その男、水面に浮かぶ氷の如く2
「五分。思ったよりも短くて助かった。これで終わりにする。次の一撃で君を殺害する」
ロキは今の衝撃で吹き飛ばされた。目に視える範囲には転がっているが取りに行くことを許す、なんてことは無いだろう。
男が歩いてくる。ゆっくりと。動けなくなった獲物を刈るためにその拳に力を込めて。
なるほどよく視ている。動けないというほどではないが、僕は全身が激痛で満足に回避行動の一つも取れない状態だ。精々無様に転がりながら逃げるのが関の山だろう。だから、これでチェックメイト、というわけだ。
「っふ」
「何を笑っている。気でも触れたのか?それとも、何かまだ隠しているカードがあるのか?」
「タイムリミット。三十分なんだろ?なら、後十分ぐらい話に付き合ってくれよ」
「何かを企んでいるのか。誰か助けが来るのを待っているのか?それともそこの女が目覚めるのでも待っているのか?可能性ならば意味の無い話だ。潔く諦めろ」
「ははっ。さすがに僕もそこまで落ちぶれていないよ。あるかもわからない可能性にしがみ付くくらいなら君の言う通り、潔く死を選んでみせるさ」
返答はない。男は既に目と鼻の先まで寄っていた。振り上げられるのは右拳。そのままそれを振り下ろして、それで終わりなのだろうか?
「一つだけ。最期にひとつだけ。訊いてもいいかな?」
「なんだ?一つだけ聴いてやる。言ってもいいぞ」
「クソ、さっき吹き飛ばされたせいで、土煙が眼鏡を覆ってよく視えないな」
男が少し屈みこみ、こちらに顔を近づける。いいぞ、乗ってきた。一つだけとはいえ質問を許したことといい案外甘いのか。それとも勝利を確信したことでの慢心か。
「なんで僕を殺そうとする。顔はよく視えないが君と僕は初対面だ。人違いってわけでもないんだろう。理由ぐらい聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
「守秘義務だ。それについては話すことは出来ない。それではな」
コイツは僕の手元に攻撃手段がないことに気づいている。だから、ここまで無防備に近づける。だから見下して悦に浸れるんだ。
吹き飛ばされたのがアスファルトの道を外れた土の上で助かった。僕の攻撃手段はロキだけじゃない。
氷の様な男?馬鹿馬鹿しい。その胸中はそこらにいるチンピラと変わらない。水面に一石を投じてやればたちまち揺れて溶け始める流氷に過ぎない。ならその水面を波紋という怒りで歪ませてやるよ。
手に握った湿り気のある泥を男目掛けて飛ばしてやる。もちろん、僕が悪あがきとして泥や石ころで目つぶしを行うまでは予測出来ていたのだろう。そこまでは。
男は片腕を上げ眼を守る。
「馬鹿。その泥、猛毒さ」
ブラフを噛ませる。さてどう動く。
「……ブラフか?」
男は腕にかかった泥を慌てて払うが、すぐに僕の言葉が嘘だと見抜くと、眉間の皺をほんの僅か歪ませて僕に止めを刺そうと振り下ろす。
なんだ、怒れるのか。表情を必死に殺して無表情を気取るなんて、売れない舞台役者みたいだな。随分と人間らしいじゃないか。
再度泥を飛ばしてやる。次は先ほどよりも多く、視界全てを覆ってやるほどに、大袈裟に。大胆に。しかし、頭に血が上っているのか、先ほどのブラフで脅威ではないと理解したのか、もう腕で庇うような真似はしなかった。
それが致命。
男の敗因。
「拡がれ。堕神拡光」
一瞬だった。視界が白く染まる。
「目がっ!?くうぅうぅッ!!」
男が眼を抑え立ち眩む。これだけの至近距離、今回はアリシア・フェルメールを穿った槍の様な鋭利さを捨て視界を奪うことに重きを置いた堕神拡光。これだけの至近距離、鋭利さを増すために距離を必要とする槍よりはこちらの方が効果的だと判断した。
「ぐうぅうぅ!?ううぅうぅうぅ!!」
男はふらつきながらも僕のいる場所に向かって拳を打ち込もうとする。
僕はその場を転がる様に移動し、ロキを拾い直し、全身の痛みで倒れそうになるのを必死にこらえ何とか距離を放す。男の視界が回復するのに少なく見積もっても三分から十分。終わりだな。
「僕の異能 光粒転纏『Alelujah』は無尽の弾丸だよ。僕の意志で撃ち出した光は形を持ち、姿を変えながら鋭利さを増し相手を殲滅する。それに僕の意思でという制限はあるけれど、さっきの泥みたいに物体を変換することも出来る」
異能の開示を終える。これで奇跡の体現は僕と男の間で共有された。男との距離は十五メートル程度しかないが、この距離でも必殺の光槍に変化するだろう。悪鬼は殲滅、これでジャッジメントだ。
「さよならだ。光救遍雨」
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