第11.5話③
翌日登校してみると、壁SNSでは”一服寺の理不尽なそば屋”という話題がバズっていた
幸いまだ私のことだとは知れ渡っていないようだ
この壁SNSに検証可能性を与えておかなくてよかった
しかしコロッケそばを許容しない派は著しい劣勢だった
「どうして!きったない食べ方じゃん!」
「そんなグズグズに砕いて食べる人ばっかりじゃないんじゃないの?」
「わざわざ砕かなくても、食べかけを麺の脇に置いて麺食べるでしょ。その間にしみ出して、かじったとこから崩れてくるんだよ!」
「いやいや、つむじさん。そういうことじゃないって」
壁を見ているのはもちろん私だけではない
みんなが付箋の小さい文字を見ようと群れをなしている
そのため見ている者同士でしばしば場外乱闘が発生してしまう
「そばってほら、脂っけないじゃん?そこにコロッケが入ると脂が補強されて贅沢感が出るんだよ」
「天ぷらだって油だよ」
「字が違う。脂。獣の脂」
「そばにラード!おかしいよ!」
これはまた別な子
「語尾にデブをつけろ」
これもまた別な子
「何ぃ!?」
「さつまいもの天ぷらだってグズグズのボロボロになるじゃんよ」
「まぁまぁまぁまぁ!」
このままヒートアップされたらレスバの爆心地にいる私は消し飛んでしまう
「なんだよ!つむじさんはコロッケそば気に食わないんだろ!」
「いやまあそうだけど…この場で言い争っても埒が明かないっていうか…」
「逃げんのか!?」
「そうじゃないって!私はただ…」
「もう勝負でもすればいいじゃん」
ルネの放った一言は何故かたまたまその場にいた全員の耳に届いていた
「そうだそうだ!」
「決着つけようじゃねえか!」
もうだめだ
こうなってしまっては誰にも止められない
望んでもいないのに勝手に盛り上がられて、挙げ句私は反コロッケそば派の急先鋒に祭り上げられていた
「ルネが余計なこと言うから」
「あのまま揉めてても収集つかないでしょ」
「でも最初からこっちが劣勢なんだよ?」
「重要なのは勝ち負けじゃないよ。参加することに意義がある」
オリンピックにまつわる有名なお説だが、最初に言ったのはクーベルタン男爵ではない
1908年のロンドン五輪の折、判定を不服として対立していたアメリカとイギリスをたしなめるために、ペンシルベニアから来た主教が説教に用いた一節が元になっている
結果はというと、アメリカの訴えも虚しく開催国イギリスがメダル獲得数首位に立った
「主教様は気楽なもんだなぁ」
どう見てもアメリカの私は、ルネの部屋の狭いキッチンで干し椎茸を戻して甘じょっぱく煮付けていた
「舌にはうまみを感じるための受容体がある。これはグルタミン酸だけを感じる受容体と違って、核酸にも反応して応答を増強する。要するに出汁を組み合わせるとうまみをより強く感じるわけ」
鰹節のうまみはイノシン酸、鹿節はグルタミン酸
そして干し椎茸のグアニル酸を加えると、効果は更に増大する
ラードのうまみは鰹節と同じイノシン酸だ
私のうまみ三重奏に隙はない
店から持ち帰ったつゆに干し椎茸の煮付けを添え、かき揚げを乗せて出来上がりだ
「どうよ。上品」
ルネはまず干し椎茸の煮付けをつまんだ
「おー、なるほど。すごい。この椎茸だけでいいわ」
「おそば食べてよ」
「でもこの椎茸をつゆに浸して食べるとおいしいよ」
「そりゃおいしいに決まってる」
自分でも食べてみる
おいしい
想像以上だ
甘じょっぱいところをちょっとかき揚げに含ませて食べると、味変出来て二度おいしい
私は明日の勝負に一筋の光を見出した
勝てる