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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第49話③

「あれほど商売っ気を出すなと言いましたのに」

フレオにはタービュランスを貸してくれるよう頼んでおいた

あの馬はやはりこの世界でも相当に希少らしく、跨ってみたいという声は馬術部からも上がっていたほどだ

が、フレオが伴ってきたのはルネだけだ

「タービュランスは?やっぱりダメ?」

「この競馬場、問題になってますわよ」

「なんでさ」

「賭け事でしょう、これは」

それが問題になるというなら鳩レースの方が先に槍玉に挙げられてしかるべきだ

こっちはわざわざ直接金を賭けないように三店方式まで導入したのだ

確かに投票券の購入には現金を使っているが、あれはあくまでも退役馬の餌代と馬場を維持するためのカンパだ

勝ち馬を応援してくれた人にはお礼に文房具をお返しする

ただそれをいくらでも買ってくれる奇特な人が近くに店を開いているだけだ

きっと文房具が大好きなのかな?

「私達は、賭けでお金をやり取りしてるわけじゃない」

「そういう方便通用すると思いまして?博戯監査室の室長はヴェーダ様ですのよ」

「えっ」

まずい

大穴の器械体操部も消えたペン先も鳩レースも、全部説明できる理由が見つかってしまった

私はヴェーダ様のシマを荒らしていたのだ

「鳩はどうなの鳩は」

そりゃ部長も抗弁したいだろう

けどもうタネがわかってしまったのだ

「鳩レースは自分で選んだ鳩を放って、勝ったら一等いくら、二等いくらって、プレーヤーに賞金が出るゲームですわ。縁日の輪投げや射的みたいに。第一ここの景品、賭け金より高いんじゃありませんの?」

金銭的価値の話をされると、確かに私達は見返りに賭け金よりも高い景品を渡していた

でもそれは実際の金銭的価値に対して需要が乏しく、持っているより賞金に換えた方が誰だって得をするからだ

「ヴェルが言ってたよ、じきにヴェーダ様が見に来るはずだって」

ああ、くそ

年貢の納めどきが来た

しかもヴェーダ様御本人が直々にとは

ここぞとばかりにメッタ打ちにするつもりに違いない

私が競馬の胴元でウハウハチャンスを見逃さなかったように、ヴェーダ様もこのチャンスを逃すはずがなかった

「…部長、ごめん」

「ちょっと、つむじさんまでそんなこと!せっかくここまでやったのに!」

「そうですわ。馬達のためにもなんとかヴェーダ様に目こぼししていただかないといけないでしょう」

「…なんとかなると思う?」

「まあ勝ち馬投票は改める必要があるでしょうね」

「それじゃ意味ないんだよ。入場料収入だけじゃ馬達の餌代に足りないんだ。だからつむじさんの話に乗ったのに」

そうだった

私は退役馬のためのセカンドライフをお膳立てしようとしていたのだ

ウハウハチャンスはついでだったはずなのだ

「とにかく私が話してみる…」

正直馬のためだという逃げ口上は通用しないと思う

一から十までそれが本心だったとしても、だ

隣りにいたブランは、ずっと腕を組んだまま黙り込んでいた


午後

ヴェーダ様は刑場にやってきた

私はもう絞首台の下にいるようなものだ

「理由はわかっているわね」

「…はい」

私の処刑を見ようと野次馬も集まっていた

この馬場始まって以来の客入りだ

ルネや部長は遠巻きに私を見ている

「ヴェーダ様、僭越ながら申し立てをお許し願います」

ブランは私の隣に片膝を付き、剣を前に置いて頭を垂れた

いつになく堅い話し方だ

ブランは何故か以前からヴェーダ様には一定の敬意を示していた

「ブラン…」

「聞きましょう」

「つむじサンはバイクに取って代わられようとしている馬達のため、退役馬のためにこの馬場を作り人を集めました。阿漕の孝行と思って、どうか目を瞑ってはもらえないでしょうか」

阿漕とは世阿弥の能だ

密漁を繰り返したことで地獄に落ちた漁師が、お坊さんの前に化けて出る話である

転じて、欲に汚く悪辣なさまを言う

しかしそもそも漁師が密猟を繰り返したのは、ここで採れる魚が病気の母親に効くと聞いたからだった

密猟の咎で海に流されはしたが、実際の阿漕ヶ浦には孝行息子として祀る塚まで建っているという

「…笠にはつむじさんの名前があったわ。相違ない?」

「ございません」

「…はい」

笠というのは、阿漕の話の続きだ

漁場に残してしまった笠に名前が書いてあったために密猟がバレたという、悪い人間ではなく、単純に詰めの甘い奴から捕まっていくという世の摂理である

「…つむじさん、あなたは勝負事が好きなようね。いいわ、あなたの用心棒に免じて、ひとつ勝負をしてあげる」

「えっ…」

ヴェーダ様が馬を操っているところは見たことがないが、こうして向こうから勝負を挑んでくるのだ

私がどの程度乗れるかも知っている

勝ち目があるとは思えない

それ以上に、私に選択肢があるとは思えなかった

ところがだ

「私はこの馬に賭けるわ」

乗馬で競争しようというのではない

競馬で勝負しようというのだ

しかもヴェーダ様が選んだ馬はヴァンルイエだった


私は退役馬の一頭を選んだ

ダービーでの勝率が高かったからではない

実際のレースで、馬術部員が好んで選んだ馬だったからだ

騎手にはフレオを指名した

何故ならヴァンルイエには部長が騎乗することになったからだ

部長には八百長するチャンスが与えられたようなものだが、今のこの立場で、しかもヴェーダ様を前にそんな真似出来るわけがなかった

それはフレオも同じこと

何より、どんなイカサマでも働けるこっちの賭場で勝負するチャンスをやると言っているのだ

ここで八百長をしたらどうなる?

いや、するまでもない

私が勝つということは八百長を疑われ、アクロバットダービーが存続したとしても勝ち馬投票の信用を失う

ブランに免じてなんて言って、その実最初から決まっている勝負なのだ

これはフレオとの勝負とは全然違う

お互いに同じ職務で序列がある

しかも賭け事を導入したのは私だ

申し開きようもない

「さぁ張った張った!掛率は8:2でヴェーダ様だ!つむじ様に賭ける博打打ちはいないか!?」

ヤケクソというか厚顔無恥というか、投票所窓口の子は野次馬相手に堂々と投票券を捌き始めた

出走するのは部長とフレオなのだが、最早そんなのは些細なことだ

ヴェーダ様は部長の券を、私はフレオのを1枚づつ買った

「つむじさん、馬に同情するのは勝手だけど、それを商売にするのは気に入らないわ」

ド直球だ

どんな事情であれ、大目に見るつもりはないらしい

でも私だってここで終わるわけにはいかない

馬のためでも部長のためでもない

たとえどんなに独善的と言われようと、この先ずっとヴェーダ様に頭が上がらなくなるのは御免被る

「すみません!」

私はヴェーダ様の腕を引っ掴むと、ヴェーダ様が呆気にとられている一瞬に事務所に引っ張り込み、奥の小部屋に連れ込んで扉を閉めた

私の突然の行動にブランも狼狽えていた

「ブランはそこにいて!」

ブランは扉の外に留まらせた

ここなら誰にも見られない、はずだ


「何の真似?」

私を睨めつけるヴェーダ様は少しも動揺していない

こんな手しか打てない自分が情けない

「失礼します!」

言いながらヴェーダ様の顔を両手で掴んで引き寄せ、唇を奪った

…うわぁ

なんだこれ

最高の感触

女の子にキスしてこんなことを思うとは、私も相当この世界に毒されてきたのか

でもほんと、こんな唇は初めてだ

唇を剥がすのが惜しい

勝負的に悪いことをしてるんだけど、そういう意味じゃなくて悪いことをしてるみたいだ

そろそろ顔を離すと、やっぱりヴェーダ様も私ではないものを見るような目で小さく震えている

「あの…ヴェーダ様…?」

私が声を掛けると、ヴェーダ様の目は一瞬でこっちの世界に戻ってきた

「…このォッ!!」

そして目にも止まらぬ速さで掌が私の頬を打った

痛いだけだ

どうってことない

「はぁッ…!」

息を荒げて小部屋を飛び出そうとするヴェーダ様を、扉に叩きつけて止めた

「ごめんなさいヴェーダ様!でも私…」

「あなたがそんな名前で呼ばないで!あなたが凪ちゃんを…!」

えっ

凪?ちゃん?

聞き覚えのある名前

確か宮比みやびさんの下の名前が凪だ

どういうことだ

もしかしてヴェーダ様は私の知り合いなのか

「そういうことだったのね…こんなことで…!」

「あの…凪って…宮比さん…?」

ヴェーダ様はわなわなと震えている

宮比さんを知っているらしいことを差し引いても、今までの3人とは全く違う反応だ

やっぱりまずいことをしてしまったか

「…ッ!」

ヴェーダ様は私を突き飛ばして小部屋を飛び出していった


事務所の外に出ると、レースの勝敗は決していた

「つむじ、どうしたのそれ」

ルネが私の頬を見て駆け寄ってきた

コンパクトの鏡で見ると赤くなっている

血は出ないが、どうやら腫れたりはするらしい

「大丈夫、なんでもない」

周りを見回しても、ヴェーダ様の姿はなかった

「どっちが勝った?」

部長もフレオもスッキリしない顔をしている

馬達を見ると、目を伏せながらゆっくりと頷いた

投票窓口の子が殺到する投票券と砂消しゴムをせっせと交換している

「ヴェーダ様の勝利だ!倍率は1.2倍だよ!さあほら、これが最後だからね!」


それから数日経ったが、沙汰は下らなかった

ヴェーダ様は勝ったはずなのにとみんな気味悪がっていたが、それもじきに忘れ去られた

アクロバットダービーは以前に増して客足を集めていた

賭け事としてではなく、やはり頑張りに応じて騎手に賞金を出す方式に改めた

勝ち馬投票が不純だからというのもあるが、馬のためには実際の乗馬体験を提供することが先決だと話し合った

「ヴァンルイエ」

厩舎の馬達はたっぷりの飼葉を食んでいる

私達が胴元になっての賭け事はできなくなったが、なんとこの馬場に予算がついた

おかげで餌代の心配はなくなった

ヴァンルイエは相変わらずの人気だ

歯をむき出しにしてヒッヒッヒと笑う

退役馬もアクロバティックなコースを疾駆している

…なるべく騎手を振り落とさないように手加減して

私の頬も元に戻った


そして購買では万年筆のペン先の代わりに、使い捨てのボールペンが並ぶようになっていた

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