第54話①
「…えー、では改めて。本日より私の直属になりました、ブランです」
「相変わらずの不調法者ですが、何卒よろしく願います」
とブランは軽く会釈した
「こちらこそ。変わらずお願い致しますわ」
「これからもあたしんちの玄関先で寝起きするの?」
ルネは迷惑とまでは言わないが、まあやはり戸口の前で寝られるのは落ち着かない様子だ
以前から少し気にはしていた
「それなんだけど、最近ザナドゥの向こうにホームセンター出来たらしいんだよね」
「何?”ホームセンター”って」
そりゃあルネの中にはない語彙だろう
「金物屋と植木屋と材木屋を合わせた雑貨店、みたいなお店」
人ごとのように説明しているが、この店の成立には私が関わっている
馬場を造成する際に土木課に工事を依頼したが、その時にちょっとした金具や木材が足りなくなるとそれだけで工事が止まり、あっさり日延べされてしまっていた
そこらで売ってないのかと尋ねると、他に使う人間がいない物だから問屋に頼まないと手に入らないという
それこそホームセンターの棚に山積みにされているような、筋交いの金具がだ
他にもねじ、釘、ボルトなど、私にしてみれば普遍的としか思えない部品の入手経路がこの街にはなかった
そこで
「でもさあ、うちのルネなんか自分でテーブルとか椅子とか作ったんだよ。そこらで日曜大工の用品や材料売る店あったら、みんな結構使うと思うんだよね」
と私が背中を押したのだ
その甲斐あってか、今まで姿の見えなかったDIY女子の駆け込み寺として、いたく繁盛していると聞く
「工具も材料もいっぺんに揃うから、玄関先を拡張してブランの部屋を作ろうよ」
「部屋って簡単に言うけど、柱立てて屋根つけて壁貼って床貼って…って、すごい大変なんだよ?」
「大丈夫。一式揃ったキットが売ってるから」
「キット?」
ザナドゥの向こう側にもちゃんと街があった
ただやっぱり町外れという雰囲気は漂っている
線路に平行して官邸前からずっと続く大通り沿いには、乗合馬車の営業所だったところや石材店、ネジ釘を扱う金物店など、BtoCというよりBtoBといった趣の店構えが多い
ところが一本向こうの道に入ると、住宅街の中に突如として物で飽和したバラックが現れる
店先には鉢植えがズラッと並べられ、奥には砂利やタイルなどの外構用品
広い駐輪場にはスクーターが売り物かと思うほど停められている
天井の高いバラックの中に入ると、目を引く特価商品や日用品、長手方向に列をなす棚、壁に立てかけられた木材や雨樋などが見えた
そしてめいめいに商品を物色する女子達
「日曜大工に必要な物はここでなんでも揃う」
「へぇー。便利になったもんだ」
ルネは自分で干したこともないくせに、ピンチハンガーを手に物珍しそうに見回している
「外のエクステリアコーナーにミニハウスのキットが展示されてるから…」
「遠慮で言うんじゃないんですが、オレにはそんな仰々しい囲いいりませんて」
「でもせめて屋根と壁ぐらいはないと」
「まあ背にする壁があるのはありがたいですが…」
「あっ!ねえこれ!すごくない!?」
とルネが嬉々として指さしたのはカラーボックスの展示だ
現代的な金銭感覚で言うと1500円ぐらいの値札が付いている
「こんな安くてこんな立派な本棚が買えるんだ!」
まずいまずい
「だめ!それはだめ!」
私は大慌てで箱を手に取るルネを止めた
「…なんでよ」
「ボール紙で出来た本棚なんて、ルネの部屋に合わない!」
カラーボックスを置き始めたらいっぺんでそういう部屋になってしまう
大体奥行き30㎝なんて、本を置くにしてもB5には半端に長いし、1段の高さもギリギリでA4が入らないイラつく寸法だ
単行本や文庫本は手前にもう一列並べてしまって、奥の本を取り出すのに手前のをどけなければならなくなる
帯に短し襷に長しで、何を納めるのにも中途半端
工夫してカラーボックスを使いこなすインテリアアドバイザーのような人間が時々いるが、工夫しないと上手く使えない家具なんてそれは不出来な家具でしかないのだ
「本棚ならこっちがいい」
と文庫本の奥行きに丁度ぐらいの、薄い本棚を勧めた
これだって素材はカラーボックスと変わらないが、奥行きは15㎝とない
本の虫には絶対こっちの方がマシだ
「薄くない?文庫本しか置けないよ?」
「床に積み上げとくよりマシでしょ」
「これじゃ上に鉢とか置けないじゃない」
「鉢植えは鉢植えラックに置いてよ」
時々カラーボックスの上に花瓶や小さい鉢を置いている人がいるが、よく紙の上に水気の物置けるなと思う
それにしても、こんなものが売られているとは油断も隙もない
スクーターといい、近代化の波がこの街を襲ってきている
景観条例を制定しないとヤバいかも知れない
「ああっ!これ!折りたたみテーブルだって!」
放っておくとルネは店のもの全部驚いて回りそうだ
「ほらほら!そんな一つずつ見てたらキリがないから!」
「わあ、中身が見える衣装ケースだって!」
収納グッズというのは、何故片付けない人の心を引きつけるのか
目移りをやめないルネを製材売り場に引っ張っていく
「へぇー。最初から面取りしてあるんだ」
ルネは背丈の倍ぐらいの長さの2x4材を見定めている
「…でもこれは多分水に弱いと思う」
「そうなんだ」
「柔らかい木は湿気をよく吸うから。加工はしやすいけど」
私には撫でたくらいでは木の硬軟はわからない
やはりルネにはDIYの知識があるんだ
「うちのテーブルは欅なんだ。堅くて狂いが少なくて水気に強い。柱はそういう材がいいけど、壁は杉板とかでもいいんじゃないかな」
欅材は2x4より遙かに高い値札がつけられている
そもそも薄板がラインナップされていないので、本来家の基礎構造や重厚な家具を作るための材なのだろう
ルネは適当に欅の角材を選んで何本か台車に乗せたが、店内を取り回すのにも気を遣う長物を悩ましく見ている
「…これ電車で持って帰っていいのかな」
一間の角材を抱えて電車に乗るのは大分迷惑だ
そもそも一枚ドアの狭い間口をくぐれるのか
もちろんその懸念は最初からクリアしている
「大荷物にはリアカー貸してくれる」
「引いて帰るの!?」
「そうだよねえ、それじゃ不便だよねえ」
普通ホームセンターは軽トラを貸してくれたりするものだ
リヤカーだってスクーターで牽引するの前提なのだが、貸してくれるのはリヤカーの部分だけ
みんなスクーターで来るわけだ
最初は引いて帰ってもいいと思っていたが、材料が思いのほか長大なのを見て私もめげている
「こんなことであゆ様呼べないしなぁ…」
「…馬は?」
「なるほど」
馬場まで借りに行ってもよかったが、私がここを離れるとブランもついてくる
ルネ一人置いていくわけにもいかないし、全員で出直しも馬鹿らしい
でも幸い馬は利口だ
「なんですの!?何も大変なこと起きてないじゃありませんの!」
タービュランスに跨がって颯爽と現れたフレオはご立腹だ
「えっ、フレオも来たの?」
「だってタービュランスですぐに来いって!」
「違うよ、タービュランス”に”すぐ来てって伝えてって…」
「それでタービュランスだけここに来れると思ってますの!?」
タービュランスと顔を見合わせる
「うん」
タービュランスも頷いている
「なんなんですの!しかも大変って、大荷物があるだけじゃありませんの!」
「大変だよー、これ引いて帰ると思ったら」
「タービュランスだって大変ですわ!」
「タービュランスにはちゃんといい燃料を用意してある」
よくホームセンターでもみかんを箱で売っていたりりんごの詰め放題をやっていたりする
ここでも何かあるはずだと思ったら、土ものの野菜を売るコーナーがあった
「ほーら、大長人参だぞー」
ここら辺特産の、ごぼうのように長いにんじんだ
これをダンボール一箱買い、来るのを待つ間に外の流しを借りて洗っておいた
さしものタービュランスもにんじんには目がない様子で、一本ずつ差し出してやるとボリボリと貪るように食べた
「馬って本当ににんじん好きなんだね」
タービュランスはうんうんと頷く
「まったく…人騒がせも大概にして欲しいですわ!」
「フレオにはこれあげるよ」
とルネは自分用に買っていた三角コーナーハンガーをお裾分けした
部屋の角の長押のところに乗っけて、ハンガーを吊るすあれだ
しかもルネにしては珍しく、ステンレス製の頑丈そうな奴を選んでいた
理由はわかっている
上に鉢植えを置く気だったからだ
「へぇ…これは便利そうですわね」
まんざらでもないみたい
それにしても、大変と聞けばこうして飛んできてくれるんだから頼りになる部下だ
タービュランスにリアカーを繋ぎ、私達は歩いて家路につく
リヤカーには欅の柱の他、杉板や屋根のスレート、鉢植え用の腐葉土、タービュランスのおやつ、その他ルネが見つけた日用雑貨などを積んだ
スタイロフォームを初めて見るらしいルネはこの青いのは何だと訝しんだが、一応私が選んでおいた
出来合いの扉も買おうと思ったが、ブランは開け放ってあった方がいいと言うので、多分出来上がっても厩舎か自転車置き場みたいな風体になるだろう
ブランはブランで、刀を手入れする道具やアウトドア用の調理器具などを買い込んで、自前のずだ袋に積めて背負った
「それこそご飯は私が用意するから、一緒に食べようよ」
「長年の習慣てやつがありますから。それにこういうのでトーストを焼いていると、色々考えが整理できるんですよ」
世の中って正解を導き出す必要はない
何事も他人と分け合って生きていかなければいけないから
だから合理的な解決の方が求められる
でも正解の方がもっと合理的では?子供のうちはそんなふうに考えてしまうが、現実は違う
理由は簡単だ
正解が出るまで待てない
時間に限りがあるから
その点この世界はいくらでも待てる
何より答えを求めている本人が
だから普通なら不毛な時間とも思える”考えを整理すること”も、気が済むまで追求できる
求道者はこの世界でなら求めていた答えに辿り着ける
…かもしれない
やっぱり永遠に答えなんか出ないと思うのは、私が世を拗ねているからだろうか
ザナドゥを越えてじわじわと登っている緩い坂を進む
フレオがタービュランスの手綱を引いて歩き、私達がリヤカーを押す
しんがりに黒いサンタクロースのようなブランが続く
こんな集団なので目立つ
「つむじ様ごきげんよう」
「はぁい、ごきげんよう」
「つむじ様何作るの?」
「おうち」
「つむじ様今度はばんえい競馬やるの!?」
「もうやらないよ!」
「あら、つむじさんごきげんよう」
「はぁい、ごきげんよう」
ん…?
「わぁ!?プエルチェ様!ごっ、ごきげんよう!」
なんか見覚えのある人影だと思ったら、日傘を差したプエルチェ様だった
売れる政治家というのは、こういうとき瞬時に知ってる人とそうでない人を見分ける術を持っていなくてはいけない
ボーッとしているときでも脳みそのどこかを働かせていないと
「ふふ。人気者は大変ね」
「い、いえ…とんでもない」
ブランも一礼している
最早上司や部下ではなくなったが、かつて同じ釜の飯を食った(?)間柄だ
「ねえ、つむじさん。こんなところで会ったのも何かのご縁だわ。うちに遊びにいらっしゃらない?」
ここはチョコちゃんに追われていたときに水たまりを踏んだ曲がり角だ
訳があってわざわざここで待ち伏せしていたとは到底思えないが、確かにこんなところだ