浮き出た違和感
「あ ちずる 格ゲーやるんじゃなかったの?ならばないと できないよ?」
「えひひ、それなんだけどね。やーめた!だって、あたしシャルちゃんといっしょにやりたかったんだもん」
「シャルルも うん ちずると やりたい!」
「そうだ、さっき歩きながら見てたんだけど、マリテニ空いてるから格ゲー止めてマリテニにしない?」
千寿流はクレープを口に含みながらシャルにそう提案する。
「いいね!シャルルは 格ゲーより テニスのほうが わかりやすくて すきだよ!」
「でね、いっしょにダブルスでやろうよ!あたしたちのコンビネーションを見せつけちゃお!」
そう言いながら千寿流はお金を筐体に入れる。筐体はキャッシュレスが基本とはなっていたが、古いものは硬貨でのクレジットを要求されることもある。
まだまだ人気の作品とはいえ、だいぶ古い筐体なので100円で2回プレイ、もしくは二人プレイが可能なものだった。
「あたしはキャラどうしよっかな~!シャルちゃんはどうする?」
「シャルルはね~ テニスやったことないから これ!」
シャルが選んだのはキャラのランダム選択。その名の通り、表示されているキャラからランダムに選択される。誰になるか分からない、ゲームにある程度慣れてどのキャラを選んでも問題ない人が選ぶ、玄人向けのチョイスだった。
ゲームは途中までは順調に進んだかに見えたものの。
「まけちゃった」
「えひひひ、優勝できなくて悔しいけど結構いいところまで行ったよね!あそこでボール打ちあげちゃってから流れが変わっちゃった」
結果は準優勝止まりだった。シャルは初心者丸出しのプレイで、アウトやダブルフォルトなどを連発してしまうものの、ゲーム慣れしている千寿流が前衛でのボレーで立ち回るなど、フォローを入れて何とかそこまで漕ぎ着けることができたのだった。
「ごめんちずる シャルルが へたっぴなせいだよね」
「ううん、初めてやったんでしょ?だったら十分すごいと思うな!って、あたしもこれは初めてやったんだけどね。あ、もう2クレ残ってる。なんで?」
どうやら始めに2プレイ100円という事に気が付かず、200円入れてしまっていたようだ。何故プレイした後にクレジットが残っているのか、その不思議な現象に疑問を浮かべつつも、二人はもう一度ゲームをプレイするのだった。
「や、やったぁ~!えひひひ、優勝だよシャルちゃん、優勝っ!なんかよくわかんないけど前の人がお金入れてくれててよかった~」
言うまでもないが、もちろんお金を入れたのは千寿流である。ちなみに返却レバーはついていたものの、あくまでも詰まった硬貨を取り出すものであり、返却が出来るかは店によるが。
「シャルルにかかれば とうぜん なんだよっ!」
途中、タイブレークを挟み危うい状況になりつつも、なんとかNPCを破り今度は優勝まで進めることができた。まさか優勝できるとは思ってもみなかった二人は、席に座ったまましばし優勝の余韻を噛みしめる。
ふと千寿流が横に目をやると、マスクをした体調の悪そうな少年が興味ありそうにディスプレイを眺めていた。
「シャルちゃん。なんかさ、多くない?」
視線をゲーム画面に向き直しシャルに尋ねる。
「う~ せっかくかってきたのに~ もういいよ シャルルが たべちゃうから!」
見当違いの回答と共に、シャルが台の上に置いてあるまだ手付かずのクレープを持っていく。
「んと、クレープの事じゃなくてね。ほら、見てみてよシャルちゃん。さっきから気になってたんだけどなんかみんなマスクしてるねって思って」
「…そう?」
「そのね、なんか気のせいかもしれないけど、あたしたちけっこう見られてるかなって。視線?的なものを感じるんだけど」
そう言われて辺りを見回してみると、確かに皆がマスクを着用しているようだった。暗黙の了解というかこのゲームセンターにはそういった決まりでもあるのだろうか。
「あの、ごめんね、変な事聞くかもしれないけど、何であなたはマスクしてるの?」
千寿流が体調の悪そうな少年に声をかける。
「………」
「えひひ、やっぱり風邪、だよね。他の人もみんなマスクをしてるから気になっちゃって。変なこと聞いちゃってごめんね」
顔色の悪い少年に声をかけたのが間違いだったか。きっと会話などしたくないのだろう。
どうにも気まずい雰囲気から逃れるため、千寿流は沈黙する少年に対し愛想笑いを浮かべて、何とか会話を終わらせようとした。
「凜ちゃんここにいたの。もうほかのところに行くなら一言声をかけなっていつも言ってるでしょ」
「…ごめん、お母さん」
少年の母親と思われるマスクをつけた妙齢の女性が現れる。少年に声をかけ、きょろりと辺りを見回しその流れで千寿流たちを一瞥。ギロリと目が見開かれる。
「ねえ、あなたたち、親御さんは?」
「え、あ、その…」
「あ、もういいわ。私たちの前で口開かないでもらえるかしら。行きましょ凜ちゃん」
少年の母親は不躾な態度をとりその場を去っていく。去っていく際に少年がちらりとこちらを向く。その顔は悲しそうな、まるで何かを訴えるような表情を見せていた。
「ねえ、シャルちゃん。ここ、出よっか。気のせいじゃないかも、あたしたちけっこう見られてるっぽい」
「?」
気が付けば全員ではないものの、数人の視線が千寿流たちに向いている。その視線はどれを見てみても好意的なものは一つとない。
千寿流はその刺すような視線にいたたまれなくなり、姿勢を低くしてそそくさと出口に向かうことにした。
いまいち状況が呑み込めないシャルは、手に残っているクレープを口に頬張り、首をかしげながら千寿流の後をついていくのだった。




