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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
71/93

第45話

迎賓館のつくりは謎だ

外から見るよりたくさん部屋があるように感じる

私達はひとまずその控室の一つに押し込まれた

入口にちゃんと”つむじ様控室”と書いてある

すごい

芸能人みたい

元芸能人のフレオはザナドゥのディナーショーに呼ばれている

どういうものだか業界の話を聞いてみたこともあるが、私が生まれる前の人の話ばかりでよくわからなかった


控室の中は昔の映画で出てくる楽屋のような感じだ

美容室と同じで時代がかってはいるものの、大体近代的なものと同じつくりになっている

作り付けのテーブルに鏡が並んでいる

部屋の中のトルソーには例のウェディングドレスが着せ付けられていた

私が選んだ赤いドレスと、タキシード一式も

「つむじ様、お召し替えをお手伝い致します。こちらへどうぞ」

控室には私達3人の他にスタイリスト2人とファンシャもいて、6畳間くらいの空間が大分窮屈だ

「もう既に見た顔が入ってきてるわ。ここは人払いさせてるけど、そのドアを出たらもう晩餐会が始まっていると思って」

「こういうのをファンシャに聞くのはフェアじゃないと思うけど、誰に注意したらいい?」

「そうね…常に多数派工作をしてて、女王を何人抱き込むかで趨勢が変わってくるような連中、要するに競合する相手がいる勢力はあなたの立場に影響するわね」

「それ見ただけでわかる?」

「話したってわからないわよ。だから逆に話してわかる相手はあなたの判断で好きにしたらいいわ」

「この街の権力争いって、ザナドゥと一服寺みたいな?」

「そんなにシンプルじゃないわ。あなたに分かる範囲だと、ヴェーダとルーは一部で利害対立がある。ザナドゥの中でも複数の部会があって睨み合ってるけど、ルー以外の女王を味方につけて意見を通そうとしたりしてるのよ」

「それでヴェーダ様に助力を乞うてるわけか」

「でもヴェーダはザナドゥでは外様だから、他の女王の力添えも必要と、そういうわけ」

ずっと気になっている疑問を聞いてみたい気がするが、私がどこまで把握しているかをファンシャに知られるのは得策でない気がする

ざっくりめに行こう

「カルマ様は?」

「カルマは誰とも組まない。特定の生業に支持されてるわけでもないし、夜の商売にも関わっていない。私は例の放火事件もカルマは無関係と考えてるわ。物々しい人達の考えは違うようだけど」

とタキシードを着せつけられているブランを見る

もう好きな子をいじめたくなる人のムーブじゃないのこれ

「お前達は現場を感じていないからわからないだけだ。犯人ホシは間違いなくカルマの眷属だ」

「はいはい、今日は揉め事起こさないでね」

「何だと!」

「まぁまぁまぁ!」

血の気が多い人間の手綱を握るのは疲れる

だがもし今日のような場でひと暴れされたら大事おおごと

プラッドやカーミラが紛れ込んでいたら…まあでも何かするんだったら騒ぎにはしないような気がするな

可視化されていない面倒事の舵取りの方が大変だ


たっぷり一時間以上かけて私達のお色直しが完成した

髪はアップにするのかと思ったが、ストレートアイロンで器用に縦巻きを作って、いつもの一つ縛りがゴージャスにボリュームアップされた

ブランもタキシードでキメて、ベルトで腰にドスを吊るしている

そして私が選んだ鮮烈な赤のドレスに身を包んだルネは、肌の白さが際立って見える

「覚悟はいい?」

そう言って、ちょっと成金っぽいフォーマルなドレスのファンシャがドアに手をかける

ルネとブランに目配せして、静かに頷く


ドアの外にいたのは欲にまみれた有象無象…ではなくて、濃紺のおしとやかなドレスのプエルチェ様だった

「素敵ね、つむじさん。一緒に行きましょう」

プエルチェ様の向こうでは、廊下で通せんぼしている自警団らしい人影が見える

「あの…もしかして私のために…?」

「ゾンダからつむじさんに悪い虫がつかないようにと仰せつかっているの。私もこういう場って得意じゃなくって。連れがいた方が助かるわ」

「いえ、こちらこそ!お気遣いありがとうございます」

「オレがついてますから、姉御は好きにしてもらっていいんですぜ」

「姉御はおやめ、ブラン」

「これは失敬」

なんとなくプエルチェ様の立ち位置が垣間見える

「つむじさん」

ファンシャが耳打ちしてきた

「しばらくは凌げるでしょうけど、気を抜かないで」

なんでいちいちプレッシャーを与えてくるんだ

こっちだってわかってるわ

廊下を歩いてホールに近づくと、ざわめきが伝わってくる

人払いしていた自警団員が後ろに引いて私達を通すと、早速知らない人達が寄ってきた

「ごきげんよう!つむじ様、プエルチェ様!」

「ご…ごきげんよう」

「ごきげんよう。今からパンチ飲みすぎないで」

「うふふ。嗜む程度ですよ」

「やあ、つむじ様!これはまた艶やかなドレス姿で!プエルチェ様も相変わらずお美しい!」

「あ…ありがとう…」

「お上手ね。会う人みんなに同じこと言ってるんでしょう」

「いやいやとんでもない!」

一瞬で胸焼けしてきた

もう帰りたい

「つむじさん、いちいち真に受けてたら身が持たないわよ。社交辞令社交辞令」

「は…はぁ…」

プエルチェ様は場馴れしてるからいいかもしれないが、私からしたら社交界デビューなのだ

「ずるいわよね。向こうはこっちの顔を知ってるのに、私達は知らない。でもああして挨拶されたら会ったことにされてしまう。でも忘れないで。それを決めるのはあなただっていうこと。女王にはそのぐらい許されるわ」

「私なんかがそんなことして、不遜に見えないでしょうか…」

「女王が誰に遜るの?もっと胸を張って」

言われてみればそういうことなんだけど、私はこの街の権力構造の頂きにいるのだ

全然自覚がわかない

フレオが立場に頑なだったのも、不用意に下々と懇意になると、この権能をも不用意に与えてしまうことになるからだ

「今ここに入ってきてるのは一種の特権階級ばかりよ。もみくちゃにされないのは今のうちだけだから、飲み食いはお早めに。それじゃあね」

と、通りすがりのウェイトレスからカクテルのグラスを一つ奪うと、顔見知りらしい相手を見つけたのか離れていってしまった

「今姉御が話してるのは一服寺問屋会の元締めですよ。色々と良くない噂がありましてね。こんなところ、他にも叩けばいくらでも埃が出るような連中ばかりです。だからああして釘を刺して回ってるんですよ」

夫は街に、妻は社交場に目を光らせているというわけか

夫婦か

普段家でどういうことをしてるんだろうな、などと考えてしまう

実際婚姻らしい婚姻をしている人はゾンダ様とあゆ様しか知らないが、こういう場に来るような大物は大なり小なり似たような関係性を持っているのではないかと思う

だってみんな着飾った連れを伴っている

多分この世界においては、妻を娶るということは勝者の嗜みなのだ

高級腕時計、タワマンの上層階、スーパーカー

ここでは貞淑な妻がそれだ

そして貞淑な妻が何よりマウントを取れるものは権力を持った夫だ

ビゼ様がいないこの場では、女王の次に強いのはプエルチェ様ということになる

「つむじさん、ボーッとしてないで。紹介したい人がいたわ。来て」

それに比べてファンシャはビジネスマンの振る舞いだ

コツコツコツコツとお構いなしにヒールの音を響かせて歩き回る

損得勘定がはっきりしている

得意ではないが、こういう人間の方がまだ付き合いやすくはある

それからファンシャの知り合いらしい人物数人に面通しさせられたが、どの人とも顔と名前が一致するほどは話せなかった

ファンシャは新しく生まれた子犬を見せて回るみたいに、矢継ぎ早に私を引き合わせる

「とりあえずこの場は顔見せよ。他の連中より先に挨拶したっていう既成事実さえあればいいの」

「ファンシャはそれでいいかもしれないけど、私の立場はどうなるの」

「これはフレオからの言伝なの。引き継ぎだと思って」

「フレオもそういうコネがあったんだ」

「貸し借りはなくても、面倒見なきゃいけない界隈ってのがあるものよ。さて…目に付く範囲では用は済んだわ。パーティ楽しんで」

言うが早いか、ファンシャは人の渦に消えようとしていた

「待ってよ!あとどうすればいいの!?」

「関わりを持つとまずい人間はオレが把握してますよ。ま、一杯やりましょう」

とブランは通りすがりのお盆からシャンパングラスを2つ取って、私とルネに手渡した

「ブランは飲まないの?」

すると近くのテーブルから炭酸水の瓶を持ってきて栓を開けた

「下戸でしてね。乾杯」

ブランが掲げたペリエに私達もグラスをカチンと合わせた

とても楽しむ余裕のない夜が始まった

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