繫華街 川崎
日が陰り、空の色が徐々に青色から藍色になる。
マジックアワーともいわれる神秘的な風景を背に受けながら、繫華街川崎へと足を踏み入れる。
街の明かりと調和したその夕焼け空に目を細めつつも、ようやく人が住む街に到着でき、千寿流たちはほっと胸をなでおろす。
「わわ、きれいだね、シャルちゃん」
「ちずる ハナよりダンゴだよ!」
「えと、どういう意味?」
「えっとね おなかすいたっていう いみ!」
「おっけ、じゃあどこか食事できるところ探そっか!あたしも美味しいカレーうどん食べたいし!」
ひとまず食事をとる為、美味しい飲食店を探して街を散策することに決めた二人。
川崎は一言でいうと都会である。結九里と比べると川崎は一回りも二回りも大きな街で、ネオン街が華やかに彩られていて歩くだけでも気持ちが昂るのだった。
「あ、見て見て!お食事の…きはな?えっと読めないけど、おいしそうなお店だよシャルちゃん!あそこにしない?」
そう言って千寿流が指差したのは『お食事処 椛』という看板だった。
「シャルルは どこでもいいよ!ちずるはグルメだよね?おいしいところって しんじてるからね!」
「え、あたしってグルメなの…かな」
慌ててスマホでお店の評判をチェックする千寿流。サイトでの評価は5段階評価での3点。何とも言えない感じだが口コミを見て見ると美味しいとの評価が並んでいたので大丈夫だろう。
大きな屋敷に住んでいるし、お金も持っているしシャルのほうがグルメなのではないか、と疑問を浮かべつつも千寿流たちはここで食事をとることに決めたのだった。
「なんか、お店の人があたし達を睨んでたけど気のせいだよね?なんか、マナーみたいなのってあったかな…」
「どれにしようかな~ かみさまの いうとおり!」
千寿流の心配事は聞き流し、数え歌の要領でメニューを決めようとしたシャルだったが、運悪く止まってしまったのはほうれん草のおひたしだった。
「シャルル これにしなきゃ だめ?」
「えひひひ、好きなの頼もうよシャルちゃん!それにほうれん草だけじゃお腹ふくれないでしょ」
「うん シャルル 和牛ハンバーグステーキ定食 にする」
ようやく腰を落ち着けてゆっくりと食事を取ることが出来た二人。
思えば今日は悪い夢のような出来事の連続で、思い出してみると未だにふわふわとした浮遊感が頭を苛む。加えて熱に浮かされた様な高揚感もある。
地面が割れ空が見えたこと、異質な人型の魔獣、腕を吹き飛ばされた青年。どれもが日常ではありえない、現実離れした光景だった。
「ん…これから、どうしよっか」
ネオンで煌々と輝く景観を見ながら千寿流は誰にでもなくぼそりと呟く。探してあげたいという気持ちと、思うよりも外の世界は怖いという気持ち。千寿流はこの奇妙な旅を続けるのか迷っていた。
「…ごめんちずる シャルル ちずるに めいわくかけて ばっかだよね」
いつも元気なシャルが珍しく肩を落としてうなだれる。千寿流の声のトーンから彼女の気持ちを察したのか謝罪の言葉を述べる。
「ん…ううん、まだ探すよ。っていうかクラマちゃんは見つけるまで探す!あたし、今そう決めた!だって…」
だって。
だって、見たくないから。
目の前の小さな少女の曇った顔は、涙は見たくない。自分のほうがお姉さんだとか、善意の押し付けとか、義理が在るとか無いとか、そういう小難しい理屈じゃない。
ただ、友だちの泣いている姿を見たくないだけ。それだけ。理由はそれだけで十分だった。
「この街は広いし、クラマちゃんの事を聞いて回りながらあたしたちも楽しんじゃお!あたし、ゲーセンとか行ってみたいしっ!」
「…うん!シャルルも ちずるともっと あそびたいっ!」
あくまでも楽観的に。子供らしく、あたしらしく。
千寿流たちはせっかくなら楽しくありたいと、この旅を精一杯楽しむことに決めたのだった。




