父の想い
音が止んだ。
あれだけけたたましく吠え立てていた魔獣の声がしない。パパとクラマちゃんが何とかしてくれたのだろうか?
そう思い、玄関に向かうため立ち上がる。すると後ろに引き戻されるように腕を掴まれる。
「千寿流、ダメよ」
ママだった。
「外から音しなくなったよ?たぶん、パパとクラマちゃんがあっという間にやっつけてくれたんだよ!だから、様子だけ!その、見に行っちゃ、ダメ?」
ママは首を横に振る。それは否定の意思を示していた。あたしたちの手前、気丈に振舞っているが、気持ちは張り裂けそうなのだろう。当たり前だ。ママだって見に行きたくてしょうがないんだ。
「ごめん。そうだよね。危ないもんね。ごめん、ママ」
泣きそうなあたしを抱きしめてくれた。それはぎゅっと強く、そして優しくもあった。
ママの腕の中で温度を感じる。身を任せる様に脱力する。すると不思議とあたしの心は少しずつ落ち着いていく。まるで温かい毛布に包まれているかのように、安心感が広がっていく。
「みんな!シャルルがだきしめて あげるよ!ほらっ!おいで!」
それを傍からじーっと視ていたシャルが子供たちに呼びかける。子供たちはその呼びかけに応じシャルの元へとわらわらと集まる。中には魔獣の咆哮の恐怖から泣き出している子もおり、そんな子たちを少しでも安心させてあげたいと考えたのだろう。
けど、子供たちの人数は10を超える。いくらシャルと同じくらいの背丈の子供だとしても、一斉に寄られてはひとたまりもない。
「うわわわっ!?ちょっと!だ、だめだよ!そんなに いっきに きちゃっ!」
案の定おしくらまんじゅうの様になるシャル。その様子にようやく気が付いた千寿流たちだったが、その経緯を知らず、何が起こっているか全く理解できなかったようだ。
_____バタンッ!
玄関のドアが勢いよく開けられる。
「おいッ!おめえら無事か!?」
そこには少し息を切らしたパパとクラマちゃんがいた。良かった、無事だったんだ。
怖かった。最近辛い出来事が続いたからもしかしてって、怖かったんだ。
「無事で良かった。本当に」
ママはそんなパパを安心させようと優しい笑みでそう言った。
「おう、当然だろ、俺がいれば。って格好つけたいところだが、正直俺は何の役にも立ってねえ。全部クラマがやってくれたことだ」
「いえ、秋久様が気を引いてくださったお陰ですよ。謙遜しないでください。魔獣と対峙するのは初めてですよね?普通は足が竦んで動けませんよ。ですから、秋久様のお陰なんです」
事実、魔獣を倒したのはクラマだ。しかし、これ以上言い返しても延々と言い合いになってしまうだろう。子供たちの手前、そんな見っとも無い褒め合いは止めておいたほうがいいな。
「俺らは無事だったが、他んところはどうなんだろうな?」
「他でも魔獣が現れたみたいだけど、何とか力を合わせて撃退することは出来ているみたい」
千尋はスマホの画面をこちらに向けそう言った。見たところ怪我人は何人か出ているみたいだが、大事にはなっていないようだ。もちろん、千尋の連絡網でしかない。まだ楽観視をすることは出来ないが、助けに行こうにもここから離れるわけにもいかないだろう。
「秋久さん?」
「ああ、別にもうどこにも行かねえよ。俺らは子供たちの命も預かっているんだ。お前らを置いていくことなんざ出来ないからな」
俺はそう言い終わると椅子に腰かけ、深いため息を吐いた。
マジで現実味が無い。上がり切った動悸がいまだに落ち着いてくれない。魔獣ってのはあそこまでヤバいやつらなのか?じゃあ、俺らはそんなヤバいところに千寿流を送り出していたっていうのか?
あり得ねえ。シャルの異能に頼り過ぎたつけだっていうのか?いや、シャルのせいにするのは違う。あいつは何も悪くない。軽い気持ちで送り出した俺らが悪いんだ。
「パパ?」
疲れ切った顔をしていただろうか。千寿流が泣き出しそうな顔で俺に声をかける。
そうだ、コイツはこんなにも気が遣える最高の娘だ。俺の、俺たちのたった一人の娘だ。どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘なんだ。それなのに、どうして。




