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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第48話

登場人物


つむじ

根府川生まれ小田原育ち、頭のいい奴は大体友達。

…だったはずだが、本命の大学に滑って、夢見ていたのとは違う大学生活を送る。

その後地味な努力が実を結び、中央省庁からの天下り役員を抱える程々の規模の食品卸に入社。

しかし青春時代のやり残しが今も尾を引いており、その躓きから自分の望みは叶わないのではないかというトラウマを抱えている。

人の心がわからないわけではないが終始分析的で、ものすごい恋愛音痴。

いつも通り仕事に疲れて帰宅したある日、思いがけず永遠の街リリカポリスに導かれてしまった。

本編主人公。


ルネ

リリカポリスに落ちてきたつむじを拾って、自分の家に住まわせている。

つむじの名付け親。

いつ頃からこの街にいたのかわからないほど古くからの住人で、つむじにこの世界についての知識を与えて支えている。

読書と植物が好きな世捨て人で、つむじと一緒に暮らすまでは掃除も洗濯もろくにしなかった。

つむじが女王になってからは、傍らで職務を補佐している。

好き嫌いはないが甘党で、自身からもいちご味のミンティアみたいな香りを漂わせている。


フラウタ

リリカポリスの統治機構、アネモイの筆頭。

この世界の実質的な首脳に相当する。

7年前リリカポリスに現れ、しばらくは高級娼婦として街の有力者と関係を持っていた。

フラウタを懇意にしていた先代から女王の座を手渡され、以降この街を治めている。

この街で目覚めたつむじが最初に出会った人物だが、何故かフラウタはつむじのことを覚えていた。

本名は宮比凪みやび なぎ


フレオ

真昼の女王を自称していたが、その行き過ぎた振る舞いから昼下がりの女王と揶揄されていた。

つむじに影を踏まれたことに激昂し決闘を挑むが、つむじの持つ力によって敗北を喫し、女王の座を明け渡すことになってしまう。

元は80年代に活躍したアイドルで、恋していたマネージャーに裏切られ、ホテルから身を投げてこの街に落ちてきた。

真面目で厳格だが、女王でなくなってからは失った青春を取り戻すように自由を謳歌している。

つむじの補佐官となった今も女王官邸の執務室で寝起きし、電車で学校に通っている。

輝くような毛並みの愛馬、タービュランスを駆る。


らん

下位のアネモイの一人。

一服寺女学館の生徒で、裏の街で暗躍する忍者集団の頭目とされる。

常に白木の長ドスを携え、歓楽街の奥にあるチンピラが屯するようなバーにも顔が利く。

これでも女王の中では気さくで人並みの感性を持ち合わせ、つむじに近い存在。

つむじの足取りを追うために様々な手を打つが、何者かにことごとく潰されてしまう。


あゆ

上位のアネモイの一人。

Théâtre Le ciel(天国の劇場)という劇団を主宰する舞台役者。

マニッシュなルックスに気障な物言いだが、子供っぽいところもある。

いつもの癖でつむじの唇を奪ってしまい記憶が蘇ったが、自身の過去を「生き地獄」と言い、そのことを自覚しながらもこの世界を満喫している。

后を娶っており、リング上の結婚式ではつむじがブライズメイドを勤めた。


ルー

上位のアネモイの一人。

ザナドゥと呼ばれる歓楽街を治める放課後の女王。

先代が手放した女王の座を実力によって勝ち取った。

ダンスホールを経営しており、自身もショーに出演するなどして客を楽しませているエンターテイナー。

小学校低学年ぐらいの背丈しかなく、頭の上にうさぎの耳が生えている。

先代女王は現在学校教師をしており、付かず離れずでルーを見守っている。


ヴェーダ

上位のアネモイの一人で、夜の女王。

銘酒屋めいしやという娼館が立ち並ぶ色街を牛耳っており、かつてはフラウタも配下の店に擁していた。

きつい印象の強面だが、プライベートではフラウタに嗜虐されることを好んでいるマゾヒスト。

元は凪を担当していた看護師で、フラウタからはその時の名前で上田さんと呼ばれることがある。

本人は記憶が戻っていないので、何のことだかわからず訝しんでいる。

フラウタがつむじに熱を上げているのが面白くない。


ゾンダ

下位のアネモイの一人。

自警団という警察組織の総長。

200人あまりいる団員は帯刀し、街の治安に目を光らせているが、一部では道化扱いされている。

常に儀仗服にサーベルという出で立ちで、女王としての公務は后のプエルチェが行うことも多い。

「チューリップの飛ばし屋」の異名を持つスラッガーでもあり、指名打者とはいえ打率10割を誇る。


カルマ

下位のアネモイの一人。

丁夜の女王と渾名され、丑三つ時を支配しているが、誰もその姿を見たことがない。

カーミラと呼ばれる吸血鬼集団を操っていると目され、要注意人物として警戒されている。

この街のどの支配構造にも属さず、夜の街を我が物にしていると考えられている。

つむじ一人を誘い出して、友達になりたいと明かした。


ビゼ

あゆの后。

あゆよりも背が高い、黒髪ポニーテールのスレンダー美人。

劇団の次席を務める。

あゆには何でも言って粗暴に扱うが、誰に対しても同じような物言いはせず、相手がつむじでもちゃんと言葉を選んで接する。

得意技はトップロープからのプランチャー。


プエルチェ

ゾンダの后。

公務の代行をすることも多い事務方だが、自警団でもナンバー2にあたり、直接指示を出すこともある。

夢はゾンダとの間に子供をもうけること。

配下の団員からは姉御と呼ばれている。


アイゼ

通称アイちゃん。

つむじが最初に入居した学生寮、袋風荘たいふうそうでのルームメイト。

大型犬のような人懐っこさと、子供の素直さを持った女の子だったが、つむじの力で失っていた記憶が蘇ってしまい、自分の過去に苛まれる。

袋風荘を飛び出してからは銘酒屋の娼婦に身を窶しているが、以前とは違う陰のある趣で人気を博している。

寝るときは裸族。


ブラン

自警団の一部隊を率いる隊長。

擦り切れた学ランにほつれた外套、何で切ったかつばに切れ込みが入った学帽を被り、木の便所サンダルを鳴らして歩く。

枯れ木のように細い体とは裏腹の腕っぷしで、感覚も鋭い自警団一の剣客。

黒い漆塗りの長ドスを下げており、つむじの護衛を仰せつかっている。

カーミラの一人、チョコとは因縁がある。

甘党で下戸。


キャッツ・ポウ

つむじがこの世界の住民に追い回されていたとき、逃げ込んだ銘酒屋で客を待っていた娼婦。

つむじの同級生でもある。

違法就労者の雑居房のような下宿を住居としてるが、オフのときに寝に帰るくらいでほとんどは銘酒屋のベッドで生活している。

勉強は結構出来るが、仕事を優先しすぎて遅刻したり単位を落としたりするため、補習の常連。


ファンシャ

学生達の互助会、ウニベルシタスの代表者。

時代遅れのお上りさんのような見てくれをしており、押しが強い行動派。

硬軟左右が渾然一体のゆるい組織であるため、どこかに利益が集中するような要求はないが、圧倒的な数を武器に学生の生活向上に邁進している。

かつてはフレオの支持母体だった。


ヴェル

ルネをプラッドから守るために、ファンシャの奇策に動員されたウニベルシタス会員の一人。

柔らかい物腰で人当たりがよく、誰にも丁寧に接する。

行動をともにするうちに、つむじ以外親しい友人のいなかったルネも打ち解けていく。

ヴェーダの補佐官の一人でもある。


山風やまじ

嵐の忍者衆の一人。

つむじの動きを追跡している。

大体障子の向こうにいて、姿を見せない。


黒青シイ

嵐の忍者衆の一人。

補佐官として表立って行動している。

嵐には立場を超えて厳しい言葉を投げかける。


チョコ

カルマが隷下に置いているとされる、カーミラの一人。

ルーほどではないものの小柄で、見るからに子供のような姿だが、ブランをも凌ぐ極めて高い運動能力を有する。

かつてブランの同門として剣術を学んでいたが、カルマの眷属に堕したため免許皆伝には至らなかった。

知恵もよく働くがとにかく自制心に乏しく、金を使い込んだり好物に釣られたりする。

鏡に映らないため寝癖が直せない。


ハル

カーミラの一人。

チョコとは別な指令を受けており、つむじを追跡する嵐を遠ざけるため、祭りの屋台に火を放つ。

度々挑発的につむじの前に姿を表すが、人相は確認されていない。

指令を遂行するためには強硬な手段も厭わない。


温室の女の子

小路を分け入ったところにある温室で寝起きしている、小さい女の子。

見た目とはかけ離れた大人びた物言いをする。

つむじの力に依らず過去の記憶を持っており、数少ないテレビの話題が通じる相手。

白い狼と同居?しているが、飼っているわけではない。

しょっちゅう外に出かけているらしいが、温室の外で出会うことがない。


白くて大きい。

野犬と間違われて町の住民に警戒されていたが、対処を頼まれたつむじに制服のタイを与えられ、飼い犬と認識されるようになった。

人の言葉は理解しているようだが、特に従ってはくれない。

温室の女の子は否定しているが、道に落ちているおやつを食べている。

ささやかなる青春と冒険の夏休みは、あっという間に終わりを告げた

あなたは狙われている、と言われて真に受けなければいけない時が来ようとは、生きてるうちは考えたこともなかった

そう、もう死んでるのにこんな目に遭ってる

最近神様の魂胆が少しわかってきた

人として生を受けたからには、ありとあらゆる困難を乗り越えろというわけだ

君、まだこのハードル越えてないでしょ?じゃあ飛ばなきゃ(笑)

神様はきっと嫌な上司みたいな奴に違いない

こんなのに救いを求めてる人たちは本当に気のどk


ただ悪いことばかりではなかった

ある種の特権にありつけただけでなく、みんなの耳目を集めてちょっとばかりいい気にさせてもらってもいる

身寄りのない私を拾って住まわせてくれる物好きもいるし、生活に困るということもない

おかげさまで小金も稼げている

そしてちょっとだけ、雲の上の存在だったフラウタ様とお近づきになれた

…気がする

とにかく物事は前進している、ちょっとだけ


夏休みに何かを乗り越えて前に進んだ人は私だけではない

慎ましかった子が急に派手な格好になってキャラ変してしまったり、意外な二人が腕を組んで歩くようになっていたり

仲の良かったグループが他のグループと離合集散し、部活動からベテランが抜けて頼りない後輩が新たなエースを仰せつかる

では我々アネモイは?

私は嵐とまた少し仲良くなったり、ルーを見る目が変わったりしたが、組織としてのアネモイに何ら変わるところはない

依然として女王の仕事のほとんどは御用聞きだ

下々から陳情を受け付けて会議に諮る

妥当な要求は多数決によって合意が示され、解決が指示される

したがって、みんなに変化があると要求にも変化が生じ、ひいては我々の意思決定にも様々な影響が及ぶ


「…で、準部活動の活動内容を体験する、課外授業を提案したいと思います」

スポールブール研の哀願するような顔は忘れられない

正直言うと、待っていても部員が集まるとは思えない零細部活動には焼け石に水だろう

それでもいっとき幸福な時間を得ることは出来るかもしれない

死んだり血を流したりすることなく、いつまでも若いままの体で一番いい時代を繰り返せる、それがこの世界だ

だがそれは誰も傷つかないということではない

癒やす時間も試す時間も、無限にあるというだけのことだ

それこそ猿がシェイクスピアを書き上げるのを待つことだって出来るくらい

だからといって、待たされている人間の時間を無為なものにしてしまうのは殺生というものだ

その辺のところをひとくさり、畏まった文句でまとめて同意を訴えた

「では決を…賛成6、棄権1、賛成多数で合意とします」

棄権は丁夜の女王、カルマ様だ

代理人として補佐官の一人が出席しているが、この場では判断しかねるとして棄権した

私とお友達になりたいというのだから同意してくれてもよさそうなものだが、仕事は仕事

何か譲れない領分があるのかもしれない

議案を提出した当人は多数決に参加せず、奇数から決を採ることでなるべく玉虫色の決着をしないようにしている

「つむじは持たざるものの味方だねぇ。偉い偉い」

らんの提起した議案は『鉄道の管理負担配分に関する提案』だった

ほとんど電車を使わない一服寺が他の2校と同じ負担を迫られるのはおかしい、というのだ

駅務係は各校から当番を立ててやりくりしているので、まあ確かに駅前にすべてが揃っている一服寺にしたら、使いもしない鉄道の管理に人を割かれるのは不服だろう

ただこれは賛成2、反対5で否決されている

それもまた道理

「嵐のとこは色々大変そうだね」

「一服寺から出てるアネモイは私だけだからね」

嵐は一服寺の期待を一身に背負っているというわけだ

会議ではいつも疲れた顔をしている

どの学校も公平にといっても、やはり身近な女王に声が集まるようになってしまう

一服寺は独立自尊…というか自給自足というか、まあとにかくあまり他所に頼らない校風だ

協調性が低い、ともいう

そのせいかどうかアネモイを輩出することにはあまり熱心でないらしいが、一方で嵐の一枠は貴重な権力基盤でもある

なので他の女王達と図って議会工作をしたりもする

工作というと聞こえは悪いが要はギブアンドテイクだ

私が高天原写真部に莫大な利益をもたらしたことは周知の事実であり、他の部活動からも知恵を貸してくれとせがまれることは引きも切らない

当然陳情は他の2校からも持ち込まれ、中には他の女王の抱える案件との利害衝突を生じるものもあった

アネモイの中に序列はあるが、一票の重さは全員等しい

だから常に多数派工作の下地が必要になってくる

私も今回の件に賛成する見返りに、課外授業の件で嵐に賛成を投じてもらった

嵐のように工作が奏功しないこともあるが、みんなの意見を折衷して運営されているのがこの街なのだ


今日の総会は高天原で執り行われている

より正確に言うと、今日”も”だ

持ち回りが原則ではあるが、そもそもフラウタ様・あゆ様・ルー・私、そして聞くところによると、カルマ様までもが高天原から輩出されているアネモイだ

必然的に順番が多くなりがちなのは致し方ない

議長が未決の書類トレーから新しい議案を取って読む

「えー…では次の議案、カルマ様の召喚についてです」

来るものが来た

これはゾンダ様が提起した議案だ

カーミラによる治安紊乱は見過ごせない…というよりは、出し抜かれたことに対する沽券の話にも聞こえる

これが可決されるとカルマ様を私達の面前に引きずり出すことが出来る

出てこなければアネモイでなくなってしまうが、カリスマで持っている人間の肩書だけ奪っても組織は何も変わりはすまい

女王という格だけであんなふうに人がついては来ないだろう

それにカーミラ達を従えているという話は公然の秘密だが、確証を持って唱えられているわけではない

表向きはあくまでも謎の吸血?鬼集団

まあわからないなら問い質してみればいい、というだけの話なのだが…

私だって顔を合わせてはみたいが、人前に出れない事情があるという人をこんな方法で担ぎ出すのがフェアだとは思えない

私一人反対したところでどうせ意味がないんだし、代理人が来ている手前ここは反対票を投じて敵意がないことをアピールしておきたいところだが、他のみんなにはなんと言い訳したものか

「では決を」

困った

どうしてこういうことは都合よく解決してくれないんだ

「ちょっとつむじ…」

焦れた嵐が私の肩を揺する

「私は…」

膝の上で握り締めた手の甲をじっと見る

「どういうことですか!?」

ほらきた

ゾンダ様の詰る声に顔を上げると、しかしその矛先は私に向いてはいなかった

「賛成3、反対4。よって本件は否決とします」

カルマ様の代理は当然として、私、フラウタ様、そしてヴェーダ様までが賛成に手を挙げなかったのだ

議長は感情こそ顕にしなかったが、フラウタ様を一瞥してから書類に否決の判を押してトレーに重ねた

「ここへ呼び出して問題が解決するなら、彼女に一言尋ねれば済むはずでしょう?」

とフラウタ様は言う

言って素直に従う聞き分けがあるなら、事実を問えば済む

だがカーミラに関してシラを切っている以上、最初からここに呼び出す意味はない

それともこの場で「関係ありません」という言葉を引き出せばそれでいいのか?

そして私達の前に現れなければ、私達の言うことを聞かない無法者が世に放たれ、カルマ様の正体は文字通り闇の中だ

いずれにしても、辞めさせてしまってからでは打てる手の選択肢が減る

「しかし…!」

「第一、私達は誰もカルマの姿を見たことがないのよ?別人を寄越してもわからない。そんなカルマをアネモイとして認めたのは外でもないわたし達じゃない」

まあ、そういうことだ

私はその決に参加していないけど

しかしそんな正体不明の人間をどうして女王にしたものか

権威を女王なんてあだ名で呼ぶだけあって、この世界はやっぱりどこか封建的なところがある

ただ今まで見てきた感じだと、女王というかマフィアのドンだ

選択が間違いであったのなら別の誰かに席を譲って正すことが出来るはずだが、しがらみのない新しいアネモイでは先代の縄張りを掌握できないだろう

ルーだって選挙で選ばれたとは言うが、候補になったのはホールの支配人だけだそうだ

フレオがどこかに特別肩入れしなかったのも、そういう枷を嫌ったからなのかもしれない

お陰で私でもなんとかあとを継げている

ゾンダ様の抗弁も虚しく、否決は否決のまま総会はお開きとなった


「つむじ!なんでカルマの肩を持つ!」

閉会後、真っ先に私に食って掛かったのはルーだった

「いや…まさか否決になるとは思わなかったし、私ほら、カルマ様のことよく知らないから…」

「しかし君は被害者の一人だろう。体面を潰されたんだぞ」

あゆ様も召喚を支持した

あゆ様の背後関係はあまり詳しく知らないが、単純に社会正義に忠実でありたいだけだと思う

結局祇園で起きた椿事はボヤ騒ぎだけだった

…まあ私が行方不明になったりはしたが、プラッドの時と違って気を失わされたわけでもない

世間的に見れば私がカルマ様に一杯食わされたことになるが、本人は友達になりたいと言ってるだけだし、無碍にも出来ない

我ながらちょろい

ルネに危機感が足りないと怒られそう

「つむじさん、カルマに気を許してはいけません。あなたはまだ目の当たりにしていないだけで、彼女が糸を引いている大事小事は枚挙に暇がない。つむじさんには悪いが、今回のことは彼女を追い詰める絶好の機会だったんです」

ゾンダ様も加わって、二次会が始まってしまった

これ私のせいって言ってるよなぁ…

でもここで追い詰めると言っても、先述の理由で政治的パフォーマンスに終わってしまう

「今まで尻尾も掴ませなかった人を追い詰めたら、今度こそ誰にも見えないところに隠れてしまうわ」

フラウタ様が加勢に来てくれた

…暗に自警団が不甲斐ないと言ったようにも聞こえる

「…相手が女王でなければ、もっと踏み込んだ手が打てます」

「物騒よゾンダ。狐を捕らえるのに森を焼くつもり?みんなも過度な追求は謹んで」

「呑気だね。私達は後手だ。その上君達までカルマの味方をしてしまっては」

フラウタ様は会議室を振り返った

カルマ様の代理人である補佐官はとっくに会議室から姿を消している

「あゆの言う通りわたし達は後手に回ってしまったわ。それに今回の発議でもう既にカルマを警戒させてしまっているでしょう」

「ゾンダが性急だったとは思わないけどな。大体我々が直接事を構えなくても、またどこかに火を着けるかも知れないじゃないか」

「それよ。あのとき何故出店に火を着けたのか。つむじさんを狙っただけなら、わざわざボヤ騒ぎに人の目を釘付けにするまでもないわ。真正面からブランの相手をして、つむじさんを罠にはめることが出来るんだから」

みんなそこには言及してこなかった

私がハルのことを伝えていないからだが、厳密に言うと少し違う

事実チョコちゃんはブランを出し抜くことが出来る

しかし私の行動を追っていたのはチョコちゃんだけではなかった

だからハルは私以外に注目しなければいけない出来事を起こす必要があったのだ

でもハルが注意を殺ぎたかったのは、あのときボヤにかじりついていた野次馬ではない

二次会の輪には加わらなかったが、会議室を去らずに残っていた嵐にみんなの目が向いた

「…私には心当たりは、別に」

嵐はバツが悪そうに顔を背けた

「でもあなたが標的でなかったとは言い切れないわ。あの場でボヤを起こされて一番困るのは、一服寺の人間で、しかも防災責任者だった、あなたよ」

そして私を密かに追跡していたうちの一人だ

ハルは嵐を私から遠ざける必要があった

カルマ様の証人は私一人でなくてはいけなかったからだ

みんなはそれが原因だとは思っていないが、少なくとも嵐は自覚があるはずだ

「ザナドゥには一服寺とケンカしたくてウズウズしてる奴がごまんといるんだぞ!」

カルマ様は、女王達の間にはある種の緊張が存在している、と言った

嵐やルーが背負っている街の事情だとか、こうしてカルマ様の扱いに関して意見が分かれたのもそうだろう

…そして私の能力の取り扱いについてとか

「わたし達が不用意に動けば、揉め事を起こしたい人にきっかけを与えてしまう。だから女王各位は売られた喧嘩を買わないこと。ブランもつむじさんの勇み足を止めるくらい出来るでしょう?」

「最近自信がありませんでね」

ブランは会議にもついてきていたが、ずっと窓辺に片膝で腰掛けて外を眺めていた

晩餐会でまんまとしてやられて以来覇気がない

いつ来るかもわからない、見えない敵に四六時中気を払っているのだから十分大したものだが、そう言ってもブランの気休めにはならないだろう

「それで、またカルマが好きにするのを待つつもりなのかい」

「きっともう何も起きないわ」

「希望的観測は困ります」

フラウタ様が私に向き直った

うわ、そうだよなぁ

このまま放免てわけにはいかないよなぁ

「つむじさん、あなたがカルマを吊し上げるつもりはない、というメッセージは向こうにも伝わったでしょう。だからカルマがあなたを呼び出したことの意味をよく考えてみて」

お友達になりたい、という話はあの場にいない人からしたら社交辞令に過ぎない

本音は別なところにある

私の力を欲しがっているのではないかと

他の女王はそう考えているだろう

なんだったら私だってそう思っている部分はある

でも、私の力に言及してなおそれはいらないと言ったカルマ様を私が信じなかったら

私しか信じる人がいない言葉を

それは利口な判断であるかも知れない

同時にその時絶対、裏切られたと思っている私がいるはずだ

なんというか、プラッドやカーミラに追われて疲れてしまったのかも知れないが、この世界ではお人好しでいる方が幸せだと思い始めている

もちろん信じて裏切られたら、失う感情は大きい

思う壺

でも私の力は分け与えられない

カルマ様も私を騙して得るものはない

この天賦の能力は人の目の色を変えてしまう

それに興味がないと言ったあの人を、私が信じるのは尊いことではないか

「カルマ様は何もしないと思います」

「つむじさん!」

私に詰め寄ろうとしたゾンダ様を、フラウタ様は軽く手を上げて制した

「ゾンダ、あなたが好戦的になればカルマは必ず動くわ。わたし達が何かするのを待っているのは、カルマの方よ」

再三自制を求められているゾンダ様は口惜しそうな表情をしているが、実際過ぎたことをすれば火に油なのはわかっているはずだ

「…いいかしら?では、今日は解散」

フラウタ様は今日の結論をみんなに言い含めると、ヴェーダ様を伴って会議室を後にした

…ヴェーダ様はゾンダ様の議案に反対したが、一言も発さなかった

火を点けられた金魚すくいの屋台はヴェーダ様の管轄だから、直接の被害者でもあるはずだ

フラウタ様に同調を頼まれたからだろうが、本当にそれで納得しているのだろうか

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