逃避
泣き続けるシャルを宥め、とりあえず落ち着ける場所が必要だと考えた結果、シャルが住んでいるという三日月館に向かうことにした。なるほど、この広さなら休養をとるにも問題ないだろう。
あれから三時間ほど時間が経過しただろうか。先にクラマが目覚め、その後に千寿流が目を覚ました。
頭では理解できても感情がそれに順応できない。なんてことは生きていれば少なからず誰もが経験することだろう。
泣き止まない千寿流とそれを宥めるクラマを残し、オレは息抜きに庭園へと足を運んでいた。いや、逃げてきた、といったほうが正しいかもしれないな。
ギルドにはオレから対応してもらえるよう連絡してある。星一朗や亡くなった子供たちの親族にはすでに連絡が行っているだろう。
もちろん、ギルドには千寿流を溺死させようとしていたあの男についても伝えてある。素直に口を割る玉とも思えないが能力者の尋問には同じく能力者が当たる。言い逃れは出来ないだろう。
人が少なからず亡くなっているんだ。表向きは魔獣による被害となるだろうか。それともあの男か。その辺りは千寿流に話をしっかりと訊く必要はありそうだ。
とはいえ一つ疑問が残る。
あの時は考えを割いている余裕もなかったから流していたが、あの男を殴った時違和感があった。人間という骨格を殴ったような感触を感じられなかったというか、“人間に似せた何か”を殴ったような感触というか。気持ちの悪い、尾を引く感覚。
とはいえオレだって人間を殴り慣れてるわけじゃねえ。杞憂であることを願いたいが。
「お兄さん もうおひさま しずんじゃうよ?おうちに はいろ!」
後ろを向く。そこには紫髪の少女が立っていた。そこに立たれるまで、まるで気が付かなかった。
気配が無い?いや違う。オレの勘が鈍っているだけだ。別段動き回ったというわけではないが、今日は少し疲れているのかもしれないな。
「ああ、そうだな」
こういう日には何も考えないで、食いたいもんを食えるだけ腹に入れて、風呂でも入ってさっさと寝るに限る。家に帰れない時、普段は格安のホテルを利用することが多いが、今日は上等な毛布を抱いて寝れるだろう。
「風ちゃん。外に行ってたんだ」
「ああ。どうだ、少しは落ち着いたか?」
「……わかんない。けど。さっきよりは、少し落ち着いたと思う」
しばらく間を空けた後、顔を俯けそう言った。
「そうか」
無理もない、目の前で友人が殺されたんだ。一日足らずで気持ちを切り替えろというほうが無理という話だ。情けない話だが、こんな時掛けるべき言葉ってのが見つからない。見え透いた話題で取り繕うくらいなら、何も喋らないほうが良いと思った。
「オレは部屋に戻ってる。無理すんなよ。何かあればそいつらにでも言えよ」
「風ちゃんは?」
「オレと星一朗は知り合いでも何でもねー。話すんならそいつらのほうが適任だろ。そう思っただけだ」
「そうじゃないよっ!そういうことじゃない。そういうことじゃ、ないんだよ」
「そうか」
オレはそう短く返し、部屋を後にすることにした。これ以上あそこにいても、無駄にアイツの心に傷をつけてしまうと感じたから。あの場所でオレに出来ることは何も無いと感じたから。
(いや、何言ってんだオレは。また逃げただけだろ)
その日の夜は寝苦しかった。
空調は効いていて、ベッドも毛布も最高級といって差し支えないものだろう。これ以上ないほどの環境であったにも関わらず、なかなか寝付くことが出来なかった。
オレは魔獣狩りだ。人の死に直面したのは今回が初めてではない。片手で数えられないくらい程度の死には向き合ってきた。今回も同じ。魔獣狩りという職に就いたのであれば何度でも経験するであろう、その延長線上にある一つの事象に過ぎない。
感傷に浸るつもりなどなかったが、知り合いの友人の死と云うだけで、ここまで気分が濁るものだろうか。
(ああ、畜生、慣れねえな)




