燃える学び舎と少年
疾風の如く高速で駆ける風太の後ろを、わらわらと黒い獣の群れが追い縋る。しかし、異能を解放した風太に追いつく道理はない。
横目で確認する。風太の予想通り、木々の向こうにも狼は何匹も潜んでおり、疲れたところを捕食してやろうと窺っていた。しかし、圧倒的な速さの前には数の圧力など何の意味をなさなかった。
無視をする形になってしまったが正解だ。立ち止まって一体一体対処をしていたら、日が暮れてしまうだろう。
異能はギフテッド、こればかりは悩んでもどうしようもない話ではあるのだが、こんな時どうしても後れを取ってしまうことを痛感する。
「っへ、うじゃうじゃと。狼だってんなら孤高でいやがれよ」
「お兄さん オオカミは むれで こうどうする いきものじゃない?」
「あ?そうなのか。別に狼の習性なんざオレは興味ねえけどよ。っと着いたぜ」
そう言いながら負ぶっていたシャルを下ろす。
「え もう?ほんとうに いっしゅんだ!」
時間に直しても一分も掛かっていないだろう。風太の異能の凄さを改めて実感する。
「やるね お兄さん!」
シャルはスカートについた埃を払った後、拳を風太に向けて突き出す。風太は一息付け同じように拳を突き合わせる。フィスト・バンプというやつだ。
「しっかし、着いてみたもののえらく燃え上がってんな」
「お、おいっ!君たち!近寄るな!危険だぞ!」
「オレは魔獣狩りとして調査に来てる。構わなくていい」
近づいてきた消防隊員にそう言って、二人は地面に飛び火した炎を避けながら学校へと近づいていく。
近くで見ると改めて実感するが、この燃え盛る校舎の中に生きた人間がいるとはとても思えなかった。こんな灼熱地獄、一分と経たずに意識を持っていかれて丸焦げにされてしまうだろう。
「道中で見た魔獣の数を考えると、学校側の不手際で火事が起きた。とは思えねえ。それにピンポイントで学校を放火する、というのも随分と人間くせえ話だ」
「マインドイーターが かじを おこしたんじゃない ってこと?」
これまでの経験上の話になるから、常に変化を遂げる魔獣の生態に当てはめるのは愚行ではある。が、事実として魔獣同士に仲間意識というものを見たことはほとんどない。
たしかに魔獣は意思疎通を図ることが出来る者もいる。だから、もしかしたらスポーツで云う所の、司令塔みたいな奴がいないとも限らない。
しかし、そうだと仮定してみても、こんな周りに民家もないような場所を襲うというのが、どうにも腑に落ちなかった。
確証も根拠もないが、狼としての勘が訴えかけるのだ。
「ああ。火事を起こしてガキ共をジェノサイドしようと企んでる魔獣がいねえとは断言できねえが、どうにも人間臭すぎる」
「……にんげん」
「あのクソほど群れていた魔獣共は第三者の意思の介入によりこの地区に集められた。オレはそう踏んでる」
学校を出てシャルと次に向かうべき場所を思案している最中だった。
パチパチパチーーと。
吹き付ける放水と轟々と校舎が焼け落ちる音に混ざる、この場に似つかわしくない喝采の音。それは徐々に大きくなり、誰かが近づいてくるのが後ろを向かずとも理解できた。
「お兄さん、賢いんですね。見た目からして馬鹿っぽいなあって思っていました。謝ります、ごめんなさい」
「誰だ、テメエは」
オレは振り返りそう尋ねる。声色から年端もいかないガキということはなんとなく想像がついていたが、大方予想通り、とはいかなかった。少年は少年なのだが、その装いは一言でいうなら異様だった。
おかっぱの髪に右だけ三つ編みに縛っている。服はボロボロに破れ、肩から胸にかけて剥き出しになってしまったTシャツ。剥き出しになった腕には魔装紋と思わしき、炎のような模様の濃い紫の刺青がびっしりと彫られており、その模様と相まって炎に照らされてオレンジ色に燃えているようだった。
生憎、オレに魔装の知識は無いので、あの模様が何の意味があるのかは分からなかったが、わざわざ晒しているということは、視られても問題ないということだろう。
警戒する。少なくとも逃げ遅れた児童、というわけではなさそうだ。
「おっと、そう凄まないでくださいよ。視てください?僕の素肌、人間のそれでしょう?僕は魔獣でもありませんし、喧嘩を売るなんてとんでもない。お兄さん、たぶんですけど、すごく強いでしょ?」
確かに魔獣ではなさそうだ。ならば何故ここにいるのか。問い質してみても良かったが今はそれどころじゃない。
「さっき少し見ちゃったんですけど、凄い異能ですよね。僕なんかではたとえ百時間戦ったとしても、お兄さんに傷一つ付けられませんよ」
「どけ。邪魔だ。用が無えってんなら消え失せろ」
「いえ、少しだけお茶に。いえ、お話だけでいいです。付き合ってくださいよ、お兄さん。そして、お姉さん」




