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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第51話

らん様、お顔が悪いですよ」

黒青シイは書類から目を上げずに言う

「…そういう言い方はやめろ。表情がすぐれない、だ」

「意味が通じればよいのです」

この部下は相変わらずにべもない


つむじがまたあの力を使ったらしい

ヴェーダが競馬場の運営に直接介入したからだが、つむじが力を使ったことによる情勢の変化はなかった

退役馬の処遇に関しては内々で飼育場の計画が出ていたが、つむじの思いつきで中断していたような格好だ

結果的にプールされていた予算がつむじの作った馬場の運営に回され、賭場潰しもできた

概ねヴェーダの予定通りのはずだ

つまりつむじは、あの競馬場を守ろうとしたのであれば失敗したということになる

でもつむじも何の処分も受けなかった

本来であれば、博戯監査室の領分を侵し、公序良俗に反する賭博場の運営を行っておいてお咎めなしというのは、ヴェーダにとっては体裁の悪い結果のはずだった

やはりつむじの力がヴェーダの何かを変えてしまった

つむじのかつてのルームメイトは、今や街一番の花魁だ

フレオはザナドゥの歌姫、そしてあゆは妃を娶った

特にあゆは長年妃候補としてビゼを手元に置いていたが、関係を進展させようとはしてこなかった

浮気する自分を咎めるビゼを求めていたからだ

変化だ

つむじに染まってしまった


つむじはオルタナティブだ

人とは異なっていてなおかつ結果を出す

本人は謙遜でさえそう思っていないようだが、類稀な才能の持ち主だ

でもつむじの天賦の才はあの力によるものではない

もっと本質的な、個性のような部分だ

「嵐様、そろそろ本気を出さないと、つむじ様取られちゃいますよ」

「だからそういう言い方はやめろ」

「しかしカルマが近づきつつあるのは事実です。それに今度はヴェーダ様までが懐柔されてしまった。すると次は…」

「懐柔ではない。大体そうなっていたらとっくに我々の手に負える相手じゃない」

「時間の問題です。げんにもう嵐様の存在感を上回っています」

「…それは認める」

「正直申し上げて、我々がつむじ様の行動を追うだけでは、もう何も変えられません。邪魔者も増えるばかりです。嵐様が一歩踏み出さないことには…」

「わかった、わかったからそういじめるな」

嵐の打った手は尽く失敗した

つむじへの注意を削ごうと思えば先を越され、つむじの後を追えば巻かれる始末

挙げ句晩餐会ではフラウタに連れ去られた

「…私が信書でも書きましょうか」

「お前には絶対無理だ」

しかし実際、このままでは埒があかない

ぼやぼやしていて本当に黒青がラブレターを出しでもたら、取り返しがつかなくなってしまう

「どうせ嵐様のことだから、いいとこ見せるチャンスを窺ってたんでしょう?道化でいいと言ったのは嵐様じゃないですか」

「…つむじは利口で勘がいい。念入りに、外堀から埋めていくんだ」

「それで海を眺めてるだけとか、埋まる前に堀が枯れますよ」

「いいか、間が悪いのが一番まずいんだからな」

「嵐様が一番間が悪いですよ。なんで海で落とさなかったんです」

「それは…」

その気がなかった

「つむじ様は嵐様をご友人と思っておいでです。嵐様がそれでよいなら、我々もそれでよいのです」

「…益のない付き合いを続けていくのは疲れる」

「なら、距離を置くのに丁度いい口実があるでしょう」

カルマの処遇では意見が割れた

潮時と言えば潮時だ

しかし

「…ここで退くのがいいとは思えない」

黒青は長いため息を一つついて

「背中を押せば踏みとどまる、行くなと引き止めれば歩み出る。なのに振り返ってもまだ同じところにいる」

「じゃあどうしろって言うんだ!お前は!」

「素直になればいいじゃないですか!正直が一番ですよ!」

「お前に言われても説得力がない!」

この部下には婉曲的な表現を学ばせないといけない

世辞とか、皮肉とか

「大体嵐様は…」

その刹那、トントン、という素早いノックとともに、返事も待たずに執務室の扉が開いた

「おじゃまー…あ、本当にお邪魔だった?」

入ってきたのはつむじだった

気配は留まっていなかったから、歩いてきたそのままの流れで戸を開けたのだろう

「…いや、大丈夫」

「じゃあ、これ。今日の総会の資料。確認したら戻して」

「ありがと。早めに返す」

やをら手を上げて、黒青が割り込んだ

「つむじ様、嵐様がデートをと仰っています」

唐突すぎる

間の話をしたばかりなのに

「あー、何?嵐も?」

「…も、って?」

「最近みんな競馬で儲けたんだろう、ってたかりに来るんだよ。馬の餌代と土木課への支払いで消えちゃったのにさ」

「スッカラカンなの?」

「緊縮財政だよ。まあでも、どうしてもって言うなら、総会のあとエスエル行く?おごってあげてもいいよ」

なんだか妙に機嫌がいいようだ

少なくとも懐が厳しい人間には見えない

「行く」

「オッケー、お仲間の方も一緒にどうぞ。じゃあとでね」

言うだけ言ってつむじは出て行ってしまった

つむじの気配が去って行く

「黒青、お前…」

「いいですか嵐様、お返しに次はこっちから誘うんです。その時は私はお供しませんから」

「…………余計な気を回しすぎだ」


長い間アネモイのヒエラルキーは変わることがなかった

しかしつむじが現れたことで、そのしがらみに綻びが見え始めている

今ならこの頸木から逃れることが出来るかもしれない

それも全てつむじ次第

遍く風はつむじに向かって吹いている

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