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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第62話②

ピ・ピ、ピ・ピ、というかすかな音がちゃんと仕事をしてくれた

アラームはすぐに止めたから、ルネは起きていない

ブランはどうだかわからないが、起き出した気配はない

この腕時計は、安いながらも暗がりで明かりがつく

4時

見たか、これが社畜の力だ

こんなことが自慢にならない世界は本当に素晴らしいと思う

でもこの自慢にならないことを毎日しているのが丁夜の女王カルマ様だ

まあ、寝坊しているというから確かに自慢はできないが、それでも丑三つ時から明け方までを見守っているはずだ


しかし早起きしたはいいが、出かけようとしたらルネはともかくブランはまず気付くだろう

カルマ様に会うと言ったら絶対ついてくる

まあ私が制すれば刀を抜きはしないだろうし、相手がハルだったらいてくれた方が頼もしくはある

そもそも箱を開いたら、どういう経緯かわからないがハルにも知られるのだ

むしろ連れて行った方が賢明というもの

…のはずなのだが

なんで私はこんな面倒なことをしてるんだ


とにかく箱の中身を検めよう

ベッドの下から例の小箱を取り出す

なんというかこう、形的には非常にオルゴールか何かのようなのがずっと気になっている

なので、何か特殊な音を発する可能性が一番高いと思っている

せっかくこっそり起きたのに轟くような爆音が出たら意味がないが、その時はその時だ

意を決してロックを外し、ヒンジ蓋を静かに開ける

眩い光でも放ったら困ると思って目をつぶって開けたが、機構が働いたような音はしない

恐る恐る目を開くと、箱の中には青く輝く蝶の標本が収まっていた

箱を傾けると輝きが動く

窓から入る薄明かりを反射して輝いているのだ

シーリングスタンプも蝶だった

己の象徴のようなものをこうして与えるのが、親愛の証なのだろうか

窓の外を見ても様子に変化はない

これで箱を開けたことがカルマ様やハルに知れたのだろうか

箱を持ち上げて下から覗いたりくるくる回したりしても、蝶が置いてある以外に何の仕掛けもない

完全にただの箱だ

匂いでも出ているのかと思って嗅ごうとしたその時、標本が動いた

あまりにびっくりしてしゃっくりのような声というか音というかが出てしまったが、寝入っているルネには聞こえなかったようだ

箱を取り落とさず抱えていたのは我ながらファインプレー

蝶を見ると、ゆっくり起き上がり?羽を閉じたり開いたりしている

生きてる

そりゃそうか

この世界では死なない

つまりあれからずっと、この箱の中で静かに眠っていたわけだ

ひもじい思いをさせてしまったな

何か飲み食いさせてやろうと思ったが、あいにく部屋の中の鉢は花をつけていない

外にシクラメンや山茶花があるが、ああいう花の蜜でいいんだろうか

それ以外で蜜っぽいものは、おやつの残りのみたらし団子くらいしかない

「ちょっと待ってなよ」

ベッドから起き出して台所に置いてあるだんごを一串持ってきた

「ほら、甘いよ」

同時にかなりしょっぱいはずだが、まあこの世界なら死にはすまい

蝶の前にだんごを差し出してやったが、触覚をぐるぐるさせるだけで取り付く様子はない

ただの水とかの方が先か

だんごを戻し、醤油皿に水を汲んで来ると、蝶はひらひらと羽ばたいて窓の前を回っている

「外に出たいの?」

言葉がわかるのか、蝶はその場でうんうんと頷くように上下して、また窓の前を回りだした

この寒空に窓を開け放つのも憚られるが致し方ない

駅や学校がある方の丘を望む北側の窓をそーっと開けると、ささっと飛び出していった

しまった

こいつは伝書蝶みたいなものなんじゃ

だとしたら追いかけなければカルマ様の居所がわからない

私は窓を閉めコートを引っ掴むと、ルネの寝息を確認して静かに部屋を出た

そこにはブランが待ち構えているものと思ったが、まだ小屋の中にいるようだ

しかもいびきをかいて寝ている

あれほど開け放っていた方がいいと言った割に、最近はきっちり戸も閉めている

起こして連れて行こうかとも思ったが、相手がカルマ様本人だった場合少々厄介だ

あまり足踏みしている余裕もない

私は階段を駆け下りて蝶を追った


蝶はアーケードを出たところでフワフワと舞っている

「私を待ってたの?」

素早くクルッと円を描くと、東に向かって飛び始めた

着いてこいというわけか

「ああもう…住所教えてくれれば済むのに!」

私は蝶を追って歩き始めた


蝶の進む先、東の空に満月が昇っている

本が読めるような月明かりが夜道を照らす

日の出前に街を出歩くのにはありがたい

月はちゃんと日付を追って空を移動しているが、満ち欠けはしない

いつも満月だ

つまり太陽の光を受けて光ってるんじゃない、自分で輝いてるんだ

なんて月だ


蝶の歩みは遅い

やはり箱の中で衰弱したのか、店先の花壇や鉢植えなどを見つけるたびに花に止まり、小休止する

手に止めても私を引いていけるわけじゃないし、こればっかりは黙って見ているしかない

「あんたが喋れたらいいのにね」

蝶はまたふわりと飛び上がり、分け入った道を進んでいく


それにしても明け方というのはこんなに静かだろうか

原付の普及で、新聞や牛乳も聞き慣れたあの音と共に配達されるようになった

どこで印刷してるのか知らないが、やはり毎朝このぐらいの時間には新聞が来ている

一応女王だし新聞ぐらい目を通さないと、と思って取っているが、中枢にいる私からしたら政治面はゴシップもいいところだし、社会面はこれから頭を悩ますかも知れない問題をちらつかせてくる

あとはルネが連載小説を読んでるぐらいで、最後はブランのたきぎになる運命だ

生活の無駄は許せない性分だが、文明人には必要な無駄というものがある


もう家から結構離れて歩いているが、一台もバイクとすれ違わない

バイクだけではない

これだけ人がいる街で、電車も動いてない夜明け前だからといって、誰一人歩いていないというのは考えられない

蝶が人を避けて飛んでいるという可能性もなくはない

でもなんというか、街の息遣いというものが感じられない

ちょっと行儀が悪いが、通りから窓が近い住宅を覗き込んでみる

もちろんまだ明かりはついていない

耳を澄ませても何の生活雑音も聞こえない


蝶の進む先に、無造作に放り出されたゴミ袋が月明かりに照らされている

いや、違う

あれは人だ

人と動物だ

私は蝶を追い越して、倒れている人影に駆け寄った

「ラビ!?」

倒れていたのはラビとカズリとサヴィリだ

「大変…ラビ!ラビ!」

息はあるが、頬を叩いても、揺すっても目を開かない

カズリもサヴィリも同じだ

深く眠っている、といった感じ

追いついてきた蝶が、私の目の前でくるくると8の字を描く

「これ、あんたがやってるの?」

その場で短くうんうんと上下する

散歩中に眠らされてしまったというのか

ブランが起きてこなかったのもこの蝶の仕業か

「ちゃんと目を覚ますんだよね?」

長くうん、と一回上下

蝶は私を眺めるようにしばし羽ばたくと、また道を進み始めた

この世界のことだしこれで死んだりはしないと思うが、それでも後ろ髪を引かれる

「ごめんね!風邪引かないで」

ラビ達を置いて蝶を追う

そういえばこの世界に来てくしゃみをする人を見たことがない

風邪を克服するとは流石死後の世界

…いや、ウィルスは生命じゃないから元々死なないのか?

まあ生命の定義なんか人間が勝手にやってるだけだが


蝶はお構い無しで飛ぶ

場所としてはヴェーダ様の段々マンションの裏手あたりだと思う

写真のオークションから帰るときに通った道を過ぎた

ここらへんは生前も全く来たことがない、住民以外用のない分け入った住宅街だ

本当にこんなに人間がいるのだろうか

時々、私の見ていないところはセットの裏側みたいに何も存在してないんじゃないかと思うことがあるが、どうやらそれは気のせいだったようだ

それかすごく手の込んだセットだ

しかしこの気配のなさは、撮影の済んだセットの方が近いんじゃないか

街中が眠りについてしまっているのか

記憶を失ったり昏睡したりって、病気ではないけど大分実害があるな

私の力もそういう厄介な代物の一種と言えるかもしれない

とんだお荷物じゃないか、私は


先の見えないうねうねした上り坂に、ずーっと住宅

もうこの辺は一切土地勘がない

しかし丘の頂上が近づいてきたようで、道の先が少し開けてきた

何か茂みのようなものが見える

森や林にしては木がまばらだ

雰囲気としては果樹園のように見える

近づいて木の様子がわかるようになると、見覚えのある枝ぶり

これはみかん畑だ

おそらくこの街の丘でも三指に入るであろう高みだ

学校のある丘、郁金香うっこんこうの方の丘、谷間たにあいを走る線路、街の隅々まで見渡せる

ここなら何者にも遮られず、いっぱいに陽の光を浴びてよく茂るだろう

バイクや車があるならこういうところに住んでみてもいい

でも歩いてくるのは勘弁してほしい

だって疲れた

蝶も一休みしたいのか、みかんの木にまっすぐ向かって…

蝶が目指しているのはみかんの木ではない

満月を背に立つ人影

その人影の指先に蝶は止まった

もう一方の手で外套のフードを脱ぐと、長い髪がふわりと広がった

煌々と輝く月の陰になって人相は見えない

しかしこの人が間違いなくカルマ様だ

そうでなかったらこの蝶はなんだ?

あの地下壕すらもハルが仕組んだ罠だったのか?

そこへ誘い込んだチョコちゃんも?

まばゆい月の光に目を細めてみたが、やはりどうにも顔は窺えない

私はおそるおそるカルマ様に近づいてみる

「あの…おはようございます」

寝坊してるという人にこんな挨拶は嫌味になるだろうか

でも朝4時にこんばんはでもないし、ご機嫌麗しいかどうかもわからない

「つむじ!」

もうちょっとで顔が見えそうというその時、背後から鋭い声が響いた

「嵐!?」

振り向いたが背後に姿はなく、私の頭上を宙返りして飛び越し、私とカルマ様の間に割って入った

もう今更突っ込む気もないが、どうしてみんな軽々しくワイヤーで吊ってるかのような超人的な身のこなしをするんだ

それより問い質したいことが山ほどあるが、一番はこれだ

「どうして起きてるの!?」

「その質問はそっくり返す!どうしてつむじだけ起こされてると思う!?」

嵐がここにいるんだから私だけではないのだが、他のみんなを寝かしつけているのは他の人に見られたくない事情があるからだ

嵐は腰の刀に手を添えて、いつでも抜刀できる構えでカルマ様と相対している

「つむじはカルマには渡さない!」

カルマ様に言ったようにも、私に言ったようにも聞こえる

だがこれで一つはっきりした

目の前にいるのはカルマ様で間違いないらしい

カルマ様が一歩身を引き、両手を広げると耳がキンとなり、気圧が変わったような感覚があった

するとどこからともなく現れたモンシロチョウがカルマ様のもとに飛んでいく

一匹、二匹

最初は数えることが出来たが、すぐに羽音が聞こえそうなほどの大群がカルマ様のもとに集まりだした

あまりの大群に、私と嵐は顔を覆っていなければならなかった

カルマ様の姿が見えなくなるような厚い雲を形作ると、今度は四方に飛び去っていく

月光を浴びるモンシロチョウの群れが文字通り雲散霧消すると、カルマ様の姿も消えていた

ただの幻術の類なのか、それともこの街にあれだけの蝶がいるのか

何にしてもコウモリの群れじゃなくてよかった

「…つむじ」

嵐は私に背を向けたまま続ける

「私は本気だから」

それだけ言うと嵐は大きく跳躍し、家々の屋根を伝ってあっという間に見えなくなった

もうそういうところを隠しもしない

夜明け前のみかん畑に取り残された私は途方に暮れた

「だったら一緒に帰ってくれればいいのに!」


確かにカルマ様は私以外の街を眠らせて人払いをした

でも選んだのは私だ

嵐はそんな力さえも退けることができる

本気なのはわかってるんだよ

でも私の気持ちは?

嵐への答えがはいでもいいえでも、私にははっきりさせなければいけない気持ちがある

私はまだそれを咀嚼できていない

そして私自身がその答えを出したとき、嵐への返事はおそらく「いいえ」なのだ

でも私が答えを出さなければ、嵐とはこのままでいられる…

そう希望的に考えていたが、やっぱり嵐の方はそうではなかった

私に断られた嵐は、素直に引き下がってくれるのだろうか

さっきのことを見ていると、とてもそうは思えない


何度も迷いながら、どうにか知っている道に出た頃には空が白み始めていた

あくせくと走り回るバイクの音も聞こえる

駅のあたりが見えてきた

「つむじーっ!」

ルネがアーケードの前に出て手を振っている

「つむじがまたテレポートしたって、ブランが大騒ぎなんだよ!」

愛すべき同居人たちも目を覚ましたようだ

このちょっとした冒険をどう説明したものか

ルネが駆け寄ってきた

「寝相が悪いとテレポートしちゃうみたいなんだよね、私」

「そうなの!?」

それからしばらく、ルネは平井和正を読み漁った

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