アリィちゃんの気遣い
月明かりがきれいだ。
残念ながら砂が吹き荒れるこの地域では、きれいな満月を拝むことは出来ないけれど、砂に負けないぐらいの輝きを放っている。
きっと曇りでも、雨でも、雪でも。変わらないのだろう。
誰の目に触れることが無くても、分厚い雲の向こうで皓々と輝き続けている。
こうしてあたしが安心して眠ることが出来るのも二人が傍にいてくれるお陰なんだろう。だって、あたし一人だったら不安に襲われてなかなか寝付けないだろうから。
翳る月明かりは、そんな何気ない気遣いとどこか重なった。
「ふぁあぁ」
欠伸が出た。風ちゃんもアリィちゃんもまだ起きているみたいだけど、あたしはもう限界かも。
出来れば二人の間に入っていっしょに大人のお話を楽しみたいところだけど、あたしにはちょっぴり早いかな。子供は気楽でいいなって思ってたけど、こういう時は早く大人になりたいかも。そんなことを考えていたら、意識が自然と落ちて行った。
「で、またまた続報なんですがぁ!ここから北、砂漠化した地帯に不思議な建物。わたしは英雄変革によって造られた天然の遺跡かなと思ってますが、誰も向かう人がいないということで偶然話が回ってきたんですよ!」
翌朝5時、眠気まなこを擦るあたしの耳に響いたのは、アリィちゃんの大きすぎる声だった。
「白々しいな。もう分かってたことだろーが」
風ちゃんが呆れたようにそう言った。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!風太、水を差さないでくれますか!?こういうのは新鮮さが命!驚きが活力なんです!あ、ちずちず聴いてます?」
「えひひ、ごめん、聞き逃したかも。あたし、顔洗ってくるね」
いつもならこの時間は寝ている時間だったが、アリィちゃんの声で目が覚めてしまった。とりあえずすっきりするために洗顔と歯を磨きに行こう。
洗面台に立つ。
洗面台には当たり前のようにあたしが写っている。まだ半分夢の中に足が浸かっているのか、片目だけ開ききっていない、何とも不細工な顔だ。
あたしは、反射的に鏡から目を逸らす。
鏡は怖かった。
自分の抜けた顔が嫌だったからじゃない。そもそも自分の顔を視たくないから。
正確には自分と同じ顔のあの子を視たくないから。
「………」
少し憂鬱な気分になって漠然と歯を磨き続ける。朝から憂鬱になるくらいならしばらくは顔を洗わないほうが良いかもしれない。それは流石に汚いか。
心ここに在らず。だから、背後から忍び寄る影に気づくことが出来なかったのだ。
バァッ!
「いひゃぁあぁっ!?暗いっ!な、なになになに~!?」
突然目の前が真っ暗になる。驚いて歯ブラシを落としてしまう。地に立っているという感覚はあるけれど、あたしはまだ夢の中にいるのだろうか?そんなことを思っていたら。
「ちずちず、だれでしょ~か?」
「へ、あ、アリィちゃん?」
「正解です♪」
視界が明るくなる。振り返ると満面の笑みのアリィちゃんが立っていた。
「けど、よく分かりましたね~!昔、沙希。えっと、友だちにやった時は野ブタとか言われてブチ切れそうになりましたけど、ちずちずは違いますね!優秀な子です!」
野ブタってブタだよね。どう考えても手が回らないと思うけど。多分からかわれていたんだろうな。
「分かるよ、だってちずちずっていうのアリィちゃんだけでしょ?それにここには女の子、あたしとアリィちゃんしかいないし」
追加で言うと、風ちゃんがあんな明るい声で“だれでしょ~か?”なんて言うとも思えない。もし言ったとしたら少しホラーだ。いや、少し聴いてみたい気もするけど…
「えへへ、それもそうですね!ちずちず、おはよーさんです!どうです、少しは元気出ましたか?」
「え、あ、うん。おはよう」
そうか。アリィちゃんは鏡の前に立っているあたしが憂鬱そうな雰囲気だったから、こうして元気づけてくれたのか。
「朝こそ元気なれって言うでしょう?一日の始まりは今日の運気にも関わる、とっても大切なことです!ほら、元気が無いままだと、朝ごはんも美味しくなくなっちゃいますからね!」
「えひひ、うん!そうだね!あ、朝ごはん何にする?あたし、シャケが食べたいな」
「良いですね!しっかり食べて活力を満たしてから今日の行動を始めましょう!」




