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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第63.5話

はー、球技大会だって

ダルい

ゾンダがムキになって女王全員参加とか言い出したから、わたしまで何かしなきゃいけなくなった

その点旗疋(はたびき)さんはずるい

ちゃっかり実況解説の役を仰せつかっていた

一日中拘束されるから、自分で他の競技に参加することも出来ない

汚い

でも好き♡


運動は得意じゃなかった

しなくていいことをしないための知恵なら誰にも負けない自信があった

体育の授業とか、年を経るほどまともに参加しなくなった

だから球技なんてまったく触れてこなかった

男の玉を転がすのなら得意だが、旗疋さんからろくでもない男を引き剥がすためにやっただけだ

そうでなかったら頼まれたってやる気はない

二度とごめんだ

まったく旗疋さんというのは、どうしようもない男の誘蛾灯みたいな人だった

どうやら男からは脇が甘くてチョロそうに見えるらしいのだが、付き合ってみればそんな人間でないことはすぐわかるはずだ

…まあ、付き合わせなかったのはこのわたしなんだけど


ともかく、旗疋さんが一番チョロそうなポストを手に入れてしまったので、わたしは何か他の席を探さなければならなかった

残念ながらこの世界は病欠が出来ない

飲んだらすぐ効くゲームのアイテムみたいな薬がそこら辺の薬局に転がっている

一日サボるにはメンタル的な都合にするしかないが、女王が塞ぎ込んでいるとなると方々が気を使う

ボウリングなんかどうかしら、と運動をしないわたしは思った

体力いらなそう

「これが一番軽い6ポンドのボールです」

ヴェーダから手渡されたボールはずっしり重い

土の入った植木鉢ぐらいの重さがある

「これを…何?ここに指を入れて?」

「こうやって、手を後ろに引いて…前に離す」

「あうっ!」

指がグキっていった

ボールはゴロゴロと力なく転がり、ガーターを走って消えた

「逆に器用ですよ、こんなボールで突き指するの」

とヴェーダはひねった指を容赦なく引っ張った

「痛ッ!」

「すぐ治ります」

上田さんに限った話ではないが、看護師は治療が痛いかどうかなんて意に介さない

苦痛を取り除くための治療だからだ

「こう言ってはなんですけど、ボウリング大会のトッププレーヤーなんて常人には及びもつかないような水準ですよ。かじった程度の人間では恥をかくだけです」

「出ればいいんだから、なんだっていいのよ」

「これじゃ出るのも無理ですよ…筆頭女王が予選に顔を出しました、でお茶を濁すわけにいかないでしょう」

「参加は参加よ。どこに出てらしたんですか?なんて聞かれたら、参加賞のボールペンでも見せつけてやるわ」

「みっともない真似はやめて、他のものを探しましょう」


そうは言っても、やったことのない球技が突然出来るようになるわけがない

わたしの感覚では、小さいボールより大きいボールの方が操りやすいような気がする

しかしサッカーやバレーボールのような、チーム競技にいきなり門外漢が加わるわけにもいかない

道具を使うスポーツも出来ると思えないし、困り果てて部活動の資料を読み漁っていたら、そんなわたしにお誂えのニッチスポーツを発見した


「フラウタ様がキンボール部に!?」

「女王全員参加だから、どうしても何かに加わらなくちゃいけなくて…混ぜてくれる?」

「もちろんですよ!さあさあ!こちらへ!」

キンボールとは、休み時間にやると楽しそうなゲームだ

ただし大人数が必要になる

4人1チームが同時に3チーム参加して戦う球技で、1m以上あるバルーンみたいなボールを床に落とさないように打ち合う

この巨大なボールをチームの3人が支えて一人がサーブするのだが、その時にレシーブするチームを名指ししなければならない

フルーツバスケットみたい

名指しされたチームがレシーブに失敗すると他のチームに同時に得点が入るルールだが、得点が2位のチームは必ず1位のチームを、1位のチームは2位のチームを指名しなければいけない

要するに弱いものいじめはだめと

ボールがボールなので激しい運動は必要ないし、フィジカルよりは判断力を使うタイプのスポーツのようだ

こんな今まで聞いたこともないスポーツ、部員が少ないと思うじゃないか

「部員に紹介します!こちらへどうぞ!」

ところがそこにいたのは、体育館の床を隙間なく埋めるほどの部員達だった

ここは一服寺の駅のそばにある、コミュニティセンターみたいな場所だ

レクリエーションに使えるような施設の一つに体育館があった

今日日体育館と言って想像するものより狭くて大分ボロいが、バスケのコートがあり、ネットを張ればバドミントンやバレーも出来る、設備としては十分体育なものだ

満場の部員達から大変手厚い歓迎を受けたが、これほどの競技人口を誇るスポーツが何故マイナーに甘んじているのか


「オーディエンスの数が桁違いなんですよ。野球やサッカーは練習でも見に来る生徒がいますからね。それに対してキンボールは、競技というより体験の共有みたいなものですから」

「いいことじゃない」

「じゃあ、ドッジボールとか端で見てて楽しいですか?」

「楽しくないよ」

「そうでしょう?」

「やっても楽しくないよ」

「そうですか…」

「わたしにスポーツの楽しさを説くのは、無駄な努力というものよ」

「まあ…とにかく自分で参加してなんぼのスポーツですから、純粋な競技人口にしか認知されていない。何より一人二人じゃ練習すら出来ないんです」

「それは野球やサッカーも同じでしょ」

「二人いればトスバッティングもシュート練習も出来ます。そもそもキンボールは、一人でボールをハンドルしてプレーすることが、ルール上ないですからね」

スタンドプレーが一切できない球技、というのは、なかなかに斬新だ

数多のチームスポーツは、個人の技術や能力に大きく依存する中で仲間と協力し合うからチームプレーが尊ばれる

一方でキンボールは、一人では扱えないボールを与えることで、チームで支える必要性をモラルに頼らず生み出している

どんなに優れた一人のプレーヤーがいても、一人だけで点を取ったりできない

同時にそれが簡単に始められない理由にもなってしまう

「…ねぇ、こんなのお風呂でする話ですか?」

「ヴェーダはどんな話がしたいの?」

「…夜のスポーツの話」

おっさんか

若い女子が顔を真赤にして言うようなセリフじゃない

「じゃあ先攻、ヴェーダ選手」

「はい…!」

喜色満面

わたしにまだ息があった頃、上田さんに気持ちよくしてくれって頼んだことがあった

上田さんの気持ちにはとっくに気づいてたし、こんなことでもお礼になるかなと思った

その時の上田さんは戸惑ってたけど、あとで入浴を介助してもらった時にお風呂でしてくれた

その時もこんな顔だった


さてなんとか参加する競技に滑り込みはしたが、膨大な人数がいて所属もばらばら、得点も競り合うようになっているし、15分3セットという長丁場ではそう何試合もできない

放課後の部活だったらせいぜい2試合というところだろう

これでは部員のほとんどは順番待ちで放課後が終わってしまう

誰でも出来るというのは良し悪しだ

他の競技性の高いスポーツは選手の能力で序列を設けているから、人口が多くても捌けているのだ

「確かにこれは気軽にプレイ出来ないかも…」

「一応、最近入った子に優先的にコートに入ってもらってます。せめて10面ぐらいコートがあるといいんですけどね…」

「それは無茶だよ…」

「大会での進行もどうしようかって話になってまして…」

「うーん…」


球技大会は街中の平地という平地を占領して執り行われる

野球とサッカーはザナドゥランド…とは名ばかりの丘の向こう、専用のスタジアムがあるが、体育館はバレーとバスケで埋まっているし、テニスコートは芝もクレーも選べないし、その上バドミントンまで捌かなければならなくなっていた

校庭はソフトボールやらクリケットで奪い合い

挙げ句に旗疋さんが作った競馬場でポロまで行われるという(どうやって?)

なんだよ、みんなそんなにボール遊びがしたいの?

普段やってる?

見たことない

キンボールはわたしが出るということで、なんとか体育館のコート1面を分捕った

でも1日だけ

しかも隣ではスポールブールとかいう、これまた私の知らない球技が同時開催される

だからみんな本当にそんなにボール遊びしてるの?

「いずれにしても、1日でどう試合を消化するかだけど…」

「1セットの予選をやって篩いにかけようかって話してますけど、組み合わせが不公平になっちゃうんですよね…」

「トーナメントじゃ一度に2チーム篩い落とされちゃうしね」

これではまるで今からレギュラーを選抜するようなものだ

そもそもここは全校合同の競技連盟で、厳密に言うと部活動ではない

同じ仲間内の中で競い合っている団体だ

「固定されたチームってあるの?」

「あるにはあるんですけど…でも全員が同時に3チーム揃うってこともあまりないので、大体はその場にいる子でチーム分けして、あとから来た子は交代で入ってもらってます」

一応ルールでは交代要員8人を許していて、インプレーじゃなければ何度代わってもいいことになっている

わたしは今日集まっているメンバーを見回した

「これ…どうかな。球技大会当日は学校対抗でチーム作って、交代要員無制限っていうの」

「無制限ですか」

「だって他の競技に出る子もいるんでしょ?せっかくこうやって大会やるんだし、なるべくたくさんの子に出てもらいたいじゃない。合流できるタイミングで入ってもらって」

「ああ…!それいいですね!」

他の子達も議論に加わりだした

「なら無限セットやる!?朝から晩まで!」

「いいねそれ!好きなだけプレーできるよ!」

「それだったら私出れるよ!バドの試合終わったらすぐ来る!」

「あっ…私どうしても見たい試合あるんだよね…ちょっとだけでも抜けていいかな」

あっ

なんかこの盛り上がり方はよくない方向に行ってる

朝から晩までこのろくにやったこともない球技をやらされる

フルタイムで出ろとまでは言わないだろうが、少なくともわたしは試合会場から離れられなくなった気がする

いいか宮比凪みやびなぎ

施しは毒だ

自分を蝕む猛毒だ

いい人ぶってバカを見るのは誰だ?


「それではみなさん、球技大会特別試合、三校対抗時間無制限キンボールデスマッチの開催を、ここに宣言します」

笑顔笑顔

顔で笑って心で泣いて、昨日の自分に怒りを燃やす

神様、もう二度と軽はずみな提案はしません

だからあとで旗疋さんとポッキーゲームさせてください

わたしの可愛い生徒たちは大変な盛り上がりを見せている

このかつてない取り組みは、わたしが参加することもあって思った以上の注目を浴びていた

今までキンボールなんて存在も知らなかったわたしのようなギャラリーが、高天原の体育館に詰めかけている

「えーと…みんな隣のコートにご迷惑かけないように気をつけて」

詰めかけたギャラリーは、これまたスポールブールという未知の球技を見る機会に恵まれて、口々にあれはなんだろう、どういうプレーをするんだろうと考察合戦に花を咲かせていた


わたしは高天原チームの先発だ

気は進まないがやらなければいけない

言い出しっぺだから

女王だから

ピーッというホイッスルで試合が始まった

おまけに最初のサーブはわたしが打つことになっていた

何故だ

「オムニキン…紫!」

このオムニキンというワードは、どういうわけかサーブを打つ時に指名するチームの前につけて、必ず言わなければいけない事になっている

審判に聞こえなかったら失点

言わずに打ったら失点

一人以上が言ったら失点

なんなのだこれは

オムニキンがそんなに大事か

毎晩抱いて寝ろ

紫は一服寺、白は高天原、黒は郁金香うっこんこう

チームの呼び名はゼッケンカラーに合わせてある


こうして始まった試合はとてもアグレッシブなものだった

ボールがボールだから激しい運動は必要ないなんて言ったのは誰だ?

はい、わたしです

とんでもない思い違いだ

ボールがボールなので、思いっきりぶん殴ればよく飛ぶ

20m四方のコートなんて余裕で横断する

レシーブは体のどこを使ってもいい

手でも足でもおしりでも

とにかくダッシュでボールに食らいつき、トラップして掲げる

レシーブした選手はボールを掲げて走り回るしパスもする

そして頃合いのポイントで4人集まってサーブ

誰がホールドするのかサーブするのか、直前までわからないよう立ち回ってフェイントを仕掛けたりもする

ルール上一人でボールをハンドルすることがないなんて言ったのは誰だ?

これはヴェーダ

あとでおしおき

ポワンポワンしたボールを打ち合うビーチバレーみたいなものだと思っていたら大間違いだ

ゲーム展開は非常に早い上に、3位以外のチームは常に自分が名指しされるリスクを負って動かなければならない

走って、滑って、オムニキンして、15分

休む間もない

その間に何故かわたし以外のプレーヤーは何度も交代していた

このあと3分の休憩を挟んでまた15分

これを宇宙の終わりまでやる

慣れない運動で体を酷使してもうボロボロだ


コート脇で大の字になって休んでいると、みんながチヤホヤしてくれる

でも今は放っておいて

隣のコートでやっているよくわからない球技は、見ていてもよくわからない

相手のボールにボールをぶつけて的に寄せるみたいなルールらしい

…あれは

旗疋さんを居候させている子

こんな競技に出ているのか

ああ、くそ

駅前に倒れている旗疋さんを見つけたとき、わたしが拾って居候させていればよかった

何故あの時逃げてしまったんだ

心底後悔している

ピーッ

無情なホイッスル

どういうわけかわたしは交代してもらえないらしい

またわたしのサーブ

フルタイムで出ろとまでは言われないだろう?

「ちくしょう!」

ピーッ

みんなの大好きなオムニキンを言わなかったのでペナルティだそうだ、ちくしょう

ああ、今頃旗疋さんは野球の解説をしているはずだ

流暢に選手のプレーを評価して、みんなに伝えているはずだ

神様、このコートに最後まで立っていられたら、どうか更衣室で旗疋さんと二人っきりにしてください

だが今日の旗疋さんは着替える必要はない

「ちくしょう!!」

ピーッ


それからどれほどの時が流れただろう

多分宇宙を3回ぐらい繰り返したと思う

スコアボードの桁が足りなくなって、両端はスケッチブックで桁を足し、真ん中は16進数にした

何対何対何だかもうわからない

なんか途中から部員じゃない人間もゲームに加わっていたような気がする

隣のコートはとっくに表彰式まで終えて撤収してしまった

キンボール競技会の会長が、空いたコートでギャラリーにプレーさせて、新入部員をオルグしている

みんな試合に参加できただろうか

高天原・郁金香・一服寺の3人がボールを支え、わたしがそれをサーブするデザインのトロフィーが3校に配られた

勝利者などいない

みんなでこの競技の醍醐味を分かち合って、球技大会を終えた

キンボール競技連盟からは引き続き参加してほしいと懇願されたが、もちろん時間があったら参加させてもらうわ、とお茶を濁しておいた

こんなスポーツ4時起きの身には堪える


さて着替えて帰るかと思ったら、更衣室はゲロ混みだふざけんな

まあこれだけの人数が一斉にゲームに参加したのだ

当たり前といえば当たり前

このまま家に帰ろうかと思ったが、学校の前にスタジアム行きの乗合馬車オムニバスが来ていた

あちこち行ったり来たりする生徒も多いだろうということで、臨時ダイヤだ

もしかしたらまだ旗疋さんの解説が聞けるかもしれない

わたしは体操着にブルマーという出で立ちで、コートを肩に引っ掛けて馬車に乗った

一緒にプレーした生徒何人かと乗り合わせ、フラウタ様と一緒にプレーできて光栄でした!と今日の感想を承った

スタジアム帰りらしい一団とすれ違う

旗疋さん、もう帰っちゃったかな


野球の試合はとっくに終わったらしい

乗り合わせた生徒達は、明日行われる試合の準備をしに来たのだという

彼女らと別れて、わたしはスタジアムの更衣室を探した


女子更衣室というのは汚い

ゴミだらけだ

抹茶でコーティングされたプチシュークリームとか、飲みかけのロイヤルミルクティーとか置いてある

賞味期限を見てはいけない

ゴミだと気づいたのに見過ごしたことにされてしまう

それに本当にロイヤルミルクティーならいいが、もっと得体の知れないものが入っている可能性もある

一応ここは公共の更衣室なので、そういう個人的なゴミはあまりない

もっと不特定多数のゴミだ

例えばこのゴミ

これはゴミだ

あとこのゴミ

これはゴミのゴミだ

ゴミ

これはゴミをゴミしたときのゴミだ

元が何だったかわからない、土に還らない役に立たないものはみんなゴミだ

わたしの遺体は上田さんの好きにしていいとは遺言しておいたが、遺骨は故郷のみかん畑にこっそり撒いてくれと書き添えておいた

そしたら肥料になって、旗疋さんが食べるみかんを構成する分子になって、旗疋さんの一部になれるかも知れない

なれただろうか

旗疋さんの一部になれたなら、わたしはゴミではない


「はぁ…シャワー浴びたい」

一日中コートを駆けずり回って、こんな季節だというのに汗だくだくだ

でも換えの下着は持ってきてない

一度脱いだ下着をまた身につけるのはわたしには出来ない

体を清潔に保つのすらままならなかったわたしにとって、着替えだけが自分でできるボディケアだった

それがまだ染み付いている

とりあえず制服に着替えよう

こんなことならまっすぐ家に帰ればよかった

体操着とブルマを脱いで畳んでいると、誰か更衣室に入ってきた

「誰かいますー?」

この声は…!

「はっ、はぁい!」

「あ、ならいいんです。電気つけっぱなしだったから…ってフラウタ様!?」

神様は今日一日の頑張りをちゃんと見ていてくれた

情は人の為ならず

これからは人に施して生きていきます

「つむじさん、どうしたのそれ…」

「いやぁ、ビールかけに巻き込まれちゃって」

「じゃあ、うちが勝ったんだ」

「はい!すごかったですよ!なんとゾンダ様が打ち取られたんです!」

「ゾンダが?」

へぇ

そんなこともあるのか

ゾンダの10割は信念の10割だ

誰かの思いがそれを上回った

「フラウタ様はどうされたんですか?確か学校の体育館でやってた、キン…」

「ボール。勝ち負けなんてなかったわ。一日中走り回されて、オムニキン!て叫ばされて、くたくた」

「オムニ…キン?」

「それより、つむじさんの解説聞きたかったわ」

「私スポーツに詳しいわけじゃないんで…実況の肱川さんに相槌打ってただけですよ」

そう言いながら旗疋さんはビールまみれの制服を脱ぎだした

「ああ…手伝うわよ」

「す、すみません」

濡れた制服が貼り付いている

わたしは今旗疋さんの服を脱がせている

なんなら旗疋さんの素肌に触れている

ありがとう神様

旗疋さんをびしょ濡れにしてくれて

どこの神様だか知らないけど明日から信じます

旗疋さんの下着姿

いい眺めだ

最後に見たのはそれこそ高校の更衣室だ

もちろんあの頃はガン見は出来なかった

うっかりでブラを外してしまったら疑われるだろうか

これだけ服が肌に貼り付いていたらホックが外れてしまうぐらい普通に

脱げた

ちくしょう

それにしたってビールかけでここまで濡れるのか

服を着たまま風呂にでも浸かったみたいだ

「つむじさん、体拭いた方がいいわ」

ついでに下着も脱いだ方がいいわ

ここが血の流れない世界じゃなかったら鼻血が出ていたと思う

あぶなかった

わたしのタオルで旗疋さんの体を拭く

「あ、ありがとうございます」

エマニエル夫人のスカッシュのシーンみたいに旗疋さんを籠絡したい

あそこまでじゃなくてもちょっと手が滑るくらい

「大丈夫です、あとは自分でできます」

「遠慮しなくていいのに」

遠慮じゃないんだろうな、と思うと悲しくなる

旗疋さんからわたしへ矢印は出ていない

旗疋さんはどうやらわたしのことを覚えていないらしい

正体を明かしても思い出さないのだろうか

…いや、わたしのことを思い出して好意を持ってくれるなら、わたしはこんなところに来ていない

いいんだ、初めからやり直すんだ

ここには旗疋さんを陥れる男はいない

…陥れる女はいるようだけど

旗疋さんはGUで売ってそうなスウェットとGUで売ってそうなキュロットスカートに着替えると、備え付けの流しで制服のビールを絞っている

わたしもいつまでも下着で黄昏れてると怪しまれるので着替える

…と、ロッカーの中を見ると、食べかけのポッキーがあった

いつのものかわからないが、まあそれは問題にならない

問題は誰が何に使ったか、だ

尿道に突っ込んでオナニーする変態の使い残しかも知れない

嗅いでみる

わからない

効かない鼻が憎い

でもこんなところにこんなものが今この瞬間にあるのだ

神様がくれたチャンスでなかったらなんだ?

信じるしかない

「つむじさんつむじさん」

んー、と咥えたポッキーを差し出す

「チョコの方あげる」

「だっ、だめですよ!だめだめ!」

「んー、どうして?」

「だめなんです!とにかく!」

「…チョコ、嫌い?」

「違いますよ!とんでもない!ただ…」

「ただ?」

「…ヴェーダ様に怒られます」

ふぅん、ヴェーダか

上手い言い訳だ

本当は旗疋さん自身の力をみだりに使いたくないんだ

まあ、今はまだ追求はやめよう

「ざーんねん」

「あのっ、それじゃ失礼します!ブランを待たせてるんで!」

「はぁい、ごきげんよう」

焦るな

時間はいくらでもある

旗疋さんがわたしを悪しからず思っているのは間違いない

それが権威に当てられてるんでなければいい


旗疋さんを拭いたタオルを嗅いでみる

わからない

何故なんだ

耳鼻科でも探して通ったら治るのか

タオルに顔を埋めていると、足音が戻ってきた

「帰るとき、電気消してってくださ」

しらを切れ

これは当たり前だ

この世界では普通のことだと

「ええ、わかったわ。気をつけて帰ってね」

「は…はい」

後じさりながら去っていく旗疋さん

ドアを閉める音が聞こえた

今度こそ帰った

「あああー!バカバカバカバカバカバカ!!」


いいんだもう

恥とかそういうのは捨てよう

旗疋さんの前で思う存分わたしの痴態を見せていこう

生前試さなかったことをするんだ


「ただいま戻りました」

「あ、お帰り」

ヴェーダはバスケットの試合に駆り出されていた

中学高校とバスケ部だったと上田さんが話していた

今もそのカンが残ってるのだろうか

「…?何拝んでるんです?」

「キンボールの神様」

わたしも一つもらってきたトロフィーを飾って、わたしの神棚とした

いつか旗疋さんがわたしを押し倒してくれますように

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