第42話
フラウタ様とまではいかないが、ブランの仕上がりは見違えるようだ
目を離すとすぐ髪を掻きむしってせっかくのセットを台無しにしてしまうのだが、幸い四六時中私のそばにいなければならないのでこっちも目を光らせていられる
「明日の晩までの辛抱」
「殺気を感じ取れないんですよ、髪がこう…まとわりつくと!」
帯電防止のブラッシング用スプレーなんて都合のいいものはまだない
ブランのばさばさだった髪をふんわりしたロングカールに加工するのは難工事だった
しかしその甲斐あって藪睨みのファッションモデルのような、洗練されていてなおかつハードなルックスになった
美容師達はなんとチョコちゃんの下僕であった
吸血鬼に血を吸われると自分も吸血鬼になってしまうというのが定番だが、この世界で血は吸えない
だから盟約でもってチョコちゃんに付き従っているわけだが、なんと言ってこの子達を手籠めにしたのか
「手籠めとかそんなんじゃないですって」
「チョコが困ってると、助けたくなっちゃう」
本人の魅力?だというのか
「チョコちゃんの手下になって、何か見返りがあるの?」
「私もいつかカーミラになって、カルマ様にお仕えできるの!」
宗教的なアレかなあと思ったがよく考えるとそうではない
チョコちゃんの下僕が何人いるか知らないが、少なくともここに2人いる
この子らがカーミラに昇格すると、多分この子らも下僕を手に入れるのだろう
そうしてどんどんカルマ様の眷属が増えてゆく
まるでねずみ講だ
と同時に、これがブランの言っていた”細胞”の構成員だ
カルマ様から直接の指示はないが、カルマ様の命を受けたチョコちゃんがこの子達に目標達成のため独自に指示を出す
もちろん全ての細胞が同じ機能を果たすわけではないだろう
そして細胞がお互いの働きを知らなくても、カルマ様が把握してさえいれば組織全体をコントロールできる
やばい
なんだこのテロ組織は
カルト集団は
洋館の子達がそれぞれをよく知らなかったのは、それぞれ別なカーミラの下僕だったからだ
夜の窓ガラスに姿が映っていたのもそういうことだろう
彼女らはまだ吸血鬼ではないのだ
カルマ様がどうやって彼女らをカーミラたらしめているのか知らないが、この世界のことだから信心でどうとでもなるのだろう
もしかして、私の加護があれば空が飛べると言ったら、私を信じた子は空を飛べるのだろうか
私がそれを信じていないから無理だと思うが、理屈としては多分そういうことだ
「よくこれが今まで表沙汰にならなかったね」
「こいつらが表立って何かすることがありませんでしたからね」
「…私のせい?」
「だとしても一線を越えたのはこいつらの方ですぜ。詰め所でじっくり絞らせてもらう」
「私達なんもしてないでしょ!?」
「そうだよブラン。大体何の咎でしょっぴく気?」
「火付け」
「さっきプラッドだって言ったじゃん!」
「まぁまぁまぁ!」
彼女らからしたらあまりにも一方的過ぎる話だ
彼女らがシラを切ってる可能性もなくはないが、ブランが言った通り細胞同士はお互いのことを知らないと見るべきだろう
しかし相互に情報を共有していないのはこっちにも好都合だ
ハルが私に接触してきたことは誰にも知られていない
「チョコが何かしたんです?」
「ちょっとね。ブランは出し抜かれたもんだから必死になっちゃってるの」
「何言ってるんですかつむじサン!やっと掴んだあいつに繋がる糸口なんですぜ!?」
それもこれも私がハルの情報を伝えていないせいなのだが、わざわざハルがここへの手がかりを残したのは、ブランに聞かれたくないからだろう
私の動向を追っているのはプラッド、自警団、恐らく嵐も
そしてカルマ様だ
以前あゆ様も言っていた
私の力を狙っている人がいると
人にあげられるものなら、こんな力いつでも譲り渡すのに
「チョコちゃんに伝えといて。あなた達のこと言い触らさないでいて欲しかったら、大人しくしてるようにって」
街はお祭りだけをしているわけではない
日常の息遣いも聞こえてくる
カーミラの美容室をあとに、また官邸に引き返す
まだ10時前だが、なんとなく昼の慌ただしさを遠くに感じる
「あいつらのこと、総長にも言っちゃいけないんですか」
「そうだよ。そうすればひとまずチョコちゃんには気を払わなくて済む」
ブランは釈然としていない様子だが、彼女らを問い詰めてもチョコちゃん以上の情報を持っていないことはブランもわかっているはずだ
恐らく他のカーミラも客として来ているだろうが、そこを深堀りしないでおいたのはチョコちゃんに一つ貸しにしよう
「…チョコのやつが手下を抱えてるなんて、思ってもみませんでしたよ」
「先を越された?」
「部下ならオレにもいますよ。でもあれは部下っていうよりグルーピーだ」
ブランから思わぬ言葉が出たのでおかしくなって、吹き出してしまった
「何がおかしいんですか!」
「ハハハ…っ、だってグルーピーって!…ハッ、でもそう。その通りだよ」
「それもカルマ様のね」
チョコちゃんは別に邪険にされてはいないが、ダシにされているのも確かだ
ルネの言う通り、彼女らの目的はカルマ様のお眼鏡にかなうこと
ロックスターに近づくために、まずローディーを落とすようなものだ
「ともかくそんな連中を従えて、夜の街をうろつきまわって…同門の面汚しですよ」
「ブランは色々と思うところあるだろうけど、今は他のことに集中してよ」
と言っても目下我々が探している放火犯・ハルは、今も私達のことを見張っているだろう
ただその目的は私への注意を逸らすこと
ハルはああ言ったが、私が何もしなくても火を付けるような真似をしたのだから、どこまでエスカレートするのかわかったものではない
やはり早々にカルマ様と話を付ける必要がありそうだ
しかしそれはカルマ様の軍門に降るのと同じなのではないか
耳触りの良いことを言っているがやってることは脅しだ
ハルのような手合いをけしかけてこなければ、お友達になるのもやぶさかではないのだが
官邸に戻ってもまだ昼前
私があちこちうろつかない方が街は安全なわけだが、ずっとここに籠もっているわけにもいかない
「なんとかしてカルマ様に会わないと」
「なんでしたら一番カルマ様に近づいたのはつむじさんですわ。わたくし達に聞かれても何も出ませんわよ」
「…あゆ様とかも会ったことないのかな」
「そういうお話は聞きませんわね」
「カルマ様に会ったら火を付けるような輩が出なくなるの?」
ルネの疑問はもっともだ
ハルの話からすると私に近づく人間を遠ざけるのが目的のようだ
遠回しに私を孤立させようとしているとも取れる
そこまで言うのは下衆の勘繰りかもしれないが
嵐やゾンダ様に話をつけておくのも得策とは思えない
疑いたくはないが、面と向かって聞いたら当然違うと言うだろうし、どっちにしろ疑念が晴れることはないだろう
付き合いづらくなるよりは知らんぷりした方がこっちも気が楽だ
「うーん…」
コンコン、と短いノックのあと美容室に行った格好のままのブランが入ってきた
「写真からいくつか足取りが掴めましたぜ」
ブランが机にぶちまけた写真の中には、どれにも服だけが歩く姿が写り込んでいる
「ご苦労さまだけど、これじゃあなぁ」
「違うんですよ。カーミラは特定できませんが、グルーピーの方は割り出しが出来そうですぜ」
とブランが指し示した複数の写真には、首のない制服の隣に同じ女の子が写っている
「おお、なるほど」
「グルーピーの方を絞り込んでいけば、連中の動きを追えますよ」
「ここまでわかってればカーミラ本人も特定できるんじゃない?」
ルネは写真を一枚一枚つぶさに確認している
「実際にこの子達を見かけたら写真撮って、写ってなかったらあたり」
「なおかつその場で誰かが本人の顔を見てればね」
「つむじさんが行幸して歩けばよいのではなくて?」
「写真の中には昨夜山荘で見た顔もありました。つむじサンの前には姿を表さないでしょう」
「私ら全滅じゃん」
ルネもブランも顔を見られている
ガトーショコラでラリってた連中は覚えてないかもしれないが
「写真から疑わしい人物をリストアップして、生徒名簿と突き合わせて…まあ、ちょいと長い目で見てもらうしかないですがね」
今日明日にも大勢の知らない人に囲まれるというときに、長い目と言われても
長い目
「…ブランは人の顔覚えるの得意そうだよね」
「自警団の基礎技能ですよ」
「この写真の顔覚えて虱潰しにしてく気?」
腕いっぱいに伸ばして写真を遠くに見る
どのぐらいの大きさで写ってれば顔を判別できるだろう
「望遠で撮ろう」