第27話④
そのまた翌日
「つむじ様おはようございまーす!」
「…おはよう」
不安は現実のものとなっていた
フィッシング同好会会長の口伝てはあっという間に広まった
道行く生徒たちはみんな長袖のジャージをプロデューサー巻きしてしまっている
女子高生の間で珍奇なローカルファッションが広まるプロセスは何がしかの不可抗力が伴っている
隣の学区の誰も彼もが、世間的にどう見てもダサい格好をしているときは大体こういう背景があるものだ
私は一夜にして高天原のファッションリーダーに奉られていた
みんな嬉しそうにプロデューサー巻きを見せに来る
ジャージじゃなかったらいいという話ではない
プロデューサー巻きがダサい
それを広めてしまった私はもっとダサい
最早透けを気にしている場合ではなかった
今日はカーディガンを引っ掛けずに普通の格好で登校した
「最初からそうしとけばよかったのに」
ルネは流行にとらわれない
己のスタイルがあるからではない
無頓着だ
そんなルネすらも、私が羽織ってこなかったカーディガンをプロデューサー巻きしている
「ちょっと肌寒いなってなったときに、すぐ着れると思って」
「そうそう、そうなんだよ!」
耳ざといフィッシング同好会会長のご登場だ
「朝釣りはまだ結構涼しいから長袖着て出るんだけど、日が昇ってから邪魔になるんで困ってたんだよね」
「…悩みが解決できてよかった」
腰に巻けばいいのに
「いやぁー!つむじ様様々だよ!」
何かもう嫌味としか思えない高笑いで去って行ったが、特に他意はないと思う
そういう人だから
購買の廊下に貼られている写真もプロデューサー巻きだらけだ
「わたくしもよくこういう格好させられましたけど、なんだか仕事に失敗した泥棒みたいだと思ってましたわ。ボーダーの服と合わせられて」
「フレオ…」
昼食を調達しに来たフレオがいつの間にか隣にいて、壁の写真を見つめていた
「ここの色々な流行の移り変わりを見てきましたけれど、どれもそう長くは続きませんでしたわよ」
実際プリクラもブームが一段落しキンクスもすっかり廃れ、今では私が教えたわけでもないのに『シェリーに口づけ』や『イエスタデイ・ワンス・モア』がラジオから流れている
多分私が寝てる間にビートルズのブームは去ったのだろう
だがプロデューサー巻きは何度ダサいと葬られても蘇ってきた疫病のようなものだ
冬に姿を消しても春にまた現れるのが目に見える
こんなことで歴史に名を残したくはなかった
しかも別にやりたくてやったわけじゃないのに
「ちょっと、来てくださいません」
フレオに促されて、物置になっている階段の陰に隠れた
「これ、どう見えまして?」
と制服の裾をめくって自分のパンツを見せてきた
「何してんだよ!噂知ってるでしょ!?」
「人の噂なんてそれこそ気にするだけ無駄ですわ。それよりほら」
フレオが穿いているのはクリームイエローっぽいコットンの下着だ
レース模様も光の加減で目立たない
ほとんど白にしか見えないが、何よりフレオの肌色と見分けがつかない
「黒が透けるのがお嫌ということは、着けてる下着が見えるのが嫌なのでしょう?だったら肌色に近い下着を身につけるべきではなくて?」
「…それだと裸が透けてるみたいに見られない?」
実際OLの頃はそれを気にして、濃い色のブラトップに頼っていることが多かった
「ならあえて黒い下着で、安心してください穿いてますよ、とアピールしたらいいじゃありませんの」
なんでフレオがとにかく明るい安村を知ってるのかわからないが、どちらの選択肢も満額回答には程遠い
いつまでもああでもないこうでもない言ってみんなを付き合わせるのは気が引けるが、どの手も落ちるところに落ち着かないんだから仕方がない
「あっ…!す、すみません!」
箒を取りに来た生徒が私達に気づき、慌てて退散していった
またあらぬ誤解が広まってしまう
「気にするだけ無駄、というのに納得できないのは同意しますわ。そりゃあ透けない方がいいに決まっています。しかしどうやっても透けるというのなら、よりよく見えるようにするのが人前に出る者の努めだと思いますわ」
「女王としてそういうパフォーマンスも仕事のうち、ってこと…?」
「少なくとも、透けを気にしてちぐはぐな格好しているよりはましでしょう」
フレオは立派だ
アネモイの大先輩であり、また耳目を集めるパフォーマーとしての経験も見習うべきところがある
ただフレオの思い切りを真似できるかというと、私にはそう容易いことではない
ひとまず私に出来るのは肌色の下着を着るくらいだ
「左様でございますか!それでしたらこちらなどいかがでしょう!」
心底嬉しそうな下着屋の店員は、瞬く間に私の肌にマッチしたピンクオークルの下着を持ってきた
フィッティングを丁重にお断りすると誰かの葬式みたいな顔になったが、流石に客の要求を押してまで無理強いはしてこなかった
鏡に映る自分は、遠目に全裸に見えるかもしれないぐらいには下着と肌の色味が似通っている
現実の世界ではなかなかこうはいかない
ネットで見つけたものは大体実物と色合いが違うし質感もわからない
その上サイズやデザインまで好み通りとなると、フィッターがいる専門店に頼ってもなかなか思い通りにはならない
こういうところもこの世界の都合の良さのおかげか
ふと思ったが、下着屋なんだから当然下着の透けにも明るいのではないのか
でないとおかしいよな
餅は餅屋だ
まだ会計してない下着を着けたまま制服を着てみた
「これ透けて見えるかな」
と店員の前で回ってみる
「透けていなくても、私共にはお召しになった姿が手に取るようにわかります!」
うっとりするな
しかも想像で
この店員が頼りになるのかならないのかわからないが、まあ肌と同じ色味の下着は手に入った
家に帰って、制服を脱いで姿見の前に立ってみる
背後でカチッという小さいシャッターの音がした
「何撮ってんの!」
「自分で見た方が早いと思って」
ルネのカメラから出てきた白黒の後ろ姿は、下着と肌のトーンが一緒だ
「この前の下着もこんなもんだったよ。黒いのの前の」
最初に夏服に袖を通したときの下着は薄いピンクだった
これよりは明るい色だが、まあ肌には近い色だったかもしれない
また暑さで倒れたくはないが、やはりスリップか何か着るしかないのか
悩みすぎて不登校になりそうだ
「ふぅん、それはまた難しいお悩みだね」
今朝は珍しくあゆ様と鉢合わせした
あゆ様も通学となると私達と同じ制服を着てくる
「私は透けなんて気にしたことはないけど、透けてるって言われたら不安にはなるかもね」
「でもあゆ様は男装出来るからいいですよね」
「男装って言ってもスカートの代わりにズボンを履くかどうかの違いだけさ。薄着すれば透けるよ」
「大体この人は下着なんかろくに着けないわよ。今だってノーブラだし」
とご一緒のビゼ様は言う
ビゼ様はそれこそあゆ様のあられもない姿もつぶさに見ているだろうから気にならないかもしれないが、周りにいるファン達は目の色が変わる
「気にするな、と言っても何の解決にもならないでしょうから…そうね、透けるのが恥ずかしい?」
「それはもちろん、恥ずかしいですよ!」
「どうして?」
「えっ…だって本来見えないはずのものが透けて見えちゃってるんですよ?」
「まずそこに認識の間違いがある。薄い生地なんだから、本来透けて見えるんだ」
ビゼ様とあゆ様は同じ考えを持っているようだ
透けて当たり前というのは、最早揺るぎない事実ではある
だが服なんだから透けてもらっては困るのだ
「あなたも私も、みんな同じ制服を着ている。それでも透けて気になるのだとしたら、何を恥じているんだと思う?」
「脱がない限り見れないはずの人の目に晒されてしまうこと、ですかね…」
「それなら簡単じゃないか。脱がない限り見れないはずの下着は、着てこなければいいんだ」
「…えっ?」
なんだそのとんち
そんなにノーブラにさせたいのか
「勘違いしてそうな顔だけど、余所行きを着てくればいいって話よ」
この人はビゼ様のフォローがなかったら理解されない人だと思う
しかしまあ、そう言われると今着てきているのはこれ以上ない余所行きだ
では余所行きじゃない下着ってなんだ?
ルネを振り返る
洗ってない下着
いや、洗ってなくても当たり前に外に穿いて出ている
うん?
違う、そういうことじゃない
脱がなければ見れないはずの下着とは、つまり勝負下着だ
特別な人にしか見せたくない下着以外は全て余所行きだ
どこに出しても恥ずかしくない
というか恥じ入るのは自意識過剰というものだ
もちろんどうしても透けるんだったら、という話だが
特別な人がいない私にとっては持てる下着全てが余所行きになる
便宜上は
つまり、つまり
私には透けて困る下着はなかった
ということだ
「いや、違いますよね!?」
「まだ勘違いしてない?部屋着を着てくるなって話よ」
ちょっと私が飛躍していたようだ
「まったく、欲しがりさんだなぁつむじくんは。いい店知ってるから、放課後連れて行ってあげよう」
嫌な予感しかしない
「まぁ!まぁまぁまぁ!!」
マーフィーの法則
嫌な予感は絶対に的中する
あゆ様に連れてこられたのは一服寺の下着ブティックだ
いつも同じ店員しかいないんだろうか、ここは
「あの…大変言いにくいんですけど、今着てるのもこの店で誂えてもらったやつで…」
「でもそれは、肌と同じ色味の下着でしかないんだろう?自信を持って人前に出せるやつ、ってことで改めて選んだらいいじゃないか」
まあ、言われてみれば透けるかどうかしか考慮していなかった
この店は結構お高いし、どれも見られて恥ずかしい下着では決してないと思うが、特に好みとか似合ってるとかは意識しなかった
「つむじくんは白がいいと思う。こういうやつ」
あゆ様が手にしたハンガーは、あまりレースレースしていない、綿素材のふわっとした感じの下着
小花柄の刺繍が控えめにあしらわれて可愛げのある見た目だが、こういうのはフィット感がいまいちで好きじゃない
「ビゼ様にそういうの着せてるんですか?」
「違うわよ!」
「ビゼにもこういうの着て欲しい…いつもスポブラばっかりだから」
あゆ様は遠い目で白くてかわいい下着に身を包んだビゼ様を思い浮かべている
「体育によし、芝居の稽古にもよし、上に何着てもうつらないし、着心地もいいからこれでいいの」
そういえばスポブラはまだ試してなかった
しかしビゼ様がそこまで実用一点張りだとは思わなかった
私もカルバンクラインを一揃いだけ持ってたけど、圧迫感が好かなくてあんまり着なかった
我ながらああ言えばこう言うだと思う
そのとき、ふと一組の下着が目に止まった
「ちょっ…待って、待ってよ!」
それに手を伸ばした途端、ルネが猛然と食って掛かってきた
「やめてよそんなの!」
「えー?なんでよ」
私が手に取ったのは、鮮烈な赤のハーフカップブラ
手触りはポリとナイロンのごく一般的な下着の感触だ
しかし表面の装飾は、細やかなレースで彼岸花がゴージャスに描かれている
普通こういうのって花弁のでかい花なことが多いけど、こういう繊細なのを偏執的に細かく象ったのも悪くない
「いいじゃん、ほら」
制服の上にハンガーを合わせてみる
白に映える
「赤ってことないでしょ!下着だよ!?」
「とっておき感あるでしょ。服の裏地とかだってさ、グレーのスーツがなにかの拍子に翻ったときチラッと赤いのが見えるの。かっこよくない?」
「ない!」
「いやあつむじくん、赤はないよ」
「さっきまで透けるの嫌がってた人が、チラ見えのかっこよさを説くのは説得力がないわ」
ええーなにそれ
こんな満場一致で反対されるとは
いや、もう一人いた
いたけど、こいつは何着てもお似合いです!と言うに決まってる
「つむじ様はどんな下着もお似合いだと思いますけど、私共の好みを言わせていただくと赤よりは白の方が…」
マジか
これでは自信を持って人前にお出しできる下着とは言えない
でもこれ以上に自信を持って一張羅と言い張れる下着が思いつかない
「確かにつむじくんも白を着るといいよ!」
あゆ様はビゼ様に着せるつもりでいた白下着を押し付けてきた
「やめなさいよ!つむじさんは…そうね、ラベンダー」
ビゼ様は手近な薄いラベンダーの下着を取って私にかざしている
ビゼ様の今日のヘアゴムがラベンダーだ
多分ビゼ様の好きな色なんだろう
「こういう落ち着いた色にしてよ」
ルネはもちろんグレー
みんな喧々諤々、自分が着るわけでもないのにああでもないこうでもないと自分好みの下着をおすすめしてくる
こういうのはみんな譲れない一線がある
人が着てるものをここまで言い争うことはあまりないが、人に着せるとなると話が違ってくる
紛糾している4人を置いて私は私なりに物色してみる
まず私の肌はイエベなので、多分ラベンダーはあまり合わないと思う
暖色系がいい
前にここで選んでもらったピンクオークルは下着だけ並べてみるとくすみ系で、色としてはあまり冴えない
テクスチャが違うから肌と下着を色だけで比較はできない
ただ着ると肌と見分けがつかなくなるくらいのトーンになる
下着として望める最大限の、私の肌にマッチした色だった
白はいっぱいある
ただお清楚に見えるのはおろしたてのときだけなので、わざわざ選ぶことはなかった
確かにこの世界でならいつまでもおろしたての白さを保つだろう
でも頭の中の姿見で自分に着せてみたとき、本当にこれでいいのかと思ってしまう
ビゼ様に白を着せたがるあゆ様は、ビゼ様の美貌に絶大な信頼を寄せているということだろう
グレーは地味で主張がないが、汚れが目立ちにくいというのと、襟や袖口から覗けたときに大きな違和感がないのがメリットだ
いかにも下着というか、ものの裏側に塗ってある色のような下地感がある
あと透けても服の色味自体には影響がない
ただ私を象徴する色でもないし、目立たないのならこないだ買ったやつでいい
その時フレオの下着が頭をよぎった
私は真昼の女王を継いだのだから、もっと太陽を意識すべきではないのか
そうして手に取った下着は、私の肌に違和感がない色だ
「これ…どうかな」
手に手に絶対自分では着ないだろという微妙な下着を持った4人に見せてみる
…まあ議論が変に先鋭化して、最後には正解から遠のいてしまうことはままある
「黄色」
「…ふぅん」
「なるほど」
「流石つむじ様!よくお似合いになると思います!」
微妙な反応だが、反対はされなかった
私が選んだのはパステル調の黄色で、レースで編まれたガザニアは見事に花弁のグラデーションが表現されている
それでいてどぎつい色でもなく、ピカピカの白でもない、淡めの色調
カップもちょうどいい大きさ
「…まあ、いいんじゃない。赤よりは」
「そうね。赤より全然いい」
「白には劣るけどね」
「つむじ様がお召しになった姿、はっきりと見えます!」
見えるな