風ちゃんといっしょに
あれ?どういうこと?
あれだけ反対していたのが嘘のように収束した。まるで“夢でも見ていた”ように。
シャルちゃんが入ってきて一言口を添えてくれて。それだけだったはずなのに、意見を言い合うようなこともなく、魔法にでもかけられたように収まってしまった。そしてそれよりも気になったのが、そのことについて誰も疑問に思わないということだ。
「ちずる よかったね!あきひさも ちひろも オッケーしてくれるって!」
「え、えと、うん」
脳内の処理が追い付かない。たしかに外に出ることを許してもらえて嬉しい気持ちはあるけど、あまりにも違和感というか、不自然に事実が捻じれ曲がったような気がして、嬉しさよりも気味の悪さが勝っている、そんな感じだ。
千寿流には知る由もないが、シャルの持つ不完全な異能『Night Teller』はシャルの強い意志に対して逆らうことが出来ないという能力に変化していた。だから、“おねがい”というシャルの言葉に対して、二人は頷くしか選択肢を取ることが出来なかったのだ。
そしてこの異能のもう一つ隠された能力。
それが、この異能の発動時にその現象、事象に対して違和感や不信感を抱くことが出来ないというもの。つまり、近衛夫妻の態度の180度の変わりようなど、明らかな違和感も違和感として捉えることが出来ない事実改変に及ぶ力を秘めている。
ちなみにシャルはこれを無自覚で発動している。
おそらく、これらは想像を具現化する元の夢抄『Night Teller』のオート操作に起因するものだろう。
冒険の始まり。千寿流たちがクラマを探しに行くことになったのもこの異能のせいかもしれない。もちろん、シャルの異能抜きで千寿流本人の意思として、困っている友人を助けたいという気持ちはあっただろうが。
(なんだろう、なんか変な感じがする)
抱くことの出来ない違和感の片鱗。それは肉眼では見失ってしまうほどに小さく、何気なく歩く通学路に咲く花畑の中に一輪、枯れ萎む兆候を見せ始めた向日葵に気づくような、そんな超人的な感覚。
それを千寿流は感じ取ることが出来た。
「よかったですね、千寿流ちゃん!」
「ちゃんと話せば何とかなるもんだな」
二人もこの事象を何の違和感も感じることなく受け入れる。おかしいが正常。それが当たり前だと言わんばかりに。
「う、うん。そうだね。えひひひ」
正しいが正解とは限らない。
独りだけ正常なら。
自分以外全員が異常だとするならば。
間違っているの自分なのだ。
だから、自身の抱いた疑問は間違っているのだと思うしかなかった。そもそも許可を求めてお願いをしたのだ。その許可が貰えたのであれば、正解か間違いかなんてどうでもよかった。
「オレが言うのもなんだけどよ。結構あっさりだったじゃねーか。お前はそれでよかったのか?」
景色が流れる様に後方へと飛ばされていく。
風ちゃんがバスの窓際、後部座席に座ってスマホゲームをやっているあたしに声をかける。
結構あっさり。それはもしかしなくとも家を出るときの話だろう。
ちょっと遊びに出かけてくる。そんなノリで家を出た。しばらく会えなくなるのだ。もっと話しておくべきことはあったかもしれないのに、何でだろうか、思えば思うほどに何を言えばいいのか分からなくなっていったのだ。
「うん。ほら、スマホでいつでも会話できるし」
そう言ってLILLEのグループ画面を見せる。それはあたしとパパとママ、家族三人だけのグループだった。
顔を視たくなったらビデオ通話で良い。今は昔と違う。離れていたっていつだって繋がっていられる世の中なのだ。だから、会えないことに憂いを感じる必要なんて何もない。けど、それも強がりなのかもしれない。
「ごめん、ちょっぴり強がり。少し寂しいかも」
自分で決めた。自分の意思。自分の我儘。だから自分のせい。
あの時に弱音を吐いたなら、決意が揺らいでしまいそうだから。
だから隠したけど、こうやって離れるとやっぱりちょっぴり寂しいのだ。
「オレが誘ったんだ。お前が止めたいってんならいつでも言えよ。お前を安全に送り返してやることだけは約束してやるからよ」
「うん、ありがと、風ちゃん!」




