『嫉妬』の入団面接 ~全豹和也~2
形式的なアイスブレイクが済んだ後、全豹和也はやや間を置いてから静かに自己紹介を始めた。
燃え盛るような無造作に逆立った、赤とオレンジが交じり合う髪。スーツ越しにも感じられる逞しい骨格と、肉付きの良さが彼の存在感を一層際立たせる。鋭い目つきは、まるで狩りの最中の猛禽類のように、こちら一人一人を見定めるかのようで、その瞳の奥に潜む冷静さが、単なる一介の面接に来る者とは思えない異質な輝きを放っていた。にもかかわらず、彼の語り口は意外にも穏やかで、模範的な敬語が自然に溢れていた。
(いやー、想像してたのと違う。物腰も落ち着いてるし、しかも敬語使えるんすね)
(それは、まあ、そうでしょ。敬語ぐらい誰でも使えるよ)
ミルちゃんは恐らく、ぶっきらぼうに最低限の事しか話さないとか、腕を組んだままガンをつけてくるような粗暴な人物を想像していたのだろう。ぼくだってそう考えていたし、警戒していた。こう言っては失礼だが、確かに拍子抜けだ。
前職の経歴について貰っていた資料には記載がなかったので訊ねてみたが、以前に職についていた経歴は無く、今回が初めての就職面接であり、緊張をしているとのことだった。正直、一般的な尺度で考えれば面接に来るような髪型ではないし、見た目からはとても想像がつかない。
もしも、先ほどの水無月九嵐が模範的な存在だとすれば、見た目を除けば全豹和也もまた、同じく真面目な模範的な人物であると言えるだろう。
「えっと、そうですね、では簡単な自己PRをお願いします。何でもいいので気楽に話してください」
相手の緊張感を少しでも和らげようと、嘘真朧は一つクッションを挟んでそう訊ねる。
「レギオンへの志望ではありますが、私は能無しです。その点においては他の志望者に後れを取っているという自覚はあります。ですが体力、そして魔装術の心得があり、どんな荒事をも仲裁することが出来ると自負しています」
荒事。たしかに魔獣の対処は広義の意味では荒事と云えるかもしれない。しかし、模範的ともいえる彼の人柄に似合わない。強いて言えば言葉選びに違和感を感じたのだ。
「荒事。穏やかな言い回しじゃないですね。『嫉妬』、強いてはリベルレギオンは魔獣対策支部として国が要請して実現した組織です。けっして喧嘩の仲裁をする為に作られたモノではないのですが」
鋭い眼光がぶつかった。気がした。彼の意図が汲み取れない。それは彼の失言か。経歴はまっさらのままだったが、どこかで人に言えないようなことをしていたのではないか。そう思った。
「失礼しました、今のは私の失言です。申し訳ありません。私はこの見た目のために、謂れもなく非難されることが少なくありませんでした」
嘘真朧はそう言った彼の肩が、小さく震えるのを見逃さなかった。
(怯えている?何に?もしかして、この慣れない環境に委縮しているのか?)
その時、こちらの思惑を覗き込むように、全てを見透かしているといわんばかりに、和也の口元がニヤリと歪む。
「___ッ」
ゾクりとした。理由は分からない。ただ笑っただけ。それだけだ。別に実際に心を読まれたわけでも、それを指摘されたわけでもない。なのにどうしてか、背中に小さなムカデが這いずっていくような寒気を感じた。
おかしい――肩を震わせているのは向こうではなかったのか。
ボロの倉庫を買い取っただけにしては、室内の空調は十分すぎるほど効いている。なのに、なぜか頬を一筋の汗が滴っているのに気がついた。気分が悪い。いや、気分じゃない。この空間の在り方の歪さに少し眩暈がするだけだ。
それは例えるなら真冬に屋台を開いて、誰も買わないのにかき氷をせっせと作っている不気味さ。ある筈のもの、無くてはならないものがそこに無く、在ってはならないものが在るような歪さ。
(ねーねーだんちょー。魔装の適性って女子のほうがたしか高かったですよね?一度見ておいたほうが良いんじゃないですか?)
急な眩暈に頭を抱えようとした時、ミルが肘をつつきながら嘘真朧にしか聴こえない声量でそう言った。
(あ、ああ、うん。そ___)
「お見せしましょうか?」
再び心の声を読んだが如く、嘘真朧の声に食い気味にそう言葉を被せる。この言葉に心臓を鷲掴みにされるような感覚に陥った。なんだこれは。本当に彼は能無しなのだろうか。
「ああ、すみません。もちろん魔装術のことですよ」
魔装。ぼくは扱わないから詳しくは無いが、魔装紋を介して自らの血液を媒体に超常現象を起こす技術。だったか。もしかしたら魔装には、相手を視るだけで疲弊させる魔眼のようなものもあるのか?そうじゃなきゃ説明がつかない。もし魔眼ならば。隣にいるミルちゃんがケロッとしていることから、指定した相手に効果を及ぼすもの。と考えられるか。
「い、いえ。結構です。技術的な部分は実地試験で発揮していただければと思います」
隣で何か言いたそうな顔をしているミルを無視し、嘘真朧はそう言った。空気ぐらい読めよと舌打ちをしたくなったが今は我慢だ。
目の前の男、全豹和也は少し間を取ってから肯定の言葉を口にする。
「___そうですね。みだりに見せるものでもないでしょうしね」
その後、和也とは定型的なやり取りをいくつか重ね、先ほどの九蘭と同じよう後日連絡をするという形で面接が終わった。その間、特におかしなことは見受けられず、淡々と弾みのない会話が繰り返されるだけだった。
「ねえ、団長。なんか、ビビってました?」
「え?」
さすがに鋭いなミルちゃんは。いや、あそこまで動揺していたら誰でも気がつくか。
「どうかな。ぼくにもよく分からないかな」
「はぁ」
曖昧な返事が返ってくる。そうだ、こんな調子ではいけない。まだ、今日は面接にくる子が一人残っている。こんな憔悴した顔で出迎えるわけにはいかない。隣にいる彼女に気取られるくらいなのだ。正面を向いた相手がそれに気づかないわけがない。
喝を入れ直そう、そう思った時。ミルはガタリと音を立てながら椅子を引き、勢いよく立ち上がり胸に手を当てる。
「調子が悪いなら言ってくださいよ!そーゆーときは!」
どうせ、「いつもアタシに強く当たってるくせに、知らない人と話すとすぐこれだ!日頃の行いですよ!日頃の行い!」なんて嫌味を言われると思っていた。だから、思ってもみなかった言葉に、嘘真朧はポカンと口を開けたままミルの方に顔を向けた。
「アタシちゃん、これでも団長の部下なので!団長が困ってるときは絶対助けるって決めてるんです!」
その頼もしい言葉に嘘真朧はふっと口元を緩めた。
危なくなったら守ってやるとは言った。ぼくの目の前で大切な仲間を傷つける奴は許さないとも言った。実際、ぼくのほうがミルちゃんよりも何倍も強いのも事実。けれどそれは単純な力比べでの話。
精神的な面では違う。この場は火花を飛び散らせて、生命の奪い合いをする戦場ではない。ただの面接であり、話し合い。
うじうじした根暗のぼくよりも、社交的で物怖じしない彼女の方が、この場の序列でいったら何倍も強いのだろう。そして、それに助けられていると実感するぼくがいる。それはなんて言うか。すごく幸福な事なのかもしれない。まあ、鈍感なミルちゃんはそんなこと全く考えてないみたいだけど。
互いの足りない部分を補える存在。
そう考えてみると、意外とぼくたちはお似合いなのかもしれない。
「あ、団長!笑いましたね?ミルちゃんがぼくを守るだなんて笑える!って笑いましたね!?」
「いやいや、そんなことない。キミは頼もしいなってそう思っただけ」
「え~、ホントかな~?」
「本当だって。もう、この話は終わり。次に切り替えてね」
少し照れ臭くなったぼくは、逃げるようにタブレットの電源を入れると、照れて赤みがかった顔を隠すように話題を切り上げるのだった。




