捨て子
(あの魔獣、いとも簡単に子供たちの命をっ。絶対に、許せないっ!)
身体を捻り襲い来る蔦をギリギリのところで躱し続ける。それでも躱せない蔦はナイフで斬り落とす。幸い強度はそこまでといったようで、先日の地下で対面した魔獣よりは幾分か御し易いと感じた。
それに悔やまれることだが、人質となっていた子供たちは先ほどの攻撃で全て亡くなっている。皮肉にもその事実がクラマを脅しという枷から解き放つ結果となった。
「あなたは私が必ずここで駆除します。ここの地区にいる人たちをもう誰一人傷つけさせません」
銀に光るナイフの切っ先を魔獣に突きつけそう宣言する。この新海地区にある公園は、シャルと共に何度も訪れた思い出の場所の一つだ。平日の午後や休日になると子供たちの笑い声で絶えない場所だった。
けれど、今はそんな笑い声は一つもない。長い休みの、それも日中だというのに。
意識は前に集中したままでちらりと後方を一瞥する。最初は疑問に思っていなかった他の子供たちも、この異様さに感づいて公園から離れていくのが見える。
それでいい。この魔獣は蔦を自在に扱う。この辺りは木々が並んでおり死角も多い。予想外の角度から攻撃が来れば、戦闘経験もない子供など一瞬で捕まってしまうだろう。
それに何も子供たちだけじゃない、私にとってもそれは同じ。この場所は地の利が無さすぎるのだ。
私は後退しつつ、見晴らしの良い広場に魔獣を誘導する。
魔獣はその重そうな腰をゆっくりと時間を掛けながら持ち上げ、のそりと這いずりながらこちらに向かってくる。どうやら見た目通り機動性は皆無のようだ。
腕にあるカマキリの腕の様な刃の長さは、伸ばした状態で一メートルと五十センチといったところか。間合いに入らせなければ脅威とはならなさそうではあるが、あの蔦の様に急に伸縮しないとも限らない以上、迂闊に近づくのは危険だろう。
頭の中で戦闘の運びをシミュレートする。しかし、じりじりと滲みよる魔獣に勝利する自分のイメージをどうしても思い描けなかった。
実のところ、クラマにまともな魔獣退治の経験はない。それはシャルの異能 夢抄『Night teller』の庇護下にあるからだ。
先にも言った通り、シャルの周り、その友人には基本的に魔獣などの脅威となる存在が現れることは無い。
(気が抜けない。こんなことではいけないのにっ)
しかし、幼児退行したシャルの異能は効力を失っている。現にこういったイレギュラーによって命の危機に晒されているわけだ。
それを見越してかは分からないが、シャルからは魔獣と対峙した時の心得から始まり、基本的な戦闘技術を叩きこまれていた。そこで教えられたのは“魔獣と相対した時は全力で逃げる事”だった。
だから、クラマは敵を倒すことではなく、いなすことに重きを置いた戦い方しか習っていない。
だから、魔獣という異形に勝つイメージがどうしても沸いてこない。
(逃げるのは簡単。ですが、ここで逃げた結果、多くの命が奪われるかもしれない。それだけは避けなければならない。刺し違えてでもっ)
クラマは自分の命の価値に対しての意識が他人よりも低かった。
それは彼女の出自に関わることである。
____わたしは捨て子だった。
今となっては理由も分からないし知りたくもないが、恐らくは導によって貧困になってしまった、両親の身勝手な選択だったのだろう。
当時のわたしはその両親を殺してやりたいほどに憎んだのだろうか?幼すぎた彼女には判断もつかないことだろうが、その後の過酷な生い立ちを知れば、きっと迷うことなく首を縦に振るのだろう。
導。二一七八年、ノアの暴走。
導によって生み出されたブラックホールは、徐々に勢力を増し惑星を乖離させた。そのバラバラになった星の欠片を糸で紡いだとされる英雄、クラウン・ベルベット。
彼のおかげでこの惑星はブラックホールによる消滅から免れたわけだが、その爪痕は未だに全て消えたわけではない。
その証拠に、割れた裂け目から観えるのは黒一色の純粋な闇。人類が禁忌を犯した戒めの様に、全てを飲み込むようなブラックホールが今もジッとこちらを覗くように佇んでいる。
それだけではない。環境の変化に伴い突如出現した魔獣の存在。対抗する術を持たない人々は蹂躙されるしかなかったと聞く。
少し歩けば無惨に破壊、食い荒らされた街が見受けられるだろう。その被害は想像を絶するものだ。
他人事だけど壊れてしまった街を見ていると悲しい気持ちになった。助けてあげようなんて気持ちは一ミリたりとも沸いてこないけど、気持ちだけは何とかして上げられればと思った。
それは随分と都合のいい、偽善的な優しさ。善人である自分に酔う為だけの見せ掛けの善行。
少しそんな自分にムカついて、唇をギュッと噛んだらやっぱり痛かったから、もう助けたいと思わないようにしようと思った。
今でも魔獣の被害による爪痕を大きく残しているところが多いが、当時はそれ以上に荒んでいた。
街も、人も、心も。鳥も、虫も、魚も。あの山の向こうの誰かも。
皆、自分の命を守るだけで精一杯なのだ。
だから、どこの誰かも分からない人間に構ってやれるほどのゆとりなんかない。
故に幼いわたしにとってわたしの取り巻く世界は、冷たく厳しいものでしかなかった。
街の片隅に捨てられたわたしの幼少期は、どこに行くにも疎まれ蔑まれるだけの生活だった。




