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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
49/93

第32話

見覚えのある雑然とした部屋

「つむじさんが目を覚ましましたわ!」

フレオ?

執務室に誰かいるようだ

そうだここはフレオの部屋だ

「…よかった。無事ですか」

執務室から入ってきたのはゾンダ様だった

無事、とは

「…私何かあったんですか」

「やっぱり覚えてませんのね…」

フレオはこっちまで心配になりそうな顔をしている

体を起こしてみる

特に変なところはないようだ

外で着る用の私服を着ている

ということは補習や執務のない日だ

「一服寺で倒れていたところをゾンダ様達がここまで運んで下さいましたのよ」

「何でそんなところで倒れて…」

「プラッドに一服盛られたんですよ」

「一服寺だけに?」

誰も笑っていない

女王が薬を盛られたなんて、冗談で済まされる事ではないか

「私、プラッド達と何かあったんですか?」

「私が駆け付けた時には、あなた方は気を失った後でしたよ」

あなた”方”?

「ルネ…!」

誰かと約束があった覚えはないし、連れがいたとすればルネだけだ

「彼女も無事です。先に目を覚ましていますよ」

フレオのベッドから飛び降りて執務室に駆け込んだ

「大丈夫?」と、あまり大丈夫じゃなさそうな顔のルネが事務椅子で紅茶をすすっている

ひとまずルネが無事そうでホッとした


「何があったの、私」

「あいつらに囲まれたところまでは思い出せるんだけど…」

「彼女も記憶が曖昧なようです」

「なんで私達一服寺なんかにいたの」

「つむじが行こうって言ったんでしょ」

だとしたら何か用事があったはずだが思い出せない

用もないのに普段行かない一服寺までわざわざルネを連れて行くだろうか

「どこでもいいって言って、用もないのに連れ出したんだよ!どこから覚えてないの!?」

そんなに怒らなくても

確か昨日はらんと海に行ったはずだ

それが本当に昨日ならだが

ルネは憮然とした顔でため息をついている

「恐らく白雛芥子(ひなげし)の粉末でしょう。本来ならほんの一瞬気を失わせる程度のはずなんですが…相当派手に吸い込んだようですね」

人の記憶を蘇らせる私が記憶を奪われるとは、因果な話だ

あ、そうだ

「あの…ありがとうございました」

お礼を忘れるところだった

私達をここまで運び込むのは大変だっただろう

「いえ、私は何も…。本来ならああいった事を未然に防がなければいけないのですから」

見上げた謙虚さだが、助けられた身としてはひたすら恐縮してしまう

「それに、連中を追いましたが撒かれてしまいました。これでは面目もありません」

私はプラッドのことを必死で思い出そうとしていた

「…前にバーで屯しているのを見ました」

「あのバーに行ったことがあるのですか?」

ゾンダ様は意外そうな顔だ

「嵐に連れられて…」

「そうですか…」

表情には出さなかったが、嵐に同様の前科があるのを伺わせる反応だ

プラッドの集まる店に顔が利くなんて、どう勘ぐられても言い訳できない

「連中はまるで蜃気楼です。私達の方もマークされていますから、追手がかかれば姿を眩ましてしまう」

では嵐の前で姿を隠さなかったのは何故なのか

嵐は連中を追い回していない

それが女王の振る舞いとして正しいかどうかはともかく、事実そうだ

あとは、嵐もアウトローであるとか

ドスをちらつかせて睨みを効かすなんて、やっぱりカタギの仕草ではない

あるいはまた、連中も気付かぬうちに縄張りに入り込む術があるのかもしれない

何れにせよ嵐は虫取りの達人のようにたやすくプラッドに近付くことができる

手を伸ばせば捕らえることも出来るだろう

嵐についての“何故”は尽きないが、プラッドを放置しているのは嵐に危害を及ぼすことができないからだ

バーのときも私がいなければ絡んではこなかったろうし


「ともかく、連中がアネモイに手を出したという事実は看過出来ません。私達で網を張ります。つむじさんはくれぐれもご用心を」

相対したときは流石の私も無防備ではいなかったと思いたいが、気を失わされてしまったのは確かだ

ルネがいてこれだから、これ以上何をどう用心したものか

用心…用心棒

「用心棒を雇ってみる…とか」

「…そうですね、それも一つの手だと思います。いいでしょう。うちから一人腕の立つ者を寄越しますよ」

自警団がついているなら心強いが、こう何から何までお世話になってしまっては、女王の沽券に関わる

そんな迷いが表情に出たのだろうか

ゾンダ様はすかさず言葉を継いだ

「お気になるのであれば、囮として私達に力を貸していただく…ということではいかがです?」

ものは言いようだ

でも確かにその方が気は楽だ

「やめようよつむじ、こっちから関わらなければ何もないよ」

「ほっといてもプラッド達がいなくなるわけじゃないし…」

この世界は誰もがやりたいことを追求できてしまう

道を違えた生き方をしたい人間がいたら、気が済むまでそれをやらせなければこの世界からいなくなることはない

そうなると自然災害みたいなものだ

こちらで何か対策をしてやり過ごすしかない

あるいは圧倒して平伏させる、という手もあるだろうが…連中がただのチンピラ集団でないとわかった今、手の内もわからずに勝っても向こうが諦めはしないだろう

そして私は女王なのだ

「やります、私」

ルネは不安そうな顔のままだ

「結構!女王たるものそうでなくては」

ゾンダ様は口より腕っぷしで喧嘩するタイプのようだ

表情からそれが伝わってくる

豪胆というか恐れ知らずというか

「ではすぐにうちの者を手配しますから、明日からはよろしくお願いしますよ」

そう言い残すと、ゾンダ様はすたすたと執務室から出て行ってしまった


話が早いのは結構だが、そんなに差し迫った問題なのだろうか

「それはそうでしょう。連中今頃新米女王に一泡吹かせたって吹いて回ってますわ」

「私が覚えてないんだから意味なくない?」

厄介の種が増えはしたが、私自身はしてやられた記憶が一切ないのだから

「つむじ、明日からどうする気?本当に囮なんかやるの?」

「身構えておくっていうだけの話だよ」

それにルネにも危険が及ぶことは避けたい

「日程表、ご覧になってますわよね?」

「え?…水泳大会に登校日だっけ」

私はあまりメモを取らない

スケジュールも頭に入れるだけで、仕事で共有カレンダーでも使わない限りスマホにも書き込まない

だから手帳はスカスカだ

なにかの拍子にスカスカの手帳を見られるとみっともないので、別に書かなくても覚えていられる生理周期や家族の誕生日をわざわざ隠語で書いているくらいだ

「大姫祇園。お祭り」

ルネは呆れたような顔をしている

いや、でも、覚えていなかったわけではない

ただ私の仕事ではないと思っていただけだ

「女王が街の行事に関わらないということはありませんわ」

厄介事と思うのは私が何か忘れてしまったからなのか…いや、お祭りなんて一部の連中が内々で舞い上がってるだけで、そこまでの覇気がない地元住民にはいい迷惑だ

厄介事に変わりはない

「お客だったら参加してもいいのに」

「お客ですわよ。賓客はやらなければいけないことがたくさんあるというだけで」

想像するだに厄介だ

「望むと望まざるとに関わらず、女王の周りには人が集まってきます。それを満足にもてなすのがわたくし達に課せられた使命なのですわ」

「お客がもてなさなきゃいけないなんて…」

「もちろん、おもてなしもされるでしょうよ」

「プラッド達に?」

ルネが気にしているのはそういうことか

「人混みに紛れられたら、用心棒一人くらいじゃどうにも出来ないよ」

「女王の半径1.5m以内には入っちゃいけないんでしょ?」

とフレオを振り返ってみる

「人でぎゅうぎゅう詰めの通りでそんなことが出来るとお思い?誰でも容易にあなたを取り囲めるでしょうよ」

なんだか聞いてたのと話が違う

これじゃ本当にただの釣り餌、いや撒き餌だ

「ただこれまでは、暗がりや裏路地にでも行かない限りは、こんなふうに表に出てくる集団ではありませんでしたわ。つむじさん、舐められてますわね」

私が思っているより深刻な問題のような気がする

いや、それは間違いない

少なくとも私は何があったかちゃんと認識していないのだから

「人通りが少ない細道を選んだのはあたしもだし、そこはあんまり言えないけど…」

「いいえ。たとえどこであれ、女王に歯向かったことの報いは受けさせなければいけませんわ」

「決闘でもしろって?」

「そんなことをしても、間違いなく決闘の前に寝首を掻きに来るだけですわ。昔なじみに声をかけておきましょう」

「それは心強いけど、自警団の他にも頼れる人達がいるの?」

「力だけが問題解決の手段ではありませんわ。こういうときは利口にならないと」

何より頼れるのは元女王

女王バカのフレオが言うほどなのだから、きっと役に立つ人材なのだろう


プラッドに襲われたのも、ひとえに私がまだ未熟だからだ


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