第41話③
「なんでオレがこんなことを!」
「あの子逃がした罪滅ぼしだと思って」
カーミラの集会から抜け出して、ひとまず官邸で少し眠った
そして朝イチで件の美容室を調査すべく、ブランに女の子らしい服を着せて街に繰り出すことにした
馬子にも衣装なんて言葉があるが、服を着せたくらいで一端に見えているならまだいい
普段あの格好をしているのもやむなしというくらい、ブランには何を着せても似合わなかった
とにかく細くて身長が高いために、どこの制服もしっくりこない
ブラン自身も他の私服を持っていないし、私達は着せれる服を持っていない
でもフレオが「ないこともない」と言ってアイドルが着てそうな肩紐で吊るフレアワンピースを引っ張り出してきた
我々が着れば超ミニのワンピースだが、ブランの身長だとキャミっぽく見える
これに自警団の礼服の下を穿かせると、ほどよく七分丈で夏っぽい装いになった
あとは適当に夏っぽい靴を履かせられればよかったのだが、足もでかいのでいつもの便所サンダルで妥協する
こうなったら「髪切るぐらいで余所行きの格好しねーよ」的なサバサバした女性というロールで行ってもらう
一服寺のペデストリアンデッキに出てみると、本当に一晩中騒いでいたようで街全体から忘年会の翌日のような空気が漂っている
だが祇園はまだ2日目
本番はこれからなのだ
大体の店は中休みをしたり仕込みをしたりしているが、朝からフランクフルトを振る舞っている店もある
ヴェルおすすめの美容室はザナドゥにあるらしい
電車で隣町に向かう
こんな日だから美容室も夜通し店を開けていたのかも知れないが、カーミラの時間にカーミラ御用達の店に踏み込むのはただの蛮勇だ
「あのお店本棚が充実してるんだ。待たされても退屈しないよ。ラジオもずっと音楽だけの局流してる」
ポップスの隆盛がラジオ局の勃興を促し、今やこの小さな町に2桁を超える局が放送を行っている
もう既にJ-WAVEみたいな局まで現れていて、一気にメディアの過渡期が到来している空気だ
目的の店はザナドゥで降りて南口側、昨日迷い出た地下道の出口に近い住宅街にあった
もしかするとこの辺がカルマ様の縄張りなのかもしれない
昨日は暗かったのでよくわからなかったが、ここらへんはどうやら谷底地形のようだ
駅前の目抜き通りを挟むように両側が高くなっており、午前の日差しなのにずっと日陰の中を歩いている
「なんだか裏通りみたい」
「裏通りなんじゃない。ザナドゥが表玄関なんだから」
ルネからするとざわついていないこちら側の方が気が休まるのだろう
実際目抜き通りにしては店も少なく、100mと行かないうちに商店街らしきものは途絶えた
そこから先はほとんど宅地だ
左右の高台に向かって葉脈のように脇道が伸びている
もちろん全部上り坂だ
美容室はその坂道を少し登り、更にまた宅地の中を分け入ったところにあった
まさに隠れ家的美容室
文字通りの意味なのではないだろうか
腰上にガラスが6枚入った框ドアを押し開けると、カランカランという小さいカウベルみたいな音が鳴った
「いらっしゃいませー。あっ、つむじ様!ご予約のお客様ですね!」
「うん、この子なんだけど」
ここまで終始キョロキョロおどおどしていた生贄を差し出す
「フラウタ様みたいな感じになります?」
「はぁい、わかりました!」
なるわけねーだろとその場の全員が思ったはずだが、そこはプロだ
美容師は毛先を観察すると
「あー、大分傷んでらっしゃいますねー。じゃあ最初にトリートメントしちゃいましょうか!」
「おっ、おい…」
生贄を洗髪台がある方に連行していった
ここはカット台が2席あるだけのこじんまりした美容室だ
真ん中にミッドセンチュリー風の低い本棚を挟んで、カット台の向かいに待合のソファ
店内は落ち着いた雰囲気の、というしか無難な表現がないが、率直に言うと古臭い内装だ
色んな縁取りが弧を描いており、店の奥とを仕切る入口にはカラフルな玉暖簾が下げられている
壁も床も真っ白で光に溢れている昨日今日の美容室とは違う
レジのそばにあるレトロデザインの真っ赤なラジオは、買ったばかりのようにピカピカだ
そのスピーカーからはエレベーター・ミュージックみたいなイージーリスニングが流れている
これで腕が良ければ確かにおすすめの店かもしれない
しかし口が軽そうという部分は検証できていない
カット台にはもちろん大きな鏡がついている
本人が出来具合を確かめるためのものでもあるが、美容師が全体像を見ながらカットするのにも欠かせない
鏡に写らないカーミラをどうやってカットするのか?
鏡には銀を使ったものの他に、アルミを使ったものもある
アルミの方が反射率が低いのだが、比較対象がないと別に不便を感じない程度には十分鮮やかに映る
でも見分ける方法は簡単
アルミの鏡は合わせ鏡をしたときに奥の方がすぐ暗くなって、暗闇が続いているみたいになってしまう
それに比べて銀引きの鏡はずっと遠くまで明るく反射される
それを検証するために、わざわざ銀引きの手鏡を持ってきておいた
美容師がこっちを見ていない隙に合せ鏡を試してみる
…よくわからない
「それ両方を比較できないと無意味じゃない?」
言われてみればそうだ
初めて入った店の初めて見る鏡でいきなり合せ鏡をしてみても、遠くが暗いのはここの照明が暗いだけかもしれない
間抜けだったな
そもそも本当に銀引き以外の鏡に写らないという確証もない
「お次お待ちの…あっ!つむじ様だ!」
別な美容師が店の奥から出てきた
ブランの頭を洗っている美容師はベルボトムにピチピチのTシャツという出で立ちだが、こちらはゾウリムシみたいなボヘミアン柄のダルいワンピースだ
「…ああ、私はそこの髪結い無精の付き添いで」
「でもお待ちになるんだったらいかがです?今日開いてますし」
「切ってもらいなよ。明日は晴れの席でしょ」
先に体験したからって余計な先輩風を
でもまあシャンプーが目に入ったと喚いているブランは頼りにならなそうだし、実際切ってもらいながら探りを入れた方が早いか
「じゃあ毛先だけ整えてもらおうかな」
「はぁい!ではこちらのお席どうぞー!」
赤っぽいブラウンの革張りの椅子を促された
なぜだか直感的に合皮だと思った
こうして美容室で髪を切ってもらうのは、この世界に来て初めてだ
今日まではルネに切ってもらっていた
あのコミュ障がどうやって美容師をやり過ごしていたのか?なんて疑問を持つよりも先に、自分で髪を切るルネを見ていた
後ろの襟足も器用に左右対称に切り揃える
ちゃんと理容用のシザーまで持っていた
長年同じ髪型を維持していただけのことはあり、腕は確かだった
切り揃えるだけならだが
「どちらでここをお知りに?」
「ヴェルって子の紹介で」
「ああ…彼女お得意様なんですよ。ヴェーダ様にもよくお使いいただいてまして」
私のことが好きでなさそうなヴェーダ様
私の力を疎んじている可能性は高い
でもヴェルをルネに充てがったのはファンシャだし、特別私に探りを入れている様子はない
それよりも今は昨夜逃げた子がここの客だったかどうかだ
しかしストレートに聞くわけにいかないし…
とりあえずくすぐってみるか
「そうだ、昨日屋台に火付けがあったんだけど、ここらへんは大丈夫?」
「お祭りからは離れてますからね。と言っても駅のすぐ向こうは賑やかですけど」
「そっかぁ。昨夜は犯人探しで大変でさ。徹夜しちゃって」
僅かな表情の変化を読み取ろうと鏡に映る美容師を見る
「そうなんですねー。お疲れ様ですー」
流石プロだ
興味ない話題なのが手に取るようにわかるが、だからと言って文句を言える筋合いでもない程度の相槌
こういうときは嘘をついて様子を見てみよう
「それがさ、どうやら犯人はプラッドらしくて」
「ええー。あいつらってそんなことまでするんですかぁ?」
うーん、さっきよりは反応があるような
やっぱり私にこういうスパイごっこは無理だ
「なんか聞いてない?噂話とか。お客さんから」
「プラッドはうちみたいな店来ないんで…」
脈なしって感じだなぁ
「さっきヴェーダ様もよく使ってるって言ってたけど、どういうお客さんが来るの?」
「ザナドゥで商売してる子が多いですよ。みんな宵っ張りでしょう?うちは朝から開けてるから、そういう子が仕事上がってから来るんですよ」
キャバ嬢御用達ってわけか
女の子がキャバ嬢相手にお酒飲んで楽しいのかなぁなんて思うけど、家族でも友人でもない相手に話聞いてもらうだけで気が済む夜は結構あるか
カーミラがそういう場で大事な話を漏らすこともあるかもしれない
廻り廻ってヴェルがそれを聞いた
ここで?
「ヴェルって他にどんな子紹介してるの?」
「彼女色んなところに顔が利くみたいで、割とたくさんいて…お連れの方もそうですし、ヴェーダ様もですね」
落ち着いていて、なおかつ如才ないヴェルの交友関係は全く想像がつかない
ファンシャ絡みで顔が広そうだし
ただここ最近ルネ一人にかかりっきりなのを思うと、いつも約束があるような友人関係は見えてこない
ヴェルがカーミラの洋館のことをここで聞いたのだとしたら、気安くそれを話した人物がいるはずだ
それが逃げたあの子とは限らない
逃げられたあの子の人相はよく見ていなかった
特徴と言っても脱ぎ捨てていった薄紫色のパーカーだけ
でもポケットにここの名刺が入ってたんだから、それを着てるときにここに来た可能性はある
「実はさ、犯人の遺留品のポケットにここの名刺が入ってたんだ。薄紫色のパーカー着てた子なんだけど、覚えてないかな」
「切るときは脱いでいただいてますし…朝方着てきても帰る頃には陽が高くなってますから」
まあ夏だしな
だめだな、ドツボにはまっている
その時電話が鳴った