妄想
「そうですね。お嬢様の異能について、まだ正しい判断はつけられませんが、機能していないと考えていいと思います。その証拠に私たちは何度も魔獣と遭遇していますし、襲われてもいます」
「うん、そうだよね。クラマちゃんと会う前もあたしたち何度も魔獣にあったことがあるし。あたしも間違ってないと思うよ」
ソファーで鼻提灯を作りそうなほど幸せそうな顔で眠っているシャルちゃんをちらり見る。その時ふと浮かんだ。それは深く、黒く、夜よりも昏い。友だちを裏切る邪な感情。
“シャルちゃんの異能が正常に機能していれば星ちゃんは死ななかったのに”
ガタンっ!
「千寿流ちゃん!?大丈夫ですか!?」
この場にいるのが苦しくなり、逃げ出そうと後ろに身体を引いた。当たり前のように座っていた椅子が倒れ、あたしは盛大に後転してしまう。お尻を思い切り床に打ち付けたが、痛みなんてまるで感じなかった。
「う、うん、バランス、崩しただけ。大丈夫だよ、クラマちゃん」
思い浮かべた本人が一番に驚いていた。あたしにもそんな風に思う心が在ったなんて。口に、声に出したわけでもないのに、唇が痙攣したかのようにプルプルと震えている。
何を言ってるんだあたしは。シャルちゃんは何にも悪くない。一ミリだって悪くないんだ。シャルちゃんは英雄変革のせいでこうなっちゃったんだぞ。それを言うに事欠いて“シャルちゃんのせい”だって?
(バカバカバカバカバカっ!あたしの大バカ!友だちのことをそんな風に思うなんて最低だよっ)
そんな風に思われてるなんて知ったら、絶対に傷つく。だって、あたしだったら傷つく。だから、シャルちゃんだって傷つくに決まっているんだ。
いやだ。そんなの、いやだ。友だちでいたい。まだ、これから先もシャルちゃんとはずっと友だちのままでいたい。またいっしょに遊んで、どうでもいいようなことで笑い合って過ごしたいんだ。
何気なくシャルちゃんが眠っているはずのソファーに視線を向けた。
さっきまで気持ちよさそうに眠っていたシャルちゃんはいつの間にか目覚めており、身体をこちらに向けて座っていた。そして、赤く光る双眸が瞬きすらすることなく、責め立てる様にあたしをじっと睨みつけていた。
何を求めるでもなく、何を口にするわけでもなく、ただじっと、こちらを睨みつけている。
「っひ!?」
それは恐怖。あたしは尻もちをついたまま、無様に大きく後ろに仰け反った。
ああ、そうなんだ。
そうだそうだそうだよ。シャルちゃんの異能、Night Tellerは思ったものを思い通りに捻じ曲げる能力なんだよね。だったら、あたしの思っていることなんて一切合切全部筒抜けで、何もかも見通しているってことになるじゃないか。
何を考えたって、何を思ったって掌の上。全部見透かされてあの眼で責められる。全部。何もかも。全部。あたしの事、全部っ!
「千寿流ちゃんっ!」
何事かとクラマちゃんが近寄って身体を支えてくれる。ああ、ダメだよ。そんなことしたらあの赤く光る眼であたしは。
あたしは。
____あれ?
身体を支えられながらゆっくりと起こしもう一度シャルちゃんの方を視る。そこには先ほどと変わらずぐっすりと、幸せそうな寝息を立てて眠るシャルちゃんがいた。
眼を擦ってもう一度確かめる。何度試してみても気持ちよさそうに眠る姿がそこにあるだけだった。
「大丈夫ですか、千寿流ちゃん。きっと、星一朗様の事でまだ気持ちに整理がつけられていないんです。心がリラックスできるお飲み物を用意しますね。さ、立てますか?」
「うん。ありがと、クラマちゃん」
クラマちゃんに引かれる様に何とか立ち上がる。
シャルちゃんは眠っている。そもそも、起きてすらいないのだろう。だからあれはあたしの幻覚、弱い心が生み出した妄想のシャルちゃんだ。
そういえば川崎でもこんなことがあったっけ?
目を覚ましたらクラマちゃんがいて、シャルちゃんが夜深ちゃんを忘れちゃってて。あり得ない状況に怖くなって逃げ出そうとしたけど逃げ出せなかった。たしか、その時はクラマちゃんが今みたいに通路の真ん中を通せんぼするように。
え、今みたいに。
「ん? どうしたんですか、千寿流ちゃん。やっぱりまだ横になられていた方が」
「え、えひひひ。う、うん。ごめん。なんかまだ疲れが取れないみたい。ごめんね、クラマちゃん」
「……そうだっ!千寿流ちゃんさえよければですが、気持ちが少し落ち着いたら、みんなでお出かけしませんか?ショッピングやお茶をするだけでもいいです!絶対に私が後悔させませんからっ!」
暫く俯いて何かを考えていたと思ったら、唐突に両手を合わせてそういうクラマちゃん。
きっと、あたしを励まそうとしてくれているんだよね。うん、その気持ちはすごく嬉しいけれど、まだ、そこまで気持ちを切り替えられそうにない。だから、クラマちゃんには悪いと思いつつも提案を断ろうとした。
「そうと決まれば風太様にも連絡を取らなければいけませんね。もう少しこちらにいると仰られていたので、まだ間に合うはずですっ!」
(あれ、あたしの意思は?)
改めて断ろうと手を伸ばそうとして引っ込めた。
えひひひ、クラマちゃんって結構強引なところあるよね。もちろん嫌な気はなんて全くない。だってそれは、あたしのことを思って言ってくれるってことで、すっごくとっても嬉しい事だから。
まだ正直気持ちが引き摺っている部分はあるけれど、友だちのお誘いだ。それならここは流れに身を任せてみてもいいかもしれないと思った。




