嘘吐きな先生と嘘吐きなアタシ2
ああ、もう分かったよ。悪役なら最初から悪役らしくあれってんだ。紛らわしいったらありゃしない。
「…先生」
「放してやれ」
先生とアタシは違う。たしかにアタシは嘘吐きだけれど、こんな人を蔑ろにして、自分だけが気持ちよくなろうなんて思ったことも無い。私利私欲はあれども、人を傷つけて笑ってられるほど歪んじゃいない。
ありがとう、先生。
アタシ、ようやく吹っ切れたよ。
アタシはフラフラとした足取りで立ち上げる。けれど、それはこの場を後にするためじゃない。
「なんだ宝城、その眼は。もしかしてまだ反抗するつもりか?なあ、おい、先生の言っていることが理解できないわけでもないだろう?実力差も今ので十分身に染みたはずだ。子供のお前は、大人のおれに逆立ちしたって勝てないんだ」
先生は身振りを加えながら困惑顔で喋り続ける。先生もこの場での正解がきっと分からない状態なんだ。アタシに視られたことを後悔している。
物言わぬ兵隊が二人。執音くんとアタシ、二人とも子供。だから体格は先生よりも一回りも二回りも小さい。けど、力は違う。組み伏せられたときに感じたのは暴圧。何か巨大なものに抑えつけられているような、抵抗という選択肢すら握り潰すような圧倒的な力差を感じた。
闇雲に突っ込んでも、先ほどのように抑えつけられてしまうのが関の山だ。
そんなアタシに出来る選択肢があるとするならば_____
「っふ、なんだ、ようやく理解したのか宝城。お前にはここから立ち去るしか道は無いってことに」
西條はミルが消え去った森に目を向けることも無く、自傷気味にそう呟いた。
「宝城。おれは明日からも学校だ。いや、明日ぐらいは休みを取るか。その間にお前は…」
誰ともなく呟く。執音は這いつくばりながらも、痛む身体を少し持ち上げてその顔を仰ぎ見た。その顔は酷く窶れたように視えた。
(ミル。もう行った?やっと逃げてくれたのか。これで――いいんだ。お前はぼく達みたいになることはない。茉莉姉、守ってやれなくて、ゴメ___)
「___ぐふッ!?」
「誰が勝手に動いていいと言ったんだい?そんな勝手をするのなら、お前のお姉さんから___」
「ごっ!ごめ、なさっ!ごめんなさいっ!それだけはっ!やめてっ…くださいっ!」
額を地面にこすりつけ許しを請う。反抗してやりたい気持ちを唇で嚙み留めて、体中が傷むのを我慢しながら、必死で謝罪を繰り返す。相手の気が済むまで、気が許すまで。何度も、何度でも。
「…はぁ。もういいよ。おれももう帰る。お前たちみたいに昼夜遊んでられるほど、気楽な身じゃないんでね」
呆れるようにそう言いながら、眼鏡のテンプルに手を掛け、踵を返す――その瞬間だった。
「うあぁあぁぁあぁぁぁ___ッ!!」
絹を裂く悲鳴のような叫び声が上空から響き渡った。それは周囲の全ての音を掻き消すほどの声量を持って響き、森の中に反響して消える。
「!?」
執音を抑えつけている偽物のミルに狙いを定め、迷いを断ち切り、勇気をもって飛び込んだ。
「み、る…?」
偽物は物言わない。苦しそうな表情をするでもなく、ミルの足元に蹲るだけだ。
「逃げない。助けるって言った。嘘吐きなアタシだけど、執音くんたちの前っ、では。“正直なアタシ”でいたいっ」
その両足はガタガタと震え、言葉もどこか片言だ。けれど、その眼に滲む闘志だけは、静かに燃える青い炎のようにじりじりとギラついていた。
「先生」
「宝城。あまり先生をイラつかせないでくれ。お前には最大限の譲歩をしたんだが。分からないか?」
こめかみを抑えつけるように頭を傾ける。語気を抑え、激情をぶつけないよう我慢しているようだったが、言葉通り、今日一番にイライラしているのが傍からでも見てとれるほどだった。
「じゃあ、もう一つ約束してください。それなら、アタシも帰ります」
「なんだ、言ってみろ?」
「執音くんと茉莉ちゃんを解放してっ!そして、もう二度と関わらないでっ!」
「………」
西條は何も言わない。偽物と同じく、静かにただミルをじっと見つめたまま。その眼光すらも虚ろに空虚で、何かを感じ取ることが出来ない。彼にはその言葉が届いているのか、ただ聴き流しているのか、判断すらつかなかった。
ミルはその沈黙の圧力に耐え切れず、逃げ出しそうになっても、それでも視線を逸らすことはしなかった。ここで視線を外したら、きっともう眼を合わせることすら出来なくなりそうだったから。
けれど、それが命取りだった。
「うわっ!?」
足元にゾワリとした感触。思わず足元に目をやると、起き上がった偽物のアタシが足首を掴んでいたのだ。
「う、うそっ!?今ので起き上がってくるの!?」
自らと同じ形をした影。偽物と解っていても攻撃することは躊躇した。けど、友だちを助けるためならと、断腸の思いで飛び出したのにこの様だ。
「んー!ぐぅううぅ!!ぬうぅうう!」
何とか解こうとしても全く動いてくれない。どれだけ力を入れようとも、まるで巨大な鉄の輪で固定されているかの如くビクともしない。隣で傷だらけの執音くんも手を伸ばしてくれているが、全く持って意味を成さないだろう。
「宝城。分かったか?分かってくれたか?」
先生がゆっくりと近づいてくる。
どうにかこの状況を切り抜けなくてはいけない。そう思った時。




