アリシアとの再会
金髪の女に声を掛けられる。
ピンクのベレー帽、腰まで届くブロンドの髪にエルフのように尖った耳。白い毛皮のマフラー。煽情的な黒のマイクロビキニと、腰からベルトを通した赤いジャケット。肉付きの良い身体に琥珀色の眼が印象的だった。改めて見てもすごい格好である。
それはいつか会ったであろう女性。アリシア・フェルメールその人だった。もちろん女性である。
「あ、えと、たしか、前会った子、じゃないですか?」
「え?」
目をぱちくりとさせる。思い出そうとしてくれているようだった。
「ずぁあぁあぁ~ねぇぇえぇ~ん!挑ッ戦ッ!しぃいぃぃ~~~ぱっああぁあぁ~~~い!」
後ろからお店の人だろうか。厨房服の上からかわいい猫が描かれたエプロンをしたおじさんが、小さなマイクを両手に持ち口を窄めてノリノリでそう叫んでいた。
「ああぁああぁぁ~~~~ッ!!」
次いで金髪の女性、アリシアも両手を頬に当てて叫び出す。なんだろうか、何か大食いの挑戦でもしていたのだろうか。あんな格好で大食いなんてあたしにはとても真似できないが、挑戦って言ってたし、たぶんそうなんだろう。
あたしたちは食事を終えてベンチに座り話の続きを聴くことになった。
「はい、どうぞ、ブラッドオレンジシャーベットです!あ、お金なら気にしなくていいですよ!わたしの奢りです!」
オレンジ色のアイスが入ったカップを渡される。ブラッドオレンジ。あたしは食べたことが無かったけど、ヒンヤリしていてとても美味しそうだ。
「大食いの後はやっぱりオレンジのシャーベットですよね!膨れたお腹にこのきつい酸味の喉越しが最高ですっ!二人ともそう思いませんか?」
「つうかよ、アンタ大食い失敗してたじゃねえか。普段からあんなんなのか?」
「うっ!うぅぅうぅ!思い出させないでくださいよぉ。アイスでお腹も頭もすっきり切り替えようとしていたんですから」
表情がころころ切り替わる。愉快な人なのかもしれない。
あの森で会った時は正直友好な関係とはいえなかった。
たしか星ちゃんが魔獣と勘違いをして先制攻撃を仕掛けて、この人を傷つけちゃったんだ。で、いっしょに安全なところに行こうという話になったけど、足手まといになるしいっしょに居たくないと言われてその場で分かれたんだっけ。
うん、今思い出してもかなり悪印象である。恨まれていてもおかしくない程に。
「で、その、あのメガネの子はいっしょじゃないんです?たしか星一朗でしたっけ?」
「おい」
「いいの風ちゃん。星ちゃんはその…」
たどたどしくも全部話した。話す義理なんかなかったけど、喧嘩別れみたいな感じになっちゃってたんだ。本当の、優しい星ちゃんを知っておいてほしくて、精いっぱい真実を話した。話している最中に思い出し泣きしそうになったけど何とか我慢できた。
「すみません。そうだったんですね。ごめんなさい、無理させてしまって」
「ううん、星ちゃん、ちょっとせっかちだけど、悪い人じゃないって知ってもらえたら、あたしはそれでいいから」
暫くの沈黙。三者が目を伏せる。次の言葉をどう切り出すか迷っていた、その時。
「新海区の森で一度名乗っていると思いますが、改めて自己紹介です!わたしはアリシア・フェルメール。雑誌とかでは公認のトレジャーハンターって紹介されているかもしれませんが、気軽にアリシアって呼んでください!あと好物はお腹の膨れるものです!仕事柄食べたくないようなものも食べないといけない機会も多いので『食べ物は神様』座右の銘はそう思うようにしています!」
そんな悲しい思いは誰も味わいたくない。だからもう終わり。悲しい話題はもう終わりと切り替える様に笑顔を作りアリシアがそう言った。
「さあ、お二人も、お名前だけでいいので自己紹介、しちゃってください!」
肩を押される。これは逃げられない。自己紹介とか普段すんなりやってのけている気もするが、いざやってくださいと言われると途端に緊張する。これ、分かってくれる人いるかな?
どのみち、逃げられない。知り合ったのなら名前を名乗らなきゃいけないのは当然だし。
「え、えっと、近衛千寿流です。好きな食べ物は、その、カレーうどんです。苦手なものはその、けっこう多いです」
「カレーうどん良いですねえ!わたしも大好物ですよ!けど、苦手なものが結構多いっていうのはいただけないですね!」
「あう」
ぐいっと顔を近づけられる。オレンジシャーベットの匂いがした。
「苦手なものがあること自体は別にいいんです。誰にだってあります!わたしも虫は未だに苦手ですからね。でも千寿流、いやちずちず!あなたはきっとその多くの苦手を減らそうと努力したことはない、違いますか?」
「えと、はい。たぶん、そうです」
「じゃあ、頑張りましょう!一つ一つ克服して、最後は何でも食べられる、全てを美味しいと感じられるようになっていきましょう!」
正直、初対面でぐいぐい来るな。そう思ったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。多分人柄なのだろうか、きっと彼女は善人なのだと思う。だから、嫌な感じがしないのだろう。あたしはこのアリシアって人、好きかなって思った。
まあ虫を好きになることは死んでもないと思うけど。
「工藤風太。以上だ」
「は?」
「………」
「はぁああぁぁぁ~~!?」
「うるせえな、アンタ。あと顔近づけんな、口(オレンジシャーベットの甘い匂いがして)くせえよ」
「あんにゃっ!?」
そう切り捨てると風ちゃんは徐に立ち上がる。それとほぼ同時にアリシアちゃんがあまりのショックで後ずさる。さすがに可哀想と思った。
「行こうぜ千寿流。腹は膨れたんだ。ここにはもう用はねえだろ」




