弄ってないなら3、一番少ないか。エクステンドも1500点ごと…ふむ」
見たところ、工場出荷時が一番タイトな設定になっている
特に簡単にしているというわけではなさそうだ
となると気になるのはひとつ
「これちゃんと順番にやらせてる?」
「ええ。終わったら次の人に代わってもらうようにしてます」
「あの人、コイン山積みにしてるけど」
「いっぺんにたくさん使う人もよく見えますね」
答えはそれだ
店からすればコインがたくさん入ってくればいいのだから、客の回転率などどうでもいい
むしろ悪い方がこうして外に行列ができて話題を呼び、広告にもなる
でもそれじゃ並んだ人は困る
「一人一回1コインで、終わったら次の人に代わるようにして」
「何故つむじ様がそんな指図を…私達はヴェーダ様の…」
「言われた通りにしないと、学校でゲーセン禁止令出すよ」
不服そうな店員に念押しして、店を後にした
ルネ達のところに戻ると、いくらか列が前進し始めた
店員も渋々言うことを聞いたようだ
いつまでこの調子が続くかわからないが
「やるじゃんつむじ!列動き出したよ!」
「なぁに、ざっとこんなもんよ」
「台を一人に独占させないようにするのは正しいと思いますけれど、越権行為じゃありませんの?ヴェーダ様に睨まれますわよ」
「もうこれ以上ないくらい睨まれてるからいいよ」
まああの人もいい気はしないだろうが、いつまで並んでも遊べないゲーセン、なんてレッテル貼られるよりはマシだろう




