その男、水面に浮かぶ氷の如く
「フン、開口早々にイカレてるね、君」
「礼儀だよ。いや、一方的な。私だけが満足できる礼儀。だってほら、君を殺した後、罪悪感に駆られたくないんだ私は。だから、これが私なりの礼儀」
「頭もイカレてるとくりゃ、言動も支離滅裂で何言ってるのか解らないな」
「このコイン。これがスタートの合図だ」
そう言いながら男は手元に忍ばせていたコインを、公園の池に向かって親指で弾き飛ばす。
「ふん、分かり易くていいねっ!」
そう言いながら懐に忍ばせたロキを瞬時に引き抜き、抜き撃ちの要領で男に向け引き金を引く。
コインは未だに宙を舞っている。これは不意打ち。だから、この距離ならどのタイミングで引き金を引いても、百パーセントの確率で命中するだろう。
ロキから撃ち出された光の槍は形状を変形させながら鋭さを増していく。故に通常の銃弾と違い、対象に近づきすぎると形状が槍の形に変化しきれず、威力が大きく落ちるという欠点がある。
一発では戦闘不能に追い込むことは出来ないかもしれないが、それなら戦闘不能になるまで無尽蔵に連射するだけだ。弾切れは無い。何も問題は無い。
撃ち出された無数の光が男に直撃して爆発する。鋭さは無いが、普通の人間なら何発も耐えられるような衝撃ではない。
視界を煙が支配する。後退しつつ男の立っていた位置を凝視する。
「……いない?」
っち。一撃で仕留めそこなったか。こうなると自ら視界を塗り潰してしまう光救遍雨は一長一短と言わざるを得ない。
前、近衛さんと出会った時に遭遇したあのアリシアとの戦いを思い出す。人間相手だと悪手となりかねないな。それにロキの攻撃が効かない手合いにも意味が無い。仕切り直しが出来るという点では有効だが、今後は少しやり方を改める必要があるか。
こんなくだらない事で男にアドバンテージを取られたくない。姿勢を低くして姿を隠そうとした瞬間。
「それが君の礼儀か?」
視界を遮る様に正確な回し蹴りが飛んでくる。その声に反応するとともに、上体を逸らして何とか攻撃を躱す。それが必殺の一撃かは定かではないが、頭に食らえば脳が揺れてまともに戦うどころじゃなくなるだろう。
「おい、なんだよ、それは?」
「……?」
男は首をかしげる。本当に分かっていないのか?それとも狂人でも演技しているつもりか?もしそうであるならば馬鹿馬鹿しい。おままごとには付き合ってやる気はない。
「なんで声をかけてから攻撃をした?僕を舐めてるのか?」
今の攻撃。コイツには“視えて”いた。だから僕の頭を正確に狙ってきた。声を掛けられていなければ躱しきれなかったかもしれない。
「それか。それは礼儀だから。君と私はお互いに声をかけ、互いを認識し、こうして争っている。であるならば死角からの攻撃は礼に反すると思った。だから礼儀として声をかけただけ」
「何言ってるかわからないな。どこの国の礼儀作法だよ」
「私」
そう言いながら男はこちらに向かって一直線に走ってくる。
あり得ない。銃が獲物の相手に、直線状を馬鹿正直に突っ走るなど馬鹿にもほどがある。
「三十分。それが私に与えられたタイムリミット」
(三十分?なんだ?異能によるなんらかの制約なのか?)
いや、くだらない事を考えている場合じゃない。
「光救遍雨ッ」
僕は直線で向かってくる男に対して発砲する。
「……ッ」
男は駆けながらも最低限の回避行動で光弾を躱しながら突っ込んでくる。何発かは被弾したものの、距離が近くなっていることもあり致命傷とはならなかった。
(コイツ、光救遍雨の欠点に気づいているのか!?不味いッ)
姿勢を低くし屈んでからの蹴り上げ。間一髪のところで躱し、飛び退きながら股越しに乱射する。狙いを定めて撃つなんて真似はとてもじゃないが不可能。アニメなんかじゃ体よく見せているが、こんな状況になったらもう冷静じゃいられない。
男は能面のような表情で、こちらに拳と蹴りを織り交ぜた攻撃を加え続ける。躱すのが精一杯だ。さっき撃った光弾は躱されたのか、それすら分からない。この場は分が悪い。
「光遍矍灯ッ!」
「また、目くらましか。芸の無いことだ」
光遍矍灯はAlelujahで作り出した光弾同士をぶつけ合い閃光弾のよう炸裂させる技。仕切り直しだ。僕の異能の性質上、どんな方法であれ近づかれたら勝ち目は薄いのだ。
僕は左の人差し指をフレームに手をかける。この眼鏡は特注品だ。フレームの部分を回すと透過率を変更することが出来る。煙には対処出来ないが閃光弾に対しては機能する。
(お前からは視えていないだろうが、僕からはお前の姿がしっかりと視認できているぞ)
銃口を男に向けようとして思い留まる。先ほどは至近距離で発砲したにもかかわらず、攻撃が効かなかった。いや、効き目が薄かっただけかもしれないが、決定打には繋がることはなかった。
コイツも馬鹿じゃない、受けたダメージでこちらとの距離を把握するぐらいの芸当はやってのけるかもしれない。
もし今ここでコイツに向かって発砲したのなら、僕との間合いを図られる?
それどころか当たった角度で、どこから撃たれたか方向すら判るのか?
ならば、ここは一度退くのが賢い選択だろう。しかし、この一瞬の迷いが勝敗を分ける。
「視えた。行くぞ」
男は一直線。逡巡した僕を馬鹿にするかの如く、迷うこともなくこちらに向かってくる。
「ッぐ!」
鳩尾を渾身の力を込めた拳が貫く。ミシミシと嫌な音が鳴り、消化物が食道を駆け上がってくるのを感じる。
たまらず吹き飛ばされる。
木に強かに背中を打ち付け、息が一瞬止まり視界が揺らぐ。身体の芯から鈍い痛みが広がり、心が折れそうになる。
どういうことだ。今目の前の男の視界は光遍矍灯の光によって完全に覆われていたはずだ。
「っぺ」
口を切ったせいで溢れてきた血を吐き捨てる。目の前には男。能面の様な表情の男。息を一つ切らすことのない、機械のような男。
その目には何を写しているのだろうか?感情の色がまるでなく、冷たく全てを凍てつかせる氷の様だ。
さて、次を考えないとな。絶体絶命とも言っていいこの状況、どう凌ぎ切る、星一朗?




