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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第49話②

私はまずこの街の不動産を取り扱う事務所に赴き、望みの地所を見繕った

広くて、平らで、何より誰かが先に使っていない土地だ

もちろんそんな場所の選択肢は多くない

しかしちょっと工夫すれば理想にかなう場所ならいくつか目星をつけられた

次にその土地の使用許可を得ることだったが、この街の土地は全て国有地のようなもので、誰かの所有物にすることはできなかった

ザナドゥの物件が線路に覆いかぶさるように建てられているのは、それが土地を専有していない脱法建築だからだ

また我々が住居に対して支払っている家賃は、一度全部アネモイのところまで上がってくる

これが様々な予算に分配され、街に還元される

そういった事情もあって、手つかずの土地を利用するにはアネモイの合意が必要だ

幸いその一人は私

それも別に賭博場を作ろうとか、不法な集合住宅を建てようとかいうのではない

一周400m、高低差6m

160mのバックストレッチを持つオーバルコースに、厩舎と観客スタンドを併設した立派な

「競馬場じゃん」

「馬場!馬術を披露する場!」

「うちの馬はみんな坂には慣れてるから、このぐらいの高低差なら苦もなく走り回れるよ」

馬術部の部長はしゃがんで路盤の固さを確かめている


ここは学校の裏手の丘の上、高低差が大きく手つかずになっていた200mほど続く法面だ

ここを切土盛土して2つの平面を作り、どうにか平坦な直線とやや厳しいカーブを伴った坂で繋げた

実際競馬場というには少々窮屈な代物だ

法面の下から見上げると、河川敷と土手をつなぐスロープの部分だけ切り取ったみたいな構造に見える

「ここぐらいしか使える場所がなくて。全力疾走するには物足りないかもしれないけど、どうかな」

「十分だよ。ありがとうつむじさん」

「高天原専用ってわけにはいかなかったから、みんなで譲り合って使ってね」

「もちろん。みんな喜ぶよ」

馬場の造成はリリカポリスの土木課が請け負ってくれた

彼女らは半纏に股引といういなせな出職姿でよく働く

だがこの世界の人的リソースはこの街を支えるには圧倒的に足りない

またこの世界の工学技術では作り得ないもの、生み出し得ないものも数多く存在している

だからカ…リリカポリタンと同じで、この世界が仕組みを理解していないものは最初からそこにあったみたいに突然現れるのだ

たとえばバイクはどうやってできているかわからないが、家は大工が建てているところを見たことがある

従ってバイクは完成品が運ばれてきて店先に並ぶが、家は人手でもって作るまで完成しない

そんな具合だ

またそれが実現可能であっても、それを作り出すマンパワーが足りなければ世界の方が用意してくれる

本当の競馬場やサーキットだったら、書類を廻して朝目が覚めたら一夜城のごとく姿を表していただろう


「いやああああ!怖い怖い怖い!」

らしくない悲鳴とともにタービュランスに跨ったフレオが坂を駆け下りてくる

コースの全幅は25m程度しかない

土地に対してオーバルを斜めに配置したことで片方のコーナーは平面上に残せたが、もう片方のコーナーは6mを駆け下りながらきついRを曲がらなければいけないアクロバットコースになってしまったのだった

「流石フレオ様。お見事」

馬術部の部長は素直に感心している

「こんなところでレースなんかしたら死人が出ますわ!」

「大丈夫大丈夫。タービュランスはまだ余裕ある感じだったよ」

「ここすっごい怖いよ!崖みたい!」

とルネは法面コーナーの上まで駆けていって、坂の下の私達を見下ろしている

「修正の余地があるかなって思ってたけど、ちょっと想像以上だな」

「馬の方は大丈夫だと思うけどね。乗り手は怖い思いする子はいるかもね」

乗り物は安全、乗ってる人は怖い

これは

「…スリル、と言うべきじゃないかな?」

「…ははぁ。つむじさん、そういうこと」

「ちょっとつむじさん!何を企んでますの!?」

企むとは人聞きが悪い

「素人の私も馬に乗れたんだから、もっとみんな乗馬を愉しめばいいんだよ」

「下心が言葉に出てますわよ!」

「まぁまぁ。うちとしてももっと走らせてやりたいけどなかなか余裕がなかったし、アトラクションだとしても馬が体を動かす機会が増えるならいいことだよ」

「名前なんだけど、ジェットエクウスとギャロップコースター、どっちがいいかな」

「商売っ気出すのをおやめなさい!」


しかしアクロバット乗馬体験の噂は一瞬で広まり、話題の最新アクティビティとしてたちまち人気スポットになった

下りカーブの手前にはハードルを設置して、直線で乗ったスピードを殺すよう調整もした

「ハードルのお陰で大分簡単になったと思うよ」

コースや馬の手入れをしている馬術部は、もうどちらかというと遊園地の係員の仕事の方が多くなっている様子だ

でもそれを補って余りある余得が唸りを上げていた

併設の厩舎で出番を待つ馬達もたらふく飼い葉を食べ、他所の学校の馬と交流を深めている

乗合馬車を引いているよりずっと有意義だろう

「ヴァンルイエ、元気?」

斑のサビ模様の老馬だって休んではいられない

むしろ障害を巧みに突破し、落ち着いて動じない振る舞いでここの花形になっている

歯をむき出しにしてヒヒヒンと軽くいななく

忙しくしやがってと小言を言っているようだが、この様子だとまんざらでもなさそうだ

時々ギャーという叫び声とともに坂道で放り出された乗り手が吹っ飛んでいくのが見える

ヴァンルイエはヒッヒッヒとせせら笑うような仕草を見せる

馬の方も楽しんでいるのだ

どっちも死なないから許される遊びだ

しかしこうして見ていると、馬から振り落とされず満足に周回できるのはせいぜい5~6人に一人といったところだ

金を払った割に楽しめないと言われたら困るところだが、私達はこれにも先手を打っていた


「どう?どんな塩梅?」

「ああ、つむじさん。それがなんだか妙なんだよね」

厩舎の隣に作っておいた事務所の、更にその奥からしか出入りできない窓もない小部屋

馬術部部長は薄暗い裸電球が照らす黒板の数字を指して言った

「この子は郁金香の馬術部の子なんだ。何度か顔出してるから客にも面が割れてる。一番人気。ただこの新顔がひっかかるんだよねぇ…」

と無名の新人らしいダントツの大穴の数字を突付いた

「馬術部の集まりでは見たことないんだけど、なんか見覚えがあるんだよねえ…」

「やだなぁ、しっかりしてよ」

「いや、まあ…馬に関係してる子じゃないのは確かだよ」

このアクロバットダービーは馬ではなく騎手に賭けるゲームだ

落馬せずに一番早く周回を終えた騎手が勝利する

どうせ馬は全力疾走できない広さなので、実力差などほとんどない

騎手の体重や腕力にかかっているのだ

そして脱落者があまりにも多すぎるので複勝も意味をなさない

同時出走最大6頭なこともあり、1着だけを予想するシンプルなルールになっている

投票は面が割れている馬術部の騎手に集中しやすい

見返りは小さいが、誰だってわざわざ金を払ってまで敗北体験をしたいわけがない

当然胴元としてはオッズの低い一番人気に勝ってもらうのが最も儲けが多い

「まさかとは思うけど八百長じゃないよね」

「まさか。あの郁金香馬術部が手を抜けば素人でもすぐわかるよ」

パァン、というスターターピストルの音が聞こえてきた

慌てて飛び出してみると、案の定オッズの高い素人集団は最初の下りコーナーでみんな吹っ飛ばされて、あっという間に郁金香馬術部と新顔の一騎打ちになってしまった

「ああーよくない!よくないなぁ!」

「…あっ!そうか!あの子器械体操やってる子だ!」

「ええっ!?あーっ!やっぱり騎手のプロフィール聞いとかなきゃだめだったんだって!」

「今更遅いよ!ああ!もう!差せ!差せ!」

イン側を押さえられた郁金香馬術部は新顔にリードを取られたまま坂を駆け上がり、最後のバックストレッチに戻ってきた

ここまで来ると最早騎手の腕前も関係ない

あとは勝者の花道みたいなものだ

「イエーッ!」

新顔が拳を振り上げて先頭でゴール板を駆け抜けていく

郁金香は惜しくも…というほどでもない二着

だが手を抜いていたようには見えなかった

新顔に賭けたのはほんの3人で、投票券と引き換えに大量の万年筆のペン先を受け取っていた

そうすると彼女らは、そのペン先を近くにある小さな店に持っていく

そこには万年筆のペン先が何より大好きな女子が待ち構えていて、彼女らが持っていったペン先を一つ残らず買い取ってくれる

景品を万年筆のペン先にしたのは単価が高く、購買で買ったものを景品交換所に持ち込んでも儲けが出ないからだが、何よりいつも売れ残っていて豊富に手に入ったからだ

しかしこうして番狂わせが起きると少し困った事になる


投票所窓口の子が血相変えて事務所に駆け込んできた

「ヤバイよ部長!ペン先なくなっちゃった!」

「ちょっと購買行って取ってくる」

景品交換所で引き取ったペン先は再び購買に納入される

当然購買は卸値で仕入れる

私達はそれを丸ごと買うという約束で、市販価格より大分安く手に入れている

どうせ置いといても動かない商品だ、安く買い叩かれてもいくばくかの利益を生むなら断る理由もない

何よりこのサイクルを繰り返せば無限に利益を生むのだ

だが

「だからその購買のペン先がなくなっちゃったんだって!」

「なんで」

「知らないよ!とにかくこれ以上払い出せない!」

私は部長と顔を見合わせた

つまりさっき大穴に賭けた子達は景品を賞金に交換せず、万年筆のペン先をそっくり持ち帰ったのだ

賭け事で胴元が損するなんてことはありえない

ちょっと儲けが少なくなるだけだ

景品が3つの店の間を循環し続けてさえいれば

「…あり得ないって、売れ残ってるからあれにしたんだよ?」

「でも事実として賞金より金銭的価値が高い」

「だとしても、うちの景品交換所以外誰が買うの!?」

いかに需要が少ないとはいえ一応購買で扱っている商品だ

多分誰かが必要としている

それを私達が買い占めてしまったのだから、本当に必要としている人は困っているだろう

困っているだろうか?

代わりの筆記具なんていくらでもあるし、万年筆より安い

ある種の妥協を迫ることにはなるが、椅子や上履きがなくなったのではない

まあつまり、私達も同じように妥協すればいいことなのだが、ことはそう簡単ではなかった


翌日、部長と相談して今度は砂消しゴムを景品にすることにした

ただ万年筆のペン先程は調達出来ず交換レートを上げざるを得なかったが、こんなもの使いもしない予備を常備している人間はそういない

第一必要で持ってる人間は手放すまい

買い占めてしまえば新たに入荷するまでは通用するということだ


しかしその日は不入りで、いつまでもレースを開けずにいた

「今日なんかある日だっけ?」

「何も」

こんなあっさりと乗馬体験に飽きられたとも考えにくいし、やっぱり先日の新顔との関係を疑わずにはおれない

「今日さあ、変な噂聞いたんだよ」

事務所に顔を出した投票所窓口係の子は、挨拶もなしに切り出した

「鳩レースやってるって」

「鳩レース?」

人が鳩にまたがって飛ぶわけでもなし、鳩だけいれば成立する

アクロバットダービーのように馬に乗る人間を募るまでもない

「ただの賭け事じゃん!」

「私達が言えた義理じゃないけどね」

「うちはまだ競技性があるよ!」

「賭ける人達にしたらそんなのお構いなしだって」

水は低きに流れる

アクティビティなんてご高尚なことを言ってみても、ギャンブルの見返りの前ではなんの説得力もない

報酬を得るための方法は簡単な方がいいに決まっていた

しかし鳩なんて

だったらソースダービーでもやった方が元手も準備もいらない

「こっちは自分で操縦出来るのに…」

「つむじさんも自分でやってみてわかったろうけど、そう誰も彼も乗りこなせるものじゃないし」

まあ私だって直線を走れるようになっただけだ

このコースを走れと言われたら躊躇する

私は厩舎に立って飼い葉を食む馬達を眺める

「…こっちはある種の八百長が出来る」

「お客がうちに来てくれないんじゃ八百長も意味ないじゃない」

「宣伝なら任せて」


伊達に壁SNSなどという忌み子を生み出したわけではない

人気ひとけの絶えた夜半過ぎ、馬術部と連れ立って学校に忍び込み、壁に付箋を貼って世論を捏造した

『簡単に乗りこなせる』

『馬術部に勝った!』

『アクロバットダービーで彼女ができました』

馬術部部長は懐中電灯で照らされた壁を見ながら、目の焦点は遠いところにあった

「我ながら阿漕だ」

「でもまず馬に乗りに来てもらわなきゃ」

「つむじさんのそういうところ、本当に感心するよ」

「…どういう意味?」

「当初の目的は忘れてないところ。ただ鳩より繁盛する賭場をやろうとしてるんだったら、私もここで手を引いたよ」

もちろん鳩より繁盛する賭場をやるつもりでいたが、ここは黙っておこう


翌日

ぼちぼちだが壁SNSの効果は現れていた

だがまず、それが噂に違わぬ評判であることを実証して見せなければ客足は続かない

「よーしお前達、今日は一見さんに花を持たせてやってよ」

厩舎に控える馬達に今日の計画を伝える

「…通じてるかな?」

「通じてても言う事聞くかどうかは本馬次第だし」

皆口々にヒヒーンといなないている

「とにかく最終コーナーまではお客さん放り出さないようにね」

要は馬達に少しセーブしてもらえば、僅差の勝負に持ち込める

今までは客を楽しませるという視点が足りなかったのだ

別な意味では十分お楽しみ頂けたはずだが、そっちは損する人もいたわけで

「それにしても、あれだけあったペン先何に使ったんだろう」

「うちではもう換金出来ないし、在庫捌けるほどの需要はないだろうし、ただこっちの商売を潰すためだけにやったんじゃないかな」

「わざわざ馬術部に勝てそうな人間を動員してまで?」

騎手にも賞金が出ているので、勝てるならアクロバットダービーに出続ければいい

鳩レースがどれほど儲かっているか知らないが、鳩の気まぐれよりは見込みがあるはずだ

そもそも誰が?という視点もないではなかったが、この時点ではまだ私達と同レベルの集まりだと思っていた

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