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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第54話②

ブランの件もあって、いずれ挨拶しないととは思っていたが、まあちょっと状況を鑑みると色々理由をつけて先延ばししたかった

ゾンダ様は私の力をなんだと思っているだろう

いや、何に使う気だろう


とりあえずルネの部屋のそばにリヤカーごと荷物を置いて、フレオににんじんを持たせてタービュランスは帰した

道案内はブランに任せてゾンダ様の家に向かう

場所はルネの家がある側の丘の、もっと駅から離れたところだった

この街で初めて住む場所を探したとき、学生寮として紹介された団地も越えた更に向こう

なるほどこの辺は学区が大分違う雰囲気がある

実はルネの家からは高天原より郁金香うっこんこうの方が近い

初めてルネに会った公園のあたりなどは、郁金香と一服寺の中間ぐらいになる

今にしてみればだが、なるほど、追っ手が少なくなったわけだ

私を追い回していたのは大体が同じ学校の生徒だった

こっちから高天原に通う子もいないわけではないが、まあやはり少数派だ

ルネは学校で顔を合わせる子の近くに住みたくなかったんだろうな、というのはなんとなくわかる


ゾンダ様の居城は駅から遠く離れた街の南端、眺望素晴らしい丘のへりの部分にあった

その威容はまさに城だ

とにかくでかい

それも当然、ここは自警団員の宿舎でもあった

確かここはでっかい特養があった場所だった気がするけど、普段の生活でこんなところまで来ることがほとんどなかった

近くの郵便局でゆうパケットの箱がなかったとき、この辺の郵便局まで買いに行ったときくらいだ

「今までならこっちの通用口から出入りしたんですがね。まあ、今日は表に回りましょうか」

丘の手前側は裏口らしかった

建物を回り込んで丘の下に正面玄関がある

要するにこの城は、はけ(・・)の部分に建てられているのだ

正面玄関の両脇には守衛が立てられ、今は閉じられてこそいないが、いつでも閉められるような鉄の門扉が据え付けられている

警察の本店みたいな感じだ

ただ建築様式は郁金香みたいな石造りで、どうやら四隅に門塔のような見張り台がある

一体何から何を防衛しようというのだろう

「部外者の方は記帳を願います」

「一日二日で随分他人行儀になったな。今日は姉御のお招きだ」

「隊長!なんでやめちゃったんです!?」

「自警団が強すぎるのはフェアじゃないだろ」

かつての仲間に挨拶をして玄関に進んでいく

私とルネは縮こまってその後に続く

「ねぇ、ねぇ。あたし達手ぶらでよかったのかな」

「…もっと早く気が付いてよ!」

「これでよければ持ってるけど」

とルネはさっき買った布団圧縮袋を取り出した

また片付けない人は…


建物内も郁金香に似て、教会建築のような重々しさと学生の生活を示す張り紙や置物で出来ている

ただロッカーは作り付けだ

ここだけはいいと思う

最初から共有材であることを目指して作られた建物であることがわかる

使い勝手がいいかどうかは知らない

扉もみんな観音開きの大扉だ

「ここが総長達の居室です」

特に他の部屋との違いがわからない扉に、銀色の鶴みたいな鳥のプレートがかけられている

コンコン、とノックをして

「こんにちは、つむじです」

ブランは特に返事を待たずに入ると言っていたが、それも昔話だろう

しばらく待つと、扉が内に開いた

「いらっしゃい、つむじさん。入って」

プエルチェ様は軽やかでラフなフレアワンピースで私達を招き入れた

「お招きありがとうございます。これ、お土産です。ルネが選びました」

一応布団圧縮袋を渡してみる

まあ醤油やサラダ油よりはもらってありがたい日用品だと思う

「まあ!お布団がこんなにぺちゃんこになるの?すばらしいわね!」

どうやら気に入ってくれた様子

心底感心しているみたいだが、物をしまうスペースに不自由してそうな狭小住宅には見えない

なんだろうこのリビングは

白と茶の色彩でまとめられ華美な装飾こそないが、細やかな仕上げの調度品や重厚感のある家具など、イギリスの貴族が出てくるドラマでロケに使われてもおかしくない

ヴェーダ様の億ションとはまた違った驚異がある

大体なんだこの天井

弧を描く木の梁が交差したヴォールト天井で、手を叩いたら龍の鳴き声が聞こえそうだ

「今お茶を淹れるわ。かけて待ってて」

そう言うとプエルチェ様は、奥の部屋に通じているらしい戸をくぐって消えてしまった

ドームの真ん中で手を叩きたい衝動を必死にこらえ、勧められた椅子に腰掛けた

こういうデザインの様式を何調というのか知らないが、やっぱり貴族が座ってそうだ

だからもうわかるだろう

この部屋が主張したいものは権威だ

こんな家にわざわざ招くのだ、何か他意があると思わなければとんだお人好しだ

「お気付きでしょうが、姉御は腹に何か一物ありますぜ」

「だろうね」

「今日ばっかりは”毒食わば皿まで”は勘弁してくださいよ。出戻りは御免ですからね」

私だってこんなところで負けを背負って帰るつもりはない

ただ喧嘩を売ってるなら値切って買う

…なんだかすっかり喧嘩っ早くなってしまったな

「やあ、つむじさん!ようこそいらっしゃいました!」

プエルチェ様に代わって現れたのは、初めて見る普段着姿のゾンダ様だ

普段着と言ってもオスカルが着ているみたいなゆったりしたシルクのシャツに、スキニーなシルエットのパンツ

貴族!

わざとか?わざとやってんのか?

でもこの人はあゆ様以上に芝居がかった人だから、私生活もこういうわざとらしさに満ちていそうではある

まあ人の身なりで下衆の勘ぐりはやめておこう

「こんにちは。お邪魔しています」

私とルネは立ち上がって一礼、ブランはずっと立ったままで一礼

こういう作法って何が正しいのか知らないけど、お互いを試すような真似はやめておこう

同格の同僚だ、そこまで畏まる理由もない

ただこの話はこっちからしなきゃいけない

「早速なんですけど…ブランは私のところで預からせていただきます。今日はまずそのお話をと」

「ええ、聞いています。しかしブラン、責任を感じているなら、自警団で職責を果たすのが道理というものではないのか?」

「これ以上総長の顔に泥は塗れませんよ」

「らしくないな」

「オレの恥は個人的に雪ぎますよ」

「ふむ…まあいいだろう。大きなお世話かもしれないが、これは餞別だ」

とゾンダ様は写真付きの名簿らしいものをテーブルに出して広げた

「これは例の祇園の時に撮った写真と生徒の名簿を照合したものです。なにしろ数が数なので、時間がかかってしまいましてね」

「自警団の方がこれを?」

「目を皿のようにして一枚一枚ね。こういうのが専門の連中がいるんです」

「大変なお手間を…ありがとうございます」

祇園の間、写真部は望遠で人混みを虱潰しに撮影し続けた

写真に写らない人間の周りを写すために

それを名簿と紐付けるのに、どれほどの労を要したのだろうか

「どうだ、ブラン。見覚えのある顔は」

「山荘で見た連中がいますね…これと…これ。それと迎賓館の中で見かけたのがこれ。それから…」

ブランは名簿をめくって指さしていく

私は必死でヴェルの姿を見つけようとしていた

しかし幸か不幸か、ヴェルは名簿にはなかった

ヴェルがハルの眷属であることは疑いないと私は思っている

カーミラがその眷属と行動を共にしているのは間違いなさそうだが、だからといって必ずしも同時に同じ場所にいるとは限らない

こうしてリストアップされた人間は氷山の一角だ

しかしカルマ様の細胞組織の実態解明には大きく貢献するだろう

今となっては余計な思いつきだったかもしれない

「今後に役立ててくれ。もう命令は出来ないが、部外秘で頼むぞ」

「承知しました」

ブランは名簿を受け取って小脇に挟んだ

あまり人を疑いたくはないが、この名簿が全てかどうかはわからない

ただいかにカルマ様に敵愾心を抱いていたとしても、私を陥れてまで己に利する策を弄する人だとは考えたくない

ある意味愚直な人なので、そこはゾンダ様の思うところ次第だが

「お待ちどおさま。ブランも立ったままお茶飲まないでね」

お盆にティーセットを載せたプエルチェ様が戻ってきた

どうやらお湯は私達と同じように時間をかけて沸かすようだ


それからしばらく、お菓子をつまみながらお茶を頂き、ブランの昔話などで盛り上がった

普通に話している分には健全な人達だ

あんまりこういう人と事を構えたくはない

「そういえば、玄関扉にかかっている鶴のプレートは何なんですか?」

おしどり夫婦が何故鶴を?

なんとはなしの疑問だ

話すネタがもうないというのもある

「あれはコウノトリよ」

「コウノトリ」

「鶴は木には止まらないけど、コウノトリは木の枝に止まるのよ。玄関のプレートも枝に乗っているの」

「へぇー」

「あとコウノトリは赤ちゃんを運んでくるのよ」

ああ、そういえばそんないわれを聞いたことがある

…赤ちゃん?

プエルチェ様は静かにカップを置き、ゾンダ様の手に自分の手を添えて言った

「私達、赤ちゃんが欲しいのよ」

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