後ろの正面
「っく」
蔦の魔獣に疲労という現象はあるのだろうか。あれから数分、いや十分は経っただろうか。攻撃の手数は一向に収まらない。このままではジリ貧だ。一度大きく距離を放して、体力温存を優先する形に切り替えたほうが良いだろうか。そう考えを巡らしている間にも攻撃は襲い来る。
その刹那、周囲が光に包まれたと思ったら、私に伸びてきた蔦が全て散り散りになり、眼前で霧散して消えゆくのが視えた。
「ごめんっ!遅くなった!」
「星一朗様っ!」
星一朗は狙いをつけることもなく、眼前の魔獣に向かってただひたすらに銃弾の雨を浴びせ続ける。
星一朗の異能 光粒転纏『Alelujah』は彼が自らの意思で撃ち出した物質を光の弾丸に転換する。また、ある程度は富士野の意思とは別に自動で脅威となる物質、あるいは敵を捕捉し誘導する。その為、わざわざ必中を狙って照準を合わせる必要が無いのだ。
「相手に機動力が無いなら僕の独壇場だ。ここは僕に任せて君は下がれっ!」
“今目の前に在る命を守れるなら、それは大義名分じゃないですか?”
その通りだ。心が在るからなんだ。そんなの誰だってそうだ。やらなければやられるから仕方がなく戦っているだけなんだ。
命を守るために誰かの命を奪う。それが大義名分なのかは今の僕には分からない。けど、あの魔獣は何の罪もない子供たちの命を奪ったんだ。僕の目の前で。
「穿て、光救遍雨ッ」
幾つもの煌めく光が銃口から放たれる。それは星やひし形、三角に、球体、様々な形に変わりながら、魔獣を貫かんと、一斉に襲い掛かる。
魔獣は動かない。あるいは動けないのだろうか。いや、あの速度では動いたところで何の意味も無いのかもしれない。
撃ち出した光弾。否、光の槍は鋭さを増し、その全てが魔獣を串刺しにする。その全てが一撃必殺ともいえる威力だ。その光景は光輝くハリネズミの様にも視えた。
魔獣の中には異様な耐久性を持つものや、姿を変えて攻撃を凌ぐものもいるという。そういう面倒な手合いに僕は出遭ったことは無いが、完全に霧散するまでは気を抜かないほうが良いだろう。
暫くは串刺しに成ったままその形を維持していた魔獣ではあったが、光の槍が消え、その姿を維持できなくなったのか徐々に崩れ落ち、粒になって消えてゆく。
勝利を確信した星一朗は構えていた銃を下ろし、一息つく。
「なんだ、随分と呆気ないな」
正直歯応えが無さすぎる。あのクラマという少女はこんな奴相手に手こずっていたのか。
(いや、そういうわけではないか)
人にも魔獣にも相性というものがある。一対一を得意とする者、一体多数を得意とする者、近距離、遠距離、地形、環境、挙げればきりがない。今回はこの魔獣があの少女にとって苦手とする手合いだったことに他ならない。
こんなことなら僕が残ったほうが正解だったのかもしれないな。
星一朗は冷静に状況を分析する。魔獣はまだまだ未解明の部分が多い生命体だ。今後は相手を見て、一瞬で特徴や、人選を指揮できる能力も必要かもしれない。
近衛さんは偶々近くにいた面倒見の良さそうな家族に預けてきた。白目を剥いた近衛さんを預かってくれと言った時には何事かとさぞ驚かれたが、緊急事態だと解ると快く引き受けてくれた。
(いつまでもここに居るわけにはいかないな。さっさと近衛さんのところに向かうとするか)
「クラマさん、もう大丈夫だ。子供たちは残念だけど……」
そう思い、僕は後ろに立っているであろう、クラマさんに声をかけながら踵を返す。口を噤む。むろん声が出なくなったわけではない。何故なら、そこには何者かがこちらを向いて立っていたからだ。
「……」
シルエットは細身の長身。男、だろうか。フードを被っていて目元を隠している。ちらりと見える口元にもマスクをしており、表情は一切分からない。
相対して観察する。無防備だが、隙らしい隙は見当たらない。表情が分からないことも相まって、異様さというより不気味さを感じた。
そして、その足の先を見て驚愕する。うつ伏せで倒れているクラマさんの肩に足をかけていたのだ。
(なんだ、この状況は。考えろ、考えろ考えろ、星一朗っ!)
あの一瞬で音もなく現れ、クラマさんを無効化した。そしてその間に彼女の悲鳴らしき声も響いていない。
つまり、背後から忍び寄り、睡眠薬の様な物を嗅がせて昏倒させた。そう考えると気を失っているだけという可能性が高いか。
そもそも、通り魔的に人を害する意味が分からない。この能力者がそこかしこにいる世界で、警察は無能と落ち切っているがリスクが無いわけじゃない。
「君は何が目的かな?対話が出来ないってわけじゃないだろう」
「突然申し訳ない。彼女は眠っているだけ。無事だ。ああ、彼女のスマホに関しては念のため壊させてもらったがね、悪く思わないでほしい」
「で、その先。何が目的なんだ?」
僕は懐にあるロキに手を掛けながら先を促した。
「その、何ていうのかね。ん」
「さっさと言えよ。僕は忙しいんだ。そこにいる彼女のことも返してもらうよ」
「ごめん。申し訳ない。やはり、本当のことを言うのが礼儀だよな」
そう言って男はフードを取る。その指にはギラギラと輝くシルバーアクセサリーが太陽の光に反射して輝く。
逆立ったオレンジの髪が露になる。左目に眼帯をした、推定年齢、二十代半ばという所か。ざっと見るだけでも身軽そうな装いだ。改造式のサバイバルジャケット。迷彩柄のズボン。ぱっとみ自衛隊のような出で立ちだが、どうだろうか。もしそうであったとしても道を外れた人間。そう星一朗には見て取れた。
「君を殺さなければいけないんだ。そう、君はここで死ぬんだ、富士野星一朗くん」




