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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第39話②

らんは火元を検めた

単純な火付け

マッチを擦って、燃えやすいものに焚べただけ

食べ物と違って早々仕込みをしなくてもいいこのあたりの並びは、人目も少なかった

人がいたとて、屋台の後ろで何かしていても疑うものはいない

今日は祭りの日だ

しかし火の手が上がれば防災責任者をここに釘付けにすることは出来る

「嵐様」

周辺に聞き込みをしていた黒青シイが戻ってきた

「フードを被った人影を見た、という者が何人かいます」

「ふぅ…」

焼け焦げた段ボールを見やる

「連中の仕業だと思うか?」

「はい。連中は嵐様のお心の内を見透かしています」

嵐は既にしてやられたという顔をしているが、ひときわ難しい顔になった

「嵐様はつむじ様に近付き過ぎです。それにその香り、やり過ぎですよ」

「私は道化で構わない」

「つむじ様に何かあったらそれこそ道化です。我々に任せてください」

嵐はこの手厳しい部下を誇らしく思った

女王ともなるとなかなか叱ってくれる人間がいない

敬意は嬉しいがイエスマンは何の足しにもならない

腰巾着のおべっかで満足できる小さい器の人間が心底羨ましい

それに比べたら事実をありのまま上申できる部下はちゃんと自分の役に立つ

「いや、今回は私がやる。お前達は連中の好きにさせるな。大変かもしれないけど」

「いいえ。連中の狙いはこれではっきりしました。必ず阻んでみせます」

「頼もしいな」

「嵐様こそ、くれぐれも…」

役に立つが一言多い部下だ

何度言っても治らないところがまたよい

嵐は口の端を上げて言う

「みなまで言うな。街はお前達に任せる」

「は」

黒青は一礼すると駆け出し、人混みの中に消えていった

嵐はもう一度火元を見、振り返ってザナドゥの方に歩き出した



官邸にはフレオが残っていた

「火事があったようですわね」

「不審火だって」

「そういうことになりますわね」

フレオもこの世界の事情は一般論と比較して理解している

こういう人がいないと私は色々困る

「火を着けたのは一服寺じゃないかって、もう噂になってますわ」

「さっきの今で!?」

まったくこの世界のゴシップというやつは

ただ全く根拠がない…というわけではなかった

一服寺とザナドゥで利権争いをしていた頃は、毎度そういった揉め事が尽きなかったそうだ

今回金魚すくいが標的になったことで、博戯監査室に近いザナドゥを狙ったものではないかという憶測が支配するのも不思議はない

持ち回り開催をしていた頃は毎年報復合戦だったという

「プラッドの線はわたくしも薄いと思いますわ。それに比べて一服寺もザナドゥも、揉めていた頃のこと未だに根に持ってますもの」

「みんな仲良くってわけにはいかないか」

「そもそもこの世界における利益って、何だと思ってますの?」

なんだか今更なような気もするが、既にここの経済に加担している以上、他に該当するものは思いつかない

「お金じゃないの?」

「学札はただの不換通貨。みんなが本質的に求めている価値は思い出ですわ」

そういえばルネも最初に言っていた

みんな思い出に飢えてると

「チャンスの喪失というのは、この世界で最大の損害と言い換えてもよいでしょう」

「でも試す時間は無限にあるんじゃ?」

「人は無限に待つことは出来ませんわ」

自分は待てても、同じ瞬間を共有したかった友達は持ってくれないかもしれない

そのまま友達が先に卒業してしまったら、自分はかけがえのないチャンスを失ったと思っていたのに、友達はそうでもなかったということを知るわけだ

「そう聞くとここの住民が増える一方なのもわかる」

「死というのは、少なからず心残りを諦めるということなんですわ」

死んでみた人の言葉は重みが違う

でも今のフレオは心残りを諦めるつもりはなさそうだ

「でも仕返ししたからってなかったことを取り返したりは出来ないでしょ」

とルネはマイコップに麦茶を注いでいる

あれから安酒は瓶に移して冷やすよう決めた

どうせ空き瓶はいくらでもある

「取り返しがつかないからこそ報復がやまないのですわ。つむじさん、これは根が深い問題ですし、一服寺の仕業ならあなたには関係ありませんわ。首を突っ込まないようになさいませ」

「本当に私に無関係ならね」

嵐もプラッドではないと言ったが、私が居合わせたのが本当にただの偶然だったとも言い切れない


トントン、と短いノックのあと、どうぞと言う間もなく”ただのドア”が開いた

「格子野郎の仕業ではないという見方はオレも賛成です」

ゾンダ様のところに行っていたらしいブランが、柄のない櫂のようなものを手に戻ってきた

今戻ってきたばかりのようだが、いつから話が聞こえていたんだ

「一服寺でもなさそうですがね」

「恨み辛みもなく闇雲に放火する人間がいるなんて、なんか嫌なんだけど」

「目眩ましってこともあると思いましてね。我々がボヤ騒ぎに見とれてる間なんて、事を起こすには格好の潮時だ。あの時、野次馬と反対の方に行く人影を見たと言ったでしょう?火事場に目が集まってる隙に何か細工しそうな場所を探るよう、隊の仲間に頼んできましたよ」

でもそれは何の不安も払拭していない

「だから、誰がそんなことを?」

「まあ、ちょいと心当たりがありましてね。つむじサン、用心のためにこいつを持ち歩いてください」

と巾着袋を渡された

なんだかフレオのような、お茶を飲みたくなる香りがする

袋を開けてみると、小粒なチョコレートがいっぱいに詰まっていた

「自分で食べないでくださいよ」

「何なのこれ」

「もし夜道で妙なやつに絡まれたら、これをばら撒いてください」

「ブランは護衛してくれないの?」

「あくまでも用心に、ですよ。まあ、なんていうか…オレが対処できなかった場合に、って意味で」

「ブランも歯が立たない相手を私がどうにかできるわけないでしょ!」

「ああ、いや、そういうわけじゃないんすよ。本気になればひと斬りで、こう、ね」

要するにブランが本気を出せない厄介な相手がいるということだ

これは

「大事な人はいないって言ったよね?」

「そういうんじゃありませんて!嫌だなあ下衆な勘ぐりを」

動揺というか、ツッコミ待ちにも見える

もっと根掘り葉掘りしてくださいよ、というフリではないのか

うん、無視だ

ただまあ、ピンク色の因縁がありそうなのはわかった

こんなボロを着た朴念仁がなぁ

「まあただそいつが火付けなんかするとも思えませんでね。オレも直接問い質したいんですよ」

「もちろん、どうぞ、ごゆっくり。邪魔はしないよ」

私のために気をもんでくれているのは確かなのであまりいじめたくはないが、このブランがなぁ

へえー

「それから、フレオ嬢にはこれをと、総長が」

ブランは鞘に入ったつばのない洋剣をフレオに手渡した

柄のない櫂に見えたのはこれだ

護身用にフランベルジュはあんまりだからと、私がゾンダ様に頼んでおいたのだ

フレオの足より短い、玄関箒ぐらいの長さだ

「グラディウスですわね」

受け取ったフレオは鞘から刀身を引き抜いて眺め回す

幅広の両刃の剣で、脇差より長く太刀より短い

注文通り腰に下げて持ち歩くにはちょうどいいサイズだ

壁に向かって勢いよく振り下ろすと、ブンッと鈍く刃が鳴いた

「ありがたく使わせていただきますわ」

「骨董品なんで、あんまり期待しないでくださいよ」

「これに期待を寄せなくて済むことを願ってますわ」

「で、放火魔に関しては打つ手なしってこと?」

ブランはまた厄介げな顔をして顎を掻いている

「いや…まあ…火付けの心配自体は、もうしなくていいと思いますぜ」

火事がそう何度も起きてはたまらん

出店者各位に注意を促して目を光らせてもらうしか対策はないが、火を付ける場所が屋台だけとは限らない

「ただ、直接つむじサンを狙ったとも思えませんが、何らかの因果はあるんじゃないか…というのがオレの見解です」

「その心は?」

ブランは懐から数枚の写真を取り出して私に見せた

このうち一枚は今朝撮られた写真だ

もう現像したのか

全部私が写っているが、何か妙な感じがする

なんだ?

「この写真全部、つむじサンの後ろにそいつが写ってるんですよ」

どの写真にも、私を取り囲む人垣を挟んで違和感の正体が見切れていた

黒いフード

だが写っているのはフード()()

それを被っているはずの頭が写っていないのだ

妙な感じはこれだ

決して大きく写り込んでいるわけではない

一瞥しただけだと見落としてしまうが、人の群れの中に透明なトルソーでも立ててあるみたいに、フードだけが宙に浮いている

「透明人間…!?」

「そんなのその場で大騒ぎになりますぜ。そいつはただ、写真に写らないだけなんですよ」

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