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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
57/93

第37話②

ふと道の脇のごみ集積所を目で追った

それというのも

「ブラン!その曲やめてったら!」

「どうしてです?いい曲だと思うんですがね」

今日のブランは機嫌がいいのか、好きですかわさき愛の街を官邸を出てからずっと口笛で繰り返している

いい曲かもしれないが、こう延々聞かされてはまるで私がゴミ収集車になったみたいだ

清掃局員の苦悩がちょっとだけわかった

ブランはお構いなしで続ける

まあこれならプラッドは寄ってこないかもしれないが

真っ直ぐ帰る気分でもないし、わんわんの様子を見ておきたい

あの子の名前はまだ思いついていない

モンデンキント…というわけにもいかないか

「寄り道したいんだけど、いいかな」

「お供しますよ。玄関先で伸びているよりはいい」

温室への道順はもう覚えてしまった

しかし私以外の人間を連れて行っていいものだろうか

あの子は嫌がりそうだ

まあいよいよとなれば入口で待ってもらおう

ブランはむしろそうすると言う気もする

「人んちにまで鳴子を仕掛けないでよ」

「場合によりますな」


身を捩っていつもの家と家の隙間を通る

「こんな路地の奥にお知り合いが?」

「特に親しくもないし、いつも歓迎されてないけどね」

「どうやらお邪魔なようで」

まあそうなるな

でも時にはおせっかいが必要な人もいる

私も誰かさんのおせっかいのお陰でこうして生活していられるのだから

また次の隙間に身を捩る

「あっ」

ブランの長ドスが隙間につっかえた

「ごゆっくり」

長ドスを降ろさずにどうにか通り抜けようと格闘している

「まっ…ちょっと待ってくださいよ!」

「ここを抜けたらすぐ前の隙間が最後だから」

他に通れるところもないし、迷うこともあるまい

ブランを待たずに最後の隙間を抜けていく

先に行って話をつけといた方が親切というものだ


温室は相変わらずの高原の空気だ

半袖には肌寒いくらいだ

「こんちわ。誰かいる?今日は連れがいるんだけど…」

奥の陰から大きな白い塊がヘフヘフと近づいてきた

「あーごめん、今日は手ぶらなんだよ」

言葉がわかるのか臭いがしないのか、尻尾をしゅんとさせて私の周りをぐるぐるしている

「あの子は?」

尋ねても知らんぷりでそこらへんの地面を嗅いでいる

勝手に奥のベッドに歩み寄る

布団をめくってみてもあの子の姿はない

シーツは寝乱れたように無造作なシワが寄っている

また何かヘルシーな外食でもしているのだろう

ここに来たことを示すために、きちんとシワを伸ばして布団をまっすぐかけ直し、ベッドメイクしておいた

まさか狼が普段そんな事をしてはいまい

当の本犬は、温室でまだ地面を嗅いでいる

それにしてもブランが遅い

意地になってドスを横にして通ろうとでもしているのか

「ブラーン?」

声の響き方が外に届いてる感じがない

ブランもあの子も、待っていてもしょうがないか

「来たばっかりだけどもう帰るね」

狼はクゥーンと鼻を鳴らして寄ってきた

大分懐いてきたようだ

言わなくてもおすわりして撫でられるのを待っている

「今度はお土産持ってくるからね」

私が立ち去ろうとしても、同じ場所から私のことを見ているだけだ

やっぱり留守を預かっているということなのだろう

おすわりで足踏みしながら鼻を鳴らしている

…そうだ

女の子の呼び名もだが、こいつも名前を付けてやったほうがいいに決まっている

お手までする間柄で、いつまでもわんわんや狼というのも他人行儀だろう

「実はね、お前の名前考えてきたんだよ」

ちょっと涼しい顔をして目を背けた

私には期待していないというのか

そうはいくものか

私は豆助よりももっとこいつらしい名前をすでに思いついていた

「お前はこれからしっぺいだ」

しっぺいというのは磐田市のゆるキャラで、紅白の縄を首に巻いている白い犬だ

ゆるキャラグランプリでは某大名に敗北を喫したまま無冠に終わってしまったが、静岡を代表するゆるキャラといったら間違いなくしっぺいだろう

私なら毎年グランプリをあげたいくらい素敵なゆるキャラだ

人身御供を要求する怪物の元に供物を装って近づき、襲いかかって死闘の末これを討ち倒したという霊犬伝説をモチーフにしている

しかししっぺいはぷるぷるしながらウーと唸っている

「なんでよ。立派ないわれでしょ?白いし、強いんだよ」

プシッ、とくしゃみをしてふんと鼻息を鳴らした

なんだか不満がありそうだが、私の中ではもうしっぺい以外ない感じになっている

「じゃあねしっぺい」

生きて動いているしっぺいだと思うとひときわの愛着が湧く

向こうはそうでもなさそうだが

「呼ばれてるうちに馴染むよ」

経験則だ


外のムワッとした熱気とともに木々のざわめきが戻ってきた

喧騒や雑踏からは遠く離れているが、それでも街というのは音を立てているものだ

「…つむじサン!つむじサン!」

私を呼ぶブランの声も聞こえる

どうやらさっきの隙間は抜け出たようだが、次の入り口がわからなかったらしい

路地の向こうの方で右往左往している

「やめてよ大声で。恥ずかしい」

「!?つむじサン!どこへ消えちまってたんですか!」

ブランでも焦ったり驚いたりするのか、とわかるぐらいにはいつもと違う表情だ

「この隙間だって言ったじゃない」

「どの隙間ですって?」

「だから…」

今指さしている隙間を振り返る

「あれ?」

ブランに声をかけるために、いつも行かない方まで路地を進んだから見失ったのか?

でも両側の建物は見覚えがある

ここで間違いない

間違いないが、今通ってきたはずの隙間がない

まあ、この世界の事だから

と、最早こういう怪異に驚くこともなくなったが、だからといって人に説明つかないのは困るのだ

「格子野郎どもに何かされたんじゃないでしょうね」

「いや、それはないよ」

こんなことしてプラッドに何か益があるのか

ただブランが真剣なので、なんとか取り繕わないと

「留守だった」

多分説明になっていない

なっていないが事実だ

たとえ説明がつかなくても、事実というものには有無を言わさぬ説得力がある

「なら、もっと早く戻ってくださいよ」

留守だったら入れない

当然だ

入ったら泥棒だ(入ったけど)

それと隙間が閉じてしまったことの因果関係はまったくないが、私が隙間に潜り込んだのも出てくるのも見られていないし、隙間が閉じてしまう瞬間も見ていない

私は嘘をついていないし本当のことを話している

あとはブランがそれを受け入れさえすれば、事は丸く収まる

この世界の操縦方法が掴めてきた気がする

双方合意の認識は事実としてまかり通る

まず自分が信じ込むことだ

それからブランはいつもより近い距離で私の後をついてきた

用心してくれるのはありがたいが、ドスを抜いたら私まで斬れそうだ


家に帰り着くまでの間、ブランにネチネチと小言を言われ続けた

やれ無用心だ、やれ立場を弁えろだ、私の咎を責めるというよりは自警団の沽券の話をしてるみたいだ

「こんなこと、総長になんて報告すりゃいいんですか」

あの子が言ったように、あの温室は誰でも入り込めるわけではないのだろう

いざというときの駆け込み寺には出来そうだ

家にはルネの方が先に戻っていた

まだ髪が乾ききらず、水を吸った毛束がうねっている

「泳いできたんなら、水着出しといて。洗濯してくるから」

そういえばどんな水着を持っていったんだろう

言ってから気になりだした

「水着なんて汚れないでしょ普通」

これは洗ったことがない人の言い草だ

小学生か

もちろんこの世界では生地が傷んだり臭くなったりはしないだろう

でも

「他の人と同じ水に浸かったんだよ?ルネもシャワー浴びて」

「…ふぅん、わかった」

とまだ重たい水着をビニールのバッグから出して、洗いかごに入れた

やけに聞き分けがいい

「じゃああたしシャワー浴びてるね」

しかもなんか嬉しそうだ

新しい友達と楽しい夏の思い出を作ってきたのか

シャワールームのカーテンの隙間から今着ていた(いや、朝出るときも着ていた)下着をかごに放り込むと、床を打つ威勢のいい水音が響いた

ルネの水着を広げてみると、スモーキーなピンクのワンピースだった

パフスリーブがついていて、ウェストで切り替えした下身頃は鳶色になっている

アポロチョコみたいな色の組み合わせだ

露出も控えめで大分クラシックな雰囲気だが、センスとしてはプラッドのそれに似ている

そう言えば出かけるとき、つばが小さめのキャペリンを被って出ていった

案外ああいうモッズルックが好きなのだろうか

家ではシックな色柄しか身に着けないから、これはルネなりの余所行きなのだろう

興味本位で水着を嗅いでみた

薄めた漂白剤の匂い

遠い夏の日の匂い

水に入るなって言われてたんじゃなかったっけ

やっぱり私だけ海に行ったの怒ってんのかな

「今度一緒にプール行く?」

「いやぁ、あたしやっぱりああいう場所は合わないわ」

そう言いながら鼻歌なんか歌っている

なんだってんだ


それからブランを連れ立ってコインランドリーへ向かい、かすかな塩素の匂いを消すために大量の柔軟剤をぶち込んだ

「入れ過ぎると生地の風合いが変わっちまいますぜ」

そういうブランは着ているものを全部洗濯機に放り込んで、丈の長いTシャツ一丁で洗濯が終わるのを待っている

「ブランは他に着るものないの?」

「相性ってのがあるんですよ」

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