風太VSフードの女
「アンタ、何が目的だ?」
「へ?」
「とぼけるんじゃねえよ。テメエ自身でつけてたってさっき吐いてんだろ。やり合う気が無いなら何か目的があるはずだ。それを言え」
この女の目的。
始めは千寿流を狙っているのだと思っていた。
だから、あのイタリアンレストランを選んだ。あの店はどうやらフェルメールの知人が経営しているという話であり、こっそり尾行している奴がいないか、手元のスマホで連絡を取り合ってくれていたというわけだ。
結果はビンゴ。怪しいとは言い切れずとも、それらしい人物を発見できた。
千寿流が拾ったという物騒な手紙の件もある。その時点で千寿流を狙っての尾行だと考えたわけだが、その事実をハッキリさせるためにもそれらしい理由付けをし、二手に分かれる提案をしたのだ。恐らくその点については目の前のコイツも疑いの目を向けることは無かっただろう。
オレは恐らく千寿流とフェルメールにつくであろう尾行を、さらに後ろ側で見張るために一人で行動することにした。
しかし、結果はどうだ。コイツは千寿流たちにではなくオレについてきた。
考えられること。オレらの思惑がバレていたということだろうか。
たしかに、コイツの尾行の腕は低くない。つけられていると分かった上で、気を張っていないと見失ってしまうほどだった。
「怖い顔して何だい。大した理由じゃないよ。ほら、お兄さん結構カッコいいだろ?だから行先に興味があってついね。ストーカーみたいなことしてごめんよ。なあ、許してくれるかい?」
「ふざけてんじゃねえぞ。オレは理由を言えって言ったんだ。舐めた口きいてっと」
「なんだい?」
!?
ゾクッとした。
何が?
わからねえ。
心の芯。人体で最も繊細なその部分を諸手で無遠慮に荒々しく握られるような、そんな感覚。次いで聴こえるは耳にうるさい鐘の音。リンリンリンと身体の至る所が警鐘を鳴らす。“この女に関わってはいけない”と。
今まだ戦ってきたどんな魔獣よりも、どんな人間よりも恐ろしい。そんな言い知れぬ恐怖。それが目の前に胡坐をかいて座している。
理由も理屈も分からないが、思いつく行動の果てに勝てるビジョンが見当たらない。
オレの無数に広がる勝ちという未来を先回りして墨汁でぐちゃぐちゃに塗りたくられたような、真っ黒な未来。どう足掻いても勝てない。そんな最低な未来。
いや、何を言ってやがる。
冷静になれよ工藤風太。オレの異能はなんだ。そんなの誰に聞くまでもねえ、身体能力を強化する異能だ。
異能 疾風『AloofnessSoul』はオレ自身の身体を強化し、常人を超えた疾さとそれに耐えうる肉体をもたらしてくれるもの。ただそれだけの異能だが、シンプル故に小細工は通用しない。
どんな異能にも発動の挙動というものが存在する。それは異能の開示だったり、腕を上げたり、力を籠めたり、手印を結んだり。予備動作もなく発動することはほとんど無いといっていいだろう。
異能のなかには予め仕掛けておく設置系のものもあるが、こと今回に至っては考えにくい。なぜならこの場所はオレが気まぐれに決めた場所だからだ。
つまり、この女の異能がどれだけ優れているものだとしても、その最初の動作を潰すことが出来ればいいだけなのだ。
それがオレの異能ならば出来る。視認してからでも遅くない。相手が動いたらその動作を潰せば、たとえこの女がどれだけ優れた異能を持っていたとしても関係が無いわけだ。
「なあ、黙ってちゃ何が言いたいか分からないぞ?それともさ、舐めた口利いちゃった謝罪の言葉でも考えてるのかな?」
「ッ!抜かしてろッ!」
その瞬間、頭の中の線が切れた。対等な立場、互いが互いを認識しているこの状況。相手の異能が明らかになっていない以上、軽率な突進は悪手以外の他でもないというのに。
馬鹿にされ、下に見下されることに矜持が耐えられなかったのだ。
コイツがもし本当にただのストーカーの類の一般人だというなら暴力、殴り飛ばすのは絶対に間違いだ。
しかし、狼の勘が耳元で囁くのだ。コイツは危険だと。
ギアを一段階上げる。もちろん、いきなり最速まで上げきることも可能だが、異能の開示やら、身体への負担が大きいという理由。そして、クロスカウンターを仕掛けられたとき、避けることの出来るよう段階的に上げるのがオレの異能の鉄則だからだ。
それでも常人が反応できないレベル。相手は油断をしているから、ひとまずはこれで様子を見る。




