第22話
「フレオはさ、何をしてあんなに恐れられてたの」
「恐れられてなどいませんわ!」
額に皺を寄せたフレオが、抱えた書類をバラバラと散らかしながら反論してきた
「でもルネはあんなにビビってたし、みんなも遠巻きにして…アイちゃんみたいな子しか近くに寄らなかった」
「アネモイというのは本来そういうものでしてよ!それをあゆ様やルーみたいな人達が気安い存在にしてしまって…」
ルネはあーあまったく…と愚痴りながら散らかった書類を拾い集めている
「大体あなただって、何をしたらあんなにみんなから追い回されますの?」
まあ、確かに
ただ社会的立場だけで人を制することが出来るというのなら、私にもちょっとはそういう神通力が作用したっていいはずだが、昨夜のプラッド達だ
無論実績は何もないが、その実績だって何を積み重ねたものか皆目見当もつかない
「だからこういうものを持って、自分は女王だというのを知らしめるんですのよ!」
フレオはまた例の杖を持ち出してきた
「いやそれは目が付いてるからちょっと…」
「目の何がいけませんの!?」
「フレオはね、女王になる前からこんなだったし、運動も勉強も人一倍出来たの」
ルネは大分昔のフレオも知っているようだ
「でも一番には程遠かったですわ」
しかしそんなフレオも昨夜は誰よりも眩しく輝いていた
あの時の写真はフレオ史上最高値を付け、早速キャバレーから歌い手としてのオファーも来たそうだ
「とにかく」とルネは書類の束を私のデスクに積み上げて
「目先の仕事を片付けないと女王らしい振る舞いも出来ないよ」
予期せぬタイミングで引き継ぎが発生してしまったために、しなくてもいい仕事が増えたのだ
主に一度はフレオが承認した書類を私が追認し直すとか、フレオがやりかけていたが滞っていたような仕事だ
大体は内容を確認してサインすれば済むようなものだが、とにかく一度は書類に目を通さなければならない
本当ならフレオがやっていた仕事なのだから、フレオが内容を精査して私はそれで進めて頂戴ってなもんで片付くはずなのだが、昨夜のフレオはあの後もカクテルを何杯も飲み下したらしく、二日酔いで使い物にならなくなっていた
「なんでこの世界にはバファリンがありませんの…」
などと言いながら、書類を運んでは長椅子で休み、頭痛に耐えられなくなったら部屋の中を歩きまわって、ようやく私がサインした書類を提出用のファイルに閉じる、というのを繰り返していた
「ウコン飲むといいって言うけどね」
「ウコンて、染め物とかに使うやつ?たくあん漬けるときに入れたり」
料理もしないのにそんなことを知っているとは、ルネの家族がよく漬けていたのだろうか
「カレーに入ってる。ターメリック」
「カレーねぇ…」
フレオは跳ね起きた
私と顔を見合わせた
「「カレー!」」
「…カレーがどうしたの」
この世界についての数少ない不満はカレーだ
ここのカレーは薄黄色っぽくて甘みが遠い肉じゃがといった風情で、こんにちカレーと言って思い起こすあの味には程遠いものだ
流石のフレオも同じカレーを味わっていた様子だ
「わたくしあの寝惚けたようなカレーをカレーと言い張っていることに薄々疑問を感じていましたの!」
「そうだよねやっぱり!あれはカレーじゃないよ!」
学食での人気メニューはグラタンとかオムライス、サンドイッチ、そばうどん
あと意外に焼き魚とおにぎりの定食なんかも売れ筋だが、メニューの隅っこに載っているカレーライスはかなり不人気だ
私も一度食べてみてこれは違う、としばらく遠ざかり、その後いややっぱりあの時の味は何か都合が悪かったに違いないと信じてもう一度食べてみた
だがやはり、厳然と、あのカレーではなかったのだ
「あたしはあれでいいけどなぁ…」
ルネは食べたことがないのだ、本当のカレーを
…いや、本当のカレーはインドのものだから、ここは真実のカレーとしよう
私は書類の山を眺め、思い切って心を決めると、猛然とサインをなぐり書いた
「私の女王としての最初の責務は決まった」
そして私達は真実のカレーを求めて旅立った