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リリカポリス  作者: 玄鉄絢
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第62話①

会いに来て、という花言葉のメッセージ

ヴェルを通じてルネのことを知っているハルが、こういう手段を使ってくる可能性はある

もちろんそうなればあるじに対する背信ではあるが、私には本物かどうか見分ける術はない

だからこそ手紙でアプローチしてくるということは十分考えられる

香ってみても菊の香りはしない

紙と草の臭いしかしない

「つむじ、趣味が悪い」

押し花をくんくんしてルネにちくちく刺されても、これの正体を見破らないわけにはいかない

「ハコベってどこに行けば咲いてる?」

「そこらへん」

とルネはなんとなく足元らへんを全体的に指さした

粥の中に入ってるのしか知らないので、道端に生えてても私にはわからない

とにかくルネに頼らなければこういうものの何たるかもわからない

「部下が女王のシーリングスタンプを勝手に使う、という可能性はまずないと思いますぜ。女王は肌身離さず持ってるもんですからね」

「私そんなの持ってないよ」

「フレオから杖持ってろって言われたじゃん。やっぱりああいう唯一無二の自己証明的なものあった方がいいんだよ」

「ま、最初に誰かが作った以上、同じものを用意できないとは言い切れませんがね。それが可能性②」

「②って?」

ルネが受けて言う

「本物じゃないけど、知らない人間は騙せる程度の偽物を誰かが作った」

「でも、ブランには本物に見えたんでしょ?」

「見えた、というか、匂いですな。カルマの封蝋は前にも見たことありますが、それと同じ香りが付けてあります」

封蝋を香ってみる

アロマキャンドルみたいな甘ったるい蝋の香りの中に、かすかにカラメルのような、焦がした砂糖の匂いが混じっている

「蝋に火を点けて溶かすんだよね?その時の匂いじゃない?」

「直接火を点けて溶かす奴は煤が混じるんで、見た目でわかります。こいつは粒状になってる蝋をスプーンの上で溶かすタイプです。煤が混ざらないから純粋な色が出るんですよ。その時に香りのものを一緒に溶かすんです」

「へぇー」

確かに綺麗なすみれ色をしている

封蝋ひとつにも色々やりようがあるものだ

「少なくともこの蝶のスタンプは前に見たものと同じに見えますし、香りについても間違いなく同じだと思いますよ。オレは本物の方に賭けますね」

「でもわざわざヴェーダ様が知らせに来るほどのことだよ?用心に越したことはないでしょ」

まあ私に釘を刺しに来たのが本来の目的であって、カルマ様の部下の独断専行の話はついでだろう

まさかこんな季節の便りみたいなものの真偽を問う羽目になろうとは思わなかったが、可能性は低くとも疑いの余地があるのは事実だった

ハルならルネやブランがいても私一人に接触することは不可能ではないはずだ

それをわざわざこうした手紙にして、ルネやブランも見るであろう中でカルマ様を騙って何をする?何の得がある?

逆にハルの暴走が事実だとして、カルマ様はハルに知られないように私に連絡を取ろうとしている可能性もある

五里霧中ってのはこういうのを言うんだろうか

大体どうやって返事をしろと言うんだ


いや、待てよ

こんな時こそあの箱を開けるべきではないのか

カルマ様の地下の城で持たされた、小さい箱

ずっとベッドの下に隠したまま、ルネにもブランにも知らせていない

ただハルはあの箱のことを把握している

開けなかったのは利口だとも言った

つまり開けるとカルマ様やハルには何かが伝わるんだ

爆弾でも詰まっているのか?

もっとも爆弾で吹き飛ばされても、コントみたいなチリチリパーマになるのがせいぜいだろう

流石に女王ともあろう人がそんな嫌がらせはしないと思う

それとも何かの通信機か

とにかく後生大事にしまっておいてもしょうがないし、貰い物の中身を知らないままなのは礼節に悖る

まあ、ただ、二人が寝静まってからこっそり開けよう


最近は元の寝床に戻って寝ている

大分涼しくなってきたがルネは相変わらずハンモック、ブランは玄関先の小屋で毛布に包まっている

ガリガリの体と相まってあんまり寒そうなので、ホームセンターで豆タンあんかを買ってきてやった

これで真冬を凌げるとも思えないが、いよいよとなったら部屋の中で寝てもらおう

「いやあ、こいつは…あったかくていいですな…」

ブランは豆タンあんかを抱えると、すぐウトウトし始めてしまった

やっぱり寒いんだよな


カルマ様はお寝坊さんだと言っていたから、受け持ち時間の終わり頃、明け方を狙うことにする

幸い早起きは社畜の十八番だ

でも目覚まし時計を使ってはルネもブランも起き出してしまう

なので私もアラーム付き腕時計を買っておいた

こんな起きてるときでも聞き逃しそうな小さい音でちゃんと目が覚めるか自信はないが、他の手は「寝ない」ぐらいしか思いつかない

そのままカルマ様に会ってもいいように、ルネが眠ったあと外を歩ける格好に着替えてから寝た


そんな時でも寝れはするもので、なんだか久しぶりに昔の夢を見た

兄は中学生でギターを始めた

父の影響だったが、父はエレキブーム黎明期にかぶれた口で、アストロノウツやベンチャーズばかりかき鳴らしていた

湘南を遠くに眺むるおらが村で、そんなテケテケしたサーフサウンドばかり弾いていたらより一層田舎者になってしまうと感じた兄は、もっと新しいサウンドを模索した

そんな兄は少し街場の高校に上がってバンドを組んだが、そこはやはり田舎のこと、メンバーがなかなか揃わなかった

ついぞベースを捕まえることができなかった兄は、B-52’sというバンドに目をつけた

70年代に結成されたアメリカのバンドだが、メンバーが入れ代わり立ち代わりしつつも現在まで活動を続けている

途中から色々なパートが加入したりしてはいるが、結成当初はなんとベースがいなかった

ベース専用の鍵盤がついた特殊な電子オルガンを使っているものの、弦楽器はギター一人

そしてこのギターも少々特殊で、元はモズライトのベンチャーズモデルらしいが、3弦と4弦を取り払い、残りの弦も大分風変わりなチューニングを施されていた

曲によっては5弦になったり、チューニングもその都度独特で、モズライトの音と相まって唯一無二のサウンドを奏でていた

兄は父のお下がりのモズライト(のコピー品)を4弦にして、バッキングを兼ねたギターとしてバンドを率いた

私からすると、メジャーシーンを目指すような素振りは見られなかったと思うのだが、大学進学を機にメンバーが散り散りになったバンドを捨て、兄はプロの音楽をやるんだと言って一人上京した

そんな中で私は、父が弾かなくなったレスポール(本物)を譲り受け、父も兄もあまり聞かないブリティッシュロックを弾くようになった

比較的簡単なパワーコードが多いのと、サーフサウンド以降のアメリカのロックや猫も杓子もなビートルズは、父の機嫌が悪くなるからでもあった

と言っても別に、バンドを組んだり人に聞かせたりしたわけでもない

長い付き合いの友達も私がギターを弾くなど知らなくて、結婚式に呼ばれたとき余興に披露したら、たいそう驚いていたくらいだ

で、ふとある人の記憶が急に蘇ってきた

私がギターを弾くことを知っている数少ない友人は、実は宮比さんだった

中学2年の冬、何の用だったかうちに来て、私の部屋に上げたのだ

別に隠していたわけではないのだが、いつもクローゼットの中にケースごとしまってあるので、私の部屋にギターがあることさえ他の友人は知らなかった

どんな曲弾けるの?弾いて見せてよ!

…なんて言われるのがめんどくさかった

でもその日はたまたまベッドの上に放り出したままだった

まさか人が来るとは思っていなかった

まあ、なんかそんなタイミングの日だった

ところが宮比さんは違った

「弾いてみていい?」

宮比さんは色々な習い事をしていて、何事も常人がかじった程度の趣味や教養では太刀打ちできないような達人だった

私のベッドに腰掛けてレスポールを抱えると、アラビア風奇想曲をサビから一くさり弾き始めた

ゆっくりしたテンポに聞こえるが、高難度で有名なアコギの曲だ

アンプに繋いでいないエレキギターの音など素っ気ないものだが、運指の見事さを見れば彼女の技術が本物だとわかる

ちなみに私は弾けない

いつもながら彼女のこうした才能は尊敬に値する

「すごいよ宮比さん。そんなにギター弾けるなら兄貴のバンドに入ってもらえばよかった」

「バンドかぁ…親が許してくれないよ」

宮比さんの家は厳格で、映画を見に行くのもままならないほどだ

高校で男遊びするようになったのはその反動だと私は解釈していた

「それにわたし…****さんと一緒に弾きたいな」

それ

私の名前だ

なんて言ったか聞き取れない

もう一度呼んで

もう一度呼ぶように言って

夢の中の私は応じてくれない

その時の私は、密かな同好の士が出来たと思って舞い上がっていた

当たり前の、自分の名前のことなんか気にしているはずがなかった

確かこの時は、二人で知ってる曲をかわりばんこに弾いて、宮比さんは門限までに帰ったのだ

結局その後も、二人でセッションすることは一度もなかった

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