第63話③
とうとうこの日が来た
今日は高天原と郁金香の対戦、ツルちゃんの運命の日だ
「アイ!走ってくれるの!?」
「一応守備も頑張ってみる」
ユニフォームに身を包んだアイちゃんは筋肉質に見える
みんなアイちゃんの快足に期待しているのか、チームは沸き立った
「アイを代走に入れることを考慮して打線を組み直した。ただアイを出すのは最終回だ。それまでは地道に塁に出て地道に稼ぐ。ツル!」
ベンチでずっと地面を見つめていたツルちゃんが顔を上げる
「チームを信用しろよ」
「大丈夫、信じてる」
ツルちゃんはどうなってしまうのか
ベンチで見守りたいところだが、解説の仕事がある
「じゃあみんな、頑張ってね!実況席で見てるから!」
「うん、まかしといて!」
「こういう時に『負かして』は駄目だろ」
「えっ?…ああ、そっか」
「じゃあ…勝たしといて?」
「それも片付けられるみたいで嫌だな」
その時アイちゃんが、右手の拳を掲げて言った
「一等賞!」
みんな顔を見回して、それぞれに納得した様子
「一等賞!」
「一等賞!」
チームのみんなも拳を突き上げ、鬨の声を上げた
「よぉし!行くぞ!」
みんなぞろぞろとグラウンドに出ていく
殿はツルちゃんだ
「ツルちゃん…大丈夫だよ!」
「ありがと、つむじ」
ツルちゃんは自身に満ちた表情でベンチを出ていく
私も実況席に行かなくちゃ
「さあ両校握手を交わし、守備の郁金香グラウンドへ散っていきます。
…おっと、ここで今日の主役、つむじ様のご登場。さすがの重役出勤です」
「ほんとごめんって!」
実況の肱川さんに嫌味を言われたところで、開幕のサイレンが鳴った
「さあ期待の一戦、高天原対郁金香、試合開始です!」
やっとこさで席についてグラウンドを見たら我が目を疑った
「ちょっ…ええ!?」
マウンドに立つ郁金香のピッチャーは、球場が小さくなったかと思うような巨女だった
「何あれ許されるの!?」
「えー、ルール上、体格の規定はありませんので」
どう見ても3mはある
監視台にピッチングマシーンを据え付けるわけだ
でもあんなのが打席に立ったらどこに放ってもストライクだ
「ですので、指名打者としてゾンダ様が打席に立つという仕組みになっております」
「そういうこと…」
なるほど、あんなのがど真ん中に突っ立ってたら対角線の送球が難しいわけだ
妙に納得してしまったが、もう普通の野球だと思って見るのは無理だ
「さあ高天原、バッターボックスに入ります、1番はセンターのヴォラーテ。
前回大会ではなんと11盗塁という大記録で殊勲賞に与っている俊足です」
「彼女本当に速いですよ。短距離走やらせた方がいいくらいの…」
「あー…つむじ様、そういうの、あんまりよくないですよ」
「えっ?なんで?」
「打てないみたいじゃないですか」
「えっ…違うって!そういう意味じゃなくてさ…」
「…おっとピッチャー第一球!
…投げたッ!
ストライィク!」
私の抗弁は怪物の投球によって遮られた
「ええええ!?何今の!?」
「えー、今大会より導入いたしましたスピードガンによる計測では…162km/h!とんでもない豪速球、ヴォラーテ動けません」
「162km/h!?そんなに急いでどこ行くのよ!」
「さあつむじ様も納得がいかないご様子。
バッター構えます。第二球…
決まったッ!ストライク、今度も160km/hを超えてきました」
屋根の上から投げつけてくるボールを打ち返すと思ってほしい
しかも160km/hと言ったら、綱島の横をブッ飛ばしていく新幹線ぐらいのスピードである
それが斜め上から真っすぐ突っ込んでくるのだ
「あんなのどうやって打つの!?」
「えー、ピッチャーのヘイフォン、昨年の防御率は2.42、大変優秀な投手ではありますが、打てない相手ではありませんね」
「ホントかなぁ…」
「さあ第三球を…
打ったッ!三遊間を綺麗に抜けていきます!
レフトが拾います、その間にヴォラーテ一塁へ走る!
セーフ!
高天原いいスタートです」
「いやあ、落ち着いて見てらんないよこんなの…」
「それでもつむじ様には9回裏までお付き合いいただきます。
バッター替わりまして、セカンドのエシル。静かに構えます。
ヘイフォン振りかぶって…
投げたッ!
バント!エシル一球目から当ててきました!
ヴォラーテ二塁へ走る!
ヘイフォンの送球わずかに間に合わない!
セーフ!
お見事、高天原ノーアウト一・二塁で3人目を迎えます」
「いいペースですよ!このままこのまま!」
「つむじ様前のめりの中、3番はキャプテンのラファレ。彼女は右投げ左打ちです。打率も4番でもいいぐらいの成績ですね」
「かつては4番を務めていたと聞いてますよ。今は後進を育てたいと、他の選手に譲っています」
「なるほど。郁金香これはなかなかの強敵です。
ピッチャー振りかぶって第一球…
ストライク!
ラファレ、上手く合わせられません」
「ああもう!キャプテン練習じゃ打てたでしょ!」
「本番は勝手が違うようです。
第二球、振りかぶって…
打ったッ!
しかしこれはピッチャーライナー!
ヘイフォン軽々とキャッチ、1アウト一・二塁」
確かにピッチャーめがけて飛んでいったが、それはそこにピッチャーの上半身があっただけだ
普通の人間だったら手を伸ばしても捕れない、十分な高さの打球だった
私が見ているのは本当に野球なのか、もうわからなくなってきた
その後の4番、5番は軽々と打ち取られ、攻守交代となった
この人間とは思えないピッチャーの防御率は優れているが、確かに打てないわけではない
ただあの巨体ゆえ、打球を簡単にノーバンで捕れてしまうのだ
短く打って走る作戦は理に適っている
もちろん敵がそのことを予想していないはずはないが、これもまたあの巨体ゆえ、俊敏にバントに対応することが出来なかった
しかしあの怪物が捕ることを想定した練習も出来なかった
当たり前だが
私が提案したフライボール革命も、こんな相手では通用しなかった
長打が通るのは左右ギリギリに寄ったコースしかないが、敵の外野はかなり優秀らしく、バッターは長打になるのをむしろ警戒していた
地味にコツコツ塁に出る
守備が地道にランナーを減らす
そしてアイちゃんのロングホームスチール
どれもこれもあの怪物を見たら全く安心できない
そしてこの後もう一人の怪物、10割バッターゾンダ様が立ちはだかるのだ
「さあ郁金香の攻撃です。応援席もたいへん盛り上がっております」
一服寺戦では見られなかった一団が、壮大なアフリカン・シンフォニーに合わせてボンボンを振り回している
郁金香応援団にはチア部がついているのだ
「応援合戦じゃないわけですから。チームに勝ってもらわないと」
「つむじ様ご機嫌斜めのようです。対します高天原、ピッチャーはアウスツル。昨年の防御率は2.84と、ヘイフォンには及びませんがこちらも優秀です。ですが練習中に肩を負傷という情報も聞こえております」
「大丈夫!ツルちゃんはやるよ!」
「さあつむじ様の期待も背負っての登板。ボールを胸に静かにスタジアムの空気を吸います。
サインを確認して…
これは!
ストライク!内角低めを突いた見事なスライダー。
一球目から見せてきますアウスツル」
「ツルちゃんは、変化球が得意なんですよ!」
「つむじ様も大興奮。
二球目も…
投げたッ!
素晴らしい、今度はカッター。
打者の対応を許しません」
「…え?今のなんか違うボール?」
「えーと…スライダーっていうのはこの場合右に曲がるボールで…」
「でもさっき内角行ってなかった?」
「えーとそれは打席は左側なんですけど、キャッチャーから見ますと
…っと!ストライク!
失礼致しました!アウスツル一人目を三振に斬って取りました」
「いや、だって、ツルちゃんの左手の方に行くわけでしょ?」
「つむじ様ご納得いただけない様子ですが、次のバッター打席に入ります」
「左じゃん…」
その後もツルちゃんは多彩な球種をとっかえひっかえ、一球目を見てわずかに構えを変えるバッターの様子を、バッテリーを組むキャプテンがサインで伝え、次々にストライクをもぎ取っていった
それに比べたら豪速球しか取り柄がない相手の怪物の方がまだ打てると言えるが、問題は長打に繋がらないことだ
内野に問題があると言ったが、それはこちらにも内野に大きな壁があるのと全く同じことだった
「…ッストライィク!空振り三振!
アウスツル、好投で一回はノーヒットに抑え込みました!
さあ一回戦終了、つむじ様どうご覧になりますか」
「行けますよ!この調子で行けば勝てます!」
「つむじ様、宝石箱を見たように目を輝かせております。私もこの千姿万態の変化球にすっかり魅了されてしまいました。しかし次の攻撃ではチューリップの飛ばし屋、ゾンダ様の打順が巡ってきます。果たして打ち砕けるでしょうか、郁金香守備につきます」
二回表も巨人の壁に阻まれて得点には繋がらなかった
当ててはいる
塁には出ているが、押し出しで一人帰すには至っていない
郁金香は決して怪物頼みの見世物チームではなかった
「さて二回裏、郁金香の攻撃。スタンドは一層の盛り上がりを見せています」
郁金香応援団はダッシュ慶応で四番打者を迎える
…なんでダッシュ慶応知ってるんだ
これも未来の遺物なんだろうか
慶応と聞くと飲み込む唾が苦くなる
「そして満を持しての登場!4番はこの人!チューリップの飛ばし屋、ゾンダ様です!」
スタンドは両陣営更にヒートアップ
一応ガラスで仕切られている実況席にも容赦なく歓声が響いてくる
「…ツルちゃんはゾンダ様に勝つために猛特訓してきました!きっとやってくれます!」
「そうですね。私も今日はその決定的瞬間を見れるのではないかと、少し昂っています。言わずと知れたゾンダ様、打率10割、右投げ左打ちの主砲。敬遠数でも比類なき記録を保持しております」
「ツルちゃんは敬遠なんてしないでしょう…そこは利口になった方がいいと、私は思うんですが」
ベンチには聞こえていないからと思ってつい本音が出てしまう
いや、聞こえていたらいいのに
かつてツルちゃんはいつかは勝つ、と言った
それが今日かも知れない
でも今日じゃなくても、今日じゃなければ、まだ投げ続けられる
チャンスは必ずまた来る
だがそれを待てない事があるのもわかる
「つむじ様からも厳しい言葉が聞かれました。しかし投手にとっては絶対無比の壁。立ち向かわなければ乗り越えられません。
アウスツル第一球、振りかぶって…
投げた!
ストライク!
鋭いストレートです!」
「えっ!やった!」
「ゾンダ様余裕の見送り。いつもゾンダ様は、一球見送ってから本領を発揮するんですよ」
「えーっ、そうなの?いやらしくない?」
「一球捨てても球筋を見極めるというのは、強打者なら妥当な戦術です。
…おっと先程の投球、こちらも160km/hを超えてきました。速球勝負でも譲りません」
ツルちゃん…無理をしすぎてる
練習でも出なかった球速だ
あの怪物と同じスピードの球を投げるなんて、ちょっとやそっとの負担ではない
「ゾンダ様、スタンスを取り直して…
おっとこれは!」
ゾンダ様は掲げたバットでレフトスタンドを指し示した
「予告ホームラン!速球は見切ったぞという宣戦布告です」
郁金香応援団は大歓声をあげる
「いやあ、最近わかってきたけど、あの人こういうことやるよね」
何からプエルチェ様を庇って膝を傷めたのか知らないが、それはもう絶対、自分を犠牲にしてヒロインを救うヒーロー象に酔っていたに違いない
仮病と言ったら聞こえは悪いが、”プエルチェ様のために差し出した膝”が欲しかっただけなのだ
もちろんそういう自己犠牲は立派
でも打率10割を誇る運動神経とこのでたらめな世界で、無傷でプエルチェ様を救うオプションがなかったわけがない
あの家、部屋着、慇懃な振る舞い
ゾンダ様は筋金入りのナルシストだ
「つむじ様、きっとプエルチェ様が聞いてますよ」
「プエルチェ様にはよくしていただいてますが、今日は敵です」
「勝負の世界は諸行無常。流石決闘で女王の冠をもぎ取ったつむじ様だけはあります」
「喧嘩っ早いみたく聞こえるからやめてよ!」
「第二球…
アウスツル、サインを拒否しています」
何を示すサインかまではわからないが、ゾンダ様を走らせるよう指示が来ているのはわかる
ツルちゃんは何度も首を横に振る
キャプテンは諦めたようにうつむき、もう一度サインを出す
頷くツルちゃん
「さあ腹は決まったか、第二球…
ン内角ギリギリ!」
ゾンダ様の手元めがけて飛んでくるストレートを、体をのけぞらせてど真ん中で捉えて振り抜いた
「打ったーッ!
打球は予告通りレフトスタンドに吸い込まれていきます!
ボールを見送って…ホームラン!
ゾンダ様ゆっくりとダイヤモンドを周ります!
この大歓声!初打席から魅せてくれます!」
ツルちゃんはボールが消えたスタンドを遠い目で眺めた
でも肩を落とすことなくすぐ向き直る
小走りのゾンダ様がホームに帰ってきた
「郁金香、まずは1点、勢いが続くか。この後の打線にも期待がかかります」




