第61話
「ゲームセンターの行列を整理してくれたそうね」
いつも通りコインランドリーに来たら、ヴェーダ様と鉢合わせしてしまった
ザナドゥの徒歩圏に住んでるのに、こんなところまで洗濯に来ているのか?
「いえ…ちょっと…連れの順番がいつ回ってくるかわからなかったので」
「あれから店は連コイン禁止がルールになったそうよ。秩序が保たれて結構」
こんな日に限って、コインランドリーはガラガラだ
各家庭にドラム式洗濯機でも配られたのかな?
…もちろんそんなはずはない
今日はカラッカラの秋晴れ、自分ちの軒下に干した方がよく乾くというものだ
あと、今は授業中の時間だ
私は洗濯物を持って官邸に出向き、公務の合間にここへ来た
ブランは入口に仁王立ちで待っている
「…ヴェーダ様があのゲームセンターを?」
「私も知らないわ。急に申請が来て、不備がないから通した」
「フレオが言うには、自分達が記憶を取り戻したからじゃないか、って」
「私だってあんな古めかしいゲームセンターは見たことがないわ」
「ですよね」
私とそこまで大きく世代が違わないヴェーダ様も、黎明期のゲームセンターなど知る由もないはずだ
「でも昨日、時計屋でこれを見つけたわ」
ヴェーダ様の左手首に巻かれているのは、どう見てもG-SHOCKだ
しかも小さくてピンク色の丸っこいやつ
「ここに来る前、仕事で使っていたのと全く同じものよ」
愛おしそうにピンクのベビーGのベルトを撫でる
「…ホームセンターかどこかにお勤めで?」
「看護師よ」
ああ、なるほど
飾りのない物言いやキビキビした立ち居振る舞い、確かに看護師のそれかも知れない
それもなんていうか、婦長さん的な
「あなたがあの力を振るうようになってから、確かにこうした近代的なものが現れ始めたわ。でも、あなたの年であんなゲームセンターを知ってるはずがないわね」
宮比さんを知っているだけではない
宮比さんと私が同世代であることも把握している
まあ、追求しても何も教えてくれないだろうから捨て置こう
「フレオの言う通り、誰かの記憶の産物に違いないわ」
「フレオは、私が解決可能な問題を増やしている、って言ってました」
「違うわ。元々あった問題を顕在化したのよ」
「…同じことでは?」
「あなたによってもたらされた”未来の遺物”は…まあ、全部がそうではないけれど、概ね何らかの不便や不都合を取り除くのに役に立ってるわ。これらが本当にあなたの力によるものだとするなら、認めたくないけど、これはあなたの善性の発露よ」
「そんなつもりはないですけど…」
「あなた自身が広めたプリクラと違って、あなたはこれで利益を得ていない。もしあなたが自分の利益を最大化しようとする人間だったら、これを手にしているのはあなただけだったと思わない?」
ピンク色の腕時計は私の趣味じゃない、と思ったけど、実際独り占めできるなら様々な利益を私にもたらしたはずだ
ただ、だ
「私は全く関係ない、ということにはならないんですね」
「人の役に立ちたいとか、頼られたいと思ったことは?」
私がプリキュアやアイドルを諦め、最初に目指した現実的な目標は国会議員だ
ギリギリ静岡ではない首都圏を十把一絡げにしたうちの選挙区には、当時地元出身議員はいなかった
生まれ故郷の、コンクリートで舗装しただけのつづら折りから見る景色は、きっと大昔から何も変わっていない
車もすれ違えないような細い坂道の上に何軒も家がある
なのにコンビニ一軒ない
駅に売店もない
なんにもない
国道まで降りても、なんにもないを体験しに来る観光客向けの店しかない
確かに小田原は一駅だ
小田原まで行けば困ることはない
でもこのたった一駅に感じる疎外感は、生まれ育ってみなければわからない
衆院選を控えたある時、地元出身の候補が御用聞きにやってきた
みんな色々な不便を訴えた
わかった、任せてくれ
頼もしい言葉でそれに応じ、代わりに選挙での協力を訴えた
次の選挙でその候補は当選したが、約束は何一つ果たされなかった
父達はやっぱりあんな素人は頼りにならないと諦めムードだったが、私の怒りは収まらなかった
うちの上の方に住んでるおじいさんが、いつもみたいに石垣で軽トラをこすりながら降りてくる
引っ越せとか、もっとちっちゃい車にしろとか、解決する方法はいっぱいあるけど、ここの道をちょっとだけ広げてくれるのが一番ありがたい
候補にそう言っていた
わかった、任せてくれ
結局そのおじいさんは、死ぬまで石垣に軽トラをこすり続けた
私が国会議員になって、あの議員を引きずり下ろす
それが最初の将来の夢だった
もっともそいつは、任期を満了することもなく取って代わられ、二度とこの選挙区で当選することはなかった
私の幼い正義感は、小田原の高校に通うようになって、都会の誘惑にかき消されてしまったと思っていた
「女王に欠かせない資質はね、利他性よ」
倒れている人を見かけたら迷わず手を差し伸べる
かつてヴェーダ様は私にそう言った
回り回って恩恵を受けてはいるが、女王は皆、民草のために日夜汗を流している
「動機はなんでもいい。人に褒められたいでも、権力を振るいたいでも。でも結果的にそれで住民が救われるのが女王というものよ」
自己の利益だけを追求して、約束を破り倒したあの議員を思い出す
でも私は、この世界に恩返しをしようとか考えたことはない
「買い被りすぎですよ」
「褒めてるんじゃないわ。これは忠告よ」
「えっ」
「こうした現象の源があなたであるというのは、確かに何の確証もない私の思い込みよ。でもそれが事実だったとして、あなたはこれを意識的に操っているわけじゃない。だからもしかしたら、いつか私達に牙を剥く何者かを呼び覚ましてしまうかもしれない」
「でもヴェーダ様の仰る通り、私にはどうすることも…」
「これ以上するな、と言ってるの」
「いや…するなと言われてもですね…」
「気安く人の唇を奪うな、と言っているの!」
それは本当になんというか、申し開きようもございませんというか、私が悪うございました
「あなたが私達の記憶の扉を開いてしまったせいで、こういうことが起きているのよ!いい!?こんな時計一つで起きるのは、些細な生活の質の向上よ!今はたまたまこの程度で済んでるだけ!でも、もし、これが争いに発展するような何かをもたらしてしまったら!?エアマックス狩りを知ってる!?白いたまごっちは!?なくていい物の奪い合いならまだいいわ。でもそれでは済まない争いが起きるかもしれない!この世界が公平じゃないことはあなたも十分見たでしょう!?私達の仕事は公平をもたらすことじゃない!公正を保つことなの!そこへあなたは、誰にでも何にでも手が届くかもしれないという、危険な可能性を見せてしまったのよ!」
ヴェーダ様に正論をまくしたてられ、私はべそをかき始めてしまった
でも全部ヴェーダ様の言う通りだ
もちろん私はそんな火種を撒き散らしたいわけではない
大体その”未来の遺物”にしても、私が望んだわけではない
「…だからあなたには、女王に相応しい善性が備わっていると信じたいのよ」
これは期待や信頼ではない、むしろその裏返しだ
もっと言えば要求だ
「ごめんなさい、きつく言い過ぎたわ。でも本当に手に負えない事態が起きたら、あなたもきっと困る」
「…はい」
嗚咽を抑え込んでどうにかそう答えた
私の顔はもうぐっしょぐしょになっていた
大人にちゃんと怒られたのはすごく久しぶりだ
ヴェーダ様の珍しい気遣いに感動する余裕もなかった
「あなたに近づいてくる人には下心があると思いなさい。どうしても施しがしたいなら、相手を見極めることよ」
そう言うと、ヴェーダ様はコインランドリーから出ていこうと歩き出し、立ち止まった
私に背中を向けたまま言う
「…あなた、カルマから接触を受けていない?」
嵐のことですっかり忘れてしまっていたが、手紙をもらっていたんだった
もう大分経ってる
失敬なことをしてしまったな
「手紙を…もらいました」
「最近、カルマの配下の者が不穏な動きをしているわ。カルマの名を使って近づく者がいたら、十分警戒しなさい」
チョコちゃんには忠誠心があると思う
勝手な動きをするとすれば、知ってる範囲ではハルしか思い当たらない
カルマ様しか使えないという封蝋…本物かどうか見極める方法を私は知らない
ブランは立ち去るヴェーダ様にお辞儀をしている
ヴェーダ様と一言二言会話があったようだ
洗濯が終わるまであと8分ある
顔を洗って立ち直らないと
ブランにこんな顔は見せられない




