覚醒
それからはもう蹂躙と呼ぶのも生易しい暴力の嵐だった。ぐちゃぐちゃに顔の形が変わるくらいに踏みつぶされた。歯も折れてるのかな。血が口の中に溢れて痛くて気持ち悪い。辛くて苦しい。苦くて、逃げ出したい。
「いくら可愛くてもこうボコボコだと不細工と変わりねえ、なっとッ!」
「ぐふッ!?ごぽぉッ!」
腹と顔を思い切り踏まれ、無理やりに横を向かされた。目線の先で何かが輝いている。
キーホルダーだった。
さっき、転がった時に飛ばされたのかな。
あれはたしか結九里を出る時だったかな。星ちゃんに貰ったキーホルダーだ。そう言えば星ちゃんには今度会った時に文字を掘って完成させてくれるって言ってたっけ。
でも、永遠に無理になっちゃったね。
星ちゃん。ごめん。
情けないあたしで、ごめん。
「っふ、結局迎えも来ないしタイムリミットってのは何だったのかね。けど来ないならもういい。私にだって考えがある。私に生意気をしやがったこのガキを。あ?なんだあれは」
足を振り上げた男の視界の片隅に一つの銀に輝く物体が輝いた。それは星一朗の愛用していたモデルガン、ロキだった。
「っは、かははは、いいじゃないか。このガキをぶっ殺すには丁度いい土産物ってわけだ」
男はその場を離れロキを拾いに行く。男はモデルガンだということには気が付いていないが、それは特に問題ないだろう。発砲出来ないのであれば、銃で殴り殺すという形でも構わないのだから。
(いや、この茂み。念には念を入れてクレバーに。用意周到に行こうじゃないか)
支度を終えた男は振り返る。そこに在ったのは驚嘆。理解できない現象に言葉を失った。
「……は?」
駆けよる。血の池だ。これは先ほどの少女が吐き散らかしたもの。そんなの見間違うはずもない。真っ赤に染まる自らの手で殴り続けたのだから。
なら、その少女は。どこに行った?一瞬だぞ?ちょっと目を離しただけだ。人一人がそんなすぐに消えるはずもない。
じゃあ異能か?そんな異能を持っているのなら最初から使えばいい。じゃあ、その可能性は潰える。ならば仲間が駆けつけたのか?
「動かないで」
背後から声がする。それは酷く低く冷酷な声。
男にはその声の主が誰か解っているはずなのに、なぜだか他人の様に聴こえた。
「なぜ、動ける?」
「友だちの声が聴こえた。もう、今は聴こえないけれど」
「何を言っているかわからないな。動くなとはどういうことだ?」
「いいよ。動いても。でもあなたに許すのはこちらを向くことだけ」
男はゆっくりと振り返る。
そこには先ほどの少女の顔をした誰かが立っていた。
男がそう表現したのは無理もない。同じなのは顔、そして髪色、髪から伸びる耳、尻尾。それだけだ。
髪型も、服装もまるきり違う。何より、あれだけ痛めつけ整形外科でも手を焼くだろう腫れ上がった顔は、口元や鼻から一筋の血が垂れているだけで、ほとんど完治していた。
「は、はは、どういうことだ?何をしたっ!」
当惑の色を隠しきれない。目の前で起こった事実を現実として認めることが出来ない。
手が微かに震えている。寒くもないのに小刻みにブルブルと。こんなことが起こるはずがない。そう自分に言い聞かせるが、目の前に向けられた冷たい銀色の銃口が、否応なく真実を突きつける。
何だ。何が起こっている?なんで傷が治っている。
そしてすぐに思い当たる。それは思考放棄の簡単な答え合わせ。
(は、はははは、異能か。このガキ、土壇場になるまで自分が能力者だということを隠し通していたということか?)
逃げるべきか、押し切るべきか。どちらにせよ向けられた銃口を下ろさせなければ話にならないだろう。
「で、どうする。なんだ、それで私を撃つのか?君には凶器で人を殺すことが出来るのか?」
「……」
少女は何も答えない。ただ氷の様な無感情な眼差しで男を見据えるだけだ。
それを見て男は心の中でほくそ笑む。やはり、この少女には覚悟が無い。人を害するという非情さが無い。ならばあの銃口から弾丸が発砲されることは無いだろう。そう確信する。
「うん、別にもういいよ。あたしは誰かを傷つけたいわけじゃないから」
そう言って銃口を下ろす。その隙を男は見逃さない。流れるような動作で詰め寄り、少女の脳天を刈り取る様に回し蹴りを叩きこむ。
「ぐがぁ!?」
突然の衝撃に少女は短い悲鳴を上げて再度吹き飛ばされる。けれど、もう無様な隙を見せることはなかった。空中で一回転し、受け身を取り地面を擦りながら着地する。
「すごい……あたしがあたしじゃないみたい。これがあたしの異能?」
「馬鹿な、頭ごと潰す勢いで蹴りつけたのに!?」
(身体能力を強化する異能か?それならあの驚異的な治癒能力も頷ける。しかし、そうであるならば私には勝ち目などまるきりない。私の異能も無敵に近い能力だが、仕込みが必要な面倒なものだ。分が悪すぎる!)
ここは退却。戦略的退却。生き残るための逃避。逃げなければいけないシチュエーション。そう思い踵を返す。
大丈夫だ。この少女は甘すぎる。背を向けて逃げる人間を背後から撃つような真似は絶対にしない。
「逃げるの?」
背筋が凍り付く。よく分からない何かがその場に足を縫い留める様に絡みつく。
「いいよ、もう。けど、一つだけ、本当のことを答えて」
「う、なんだ?」
「これはあなたの意思でやったことなの?それとも誰かに頼まれてやったこと?」
男は嘘を吐こうと思った。適当にはぐらかしてさっさとこの場から立ち去りたかったからだ。だって、この場は居心地が悪すぎるから。
けど、できなかった。あの少女にはそうさせない凄みのようなものを感じたから。だから、本当のことを告白することにした。
「フードの、男、いや女だったかな。顔が良く視えなかったから分からないが、頼まれたんだ。金払いが良かったからな、二つ返事だった」




